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プロレスに関する私的見解

作者: コルシカ

 プロレスに関する私的見解


 先ほどアントニオ猪木氏が亡くなったことにより、にわかに昭和プロレスが注目されたが、十年ほど前からアントニオ猪木氏が設立した(当時はオーナーや株主ではなくなっていたが)新日本プロレスが活況を取り戻していた。

 その新日本プロレスは今でも勢いは止まらず、いわば品質保証、行けば必ず楽しんで帰宅できるという興行を確立し、かつての昭和プロレスファンのみならず、若いファンとくに「プ女子」といわれる女性ファンの獲得に成功したことで話題になっている。

 一昔前に「プロレスは勝敗の決まっているエンタメ」と元レフェリーが暴露したことにより、プロレス人気が底に落ちたこともあった。

 しかしそれも今更感というか、アメリカのWWEというメジャープロレス団体はシナリオの存在を明らかにしているし、求人広告でシナリオライターを募集している。

 力道山がアメリカから持ち込んだプロレスが日本だけ真剣勝負ということはありえないだろう。メキシコやイギリス等も含む世界中のプロレス団体は最初に勝ち負けを決め、それに向かってレスリングを展開するエンターテインメントである。

 真剣勝負を年間100試合以上できるとは常識では考えられないし、例えば新日本プロレスはシナリオの有無を「企業秘密」と答えている。大人の対応というものであろう。

 一時はK1や総合格闘技に押され気味であったプロレスも、やはり観ていて単純に面白くエキサイトできるという点で復活を遂げた。

 総合格闘技等の真剣勝負は悲しいかな経験者でなければなかなかその面白さすごさは理解できない、と個人的には思っている。

 さらにすごく高価なチケットを購入しても、ものの一分で勝敗がついてしまうというシビアなスポーツ。かなりその格闘技について造詣が深くないと、そのような結果にチケット代が釣り合うのか疑問をもつだろう。

 その点、プロレスは様々な格闘技の要素をレスリングに取り入れたエンタメであるからして、大人から子どもまでそこまで高価ではないチケット代で二、三時間は楽しく満足して帰宅できる。どちらがいいか、という問題ではないのだが、格闘技の素人である私としてはプロレスの明るい世界観が好きなのだ。


 (私とプロレスの歴史)

 もともと文科系で読書などか好きだった私は、子どもの頃TVでスポーツを観戦することはなかった。

 当時同居していた祖母が、

 「男の子なんやからプロレスくらい観いや」

 とあきれて勧めていたくらいである。

 そんな私がプロレスに目覚めたのは全日本プロレスのジャンボ鶴田を観たからだ。

 現在でも「怪物」と称され恵まれた体格とインテリジェンス、天龍源一郎との抗争で研ぎ澄まされた格闘本能は、まさに最強のプロレスラーと私には映った。

 また、彼に無謀にも挑んでいくタイガーマスクを脱いだばかりの三沢光晴。そして川田、田上、小橋と続く四天王プロレスはめくるめくレスリングの攻防で、その魂のぶつかりあいは私の中の好奇心に火をつけたといっても過言ではない。

 阪神大震災の翌日にも伝説となった大阪府立体育会館での川田・小橋の三冠戦を観に行ったし、プロ野球以外でこんなに試合会場に足を運んだスポーツはないだろう。

 グッズ売り場にはジャイアント馬場さんがサインを入れてくれるため鎮座する牧歌的空気もあった。

一方のメジャーである新日本プロレスも武藤、橋本、蝶野の闘魂三銃士が活躍。インディではFMWの大仁田厚が電流爆破デスマッチを開発。熱い時代だった。

それからほどなく例の元レフェリーによる暴露本騒動があったが、「まあ、そんなもんだろうな」と思っていた私はプロレスの裏側も含めてさらにその魅力に憑りつかれていった。


(プロレスの本質)

いわばプロレスは映画やTVのドラマと変わらないストーリーをもちつつ、実際技を受ける方もかける方も痛い。相手の技を徹底防御する格闘技と違い、相手の技をきれいに受けきるという美学がある。

お互いのレスラー同士の嫉妬や怒りが虚構の世界の中からはみ出している。こんなスポーツやエンタメはプロレス以外にはありえない。

あるプロレス雑誌の名物編集長が「プロレスは底が丸見えの底なし沼」と表現したが、いい得て妙であろう。

暴露本によってちょっとしたファンならプロレスの仕組みを知っている。言わば底が丸見えなのに、レスラーたちの生の感情が燃え(ファイヤーするという)試合が盛り上がる(スウィングするという)。死と隣り合わせの危険な攻防がその緊張感を嫌が上にも高める。

その仕組みがファンなら理解できているにもかかわらず、虚構と真実の間にあるレスラーたちの感情、人間模様に釘付けになる。つまり「底なし沼」にはまっているということだ。

いくら迫真に迫った映画やドラマ、真剣勝負のスポーツでもこの醍醐味は味わえない。

八百長やマッチポンプのやりとりのことを悪意はないかもしれないが「プロレスをしているだけじゃないか」という政治家や文化人、コメンテイターたちを目にすると、

「そりゃわかんないよな、あんたたちのそのオツムや感性じゃなあ」

とむしろ憐れに感じてしまうこともある。

ゆえにコアなプロレスファンはインテリジェンスが高く、人に対して優しい人が多い。

プロレスは基本的に選手同士の信頼関係がなければ成り立たないスポーツだからだ。

相手の力量を把握し、「この程度の技ならかけても受けても大丈夫だ」という見識がなければお互いにケガをしてしまう。

プロレスファンは人間関係にプロレスを応用する。自分が勝ちっぱなしで終わらず、必ず相手にも勝ちや見せ場は返す。信頼関係が築けるまで相手に踏み込むことはしない。

相手の力量に応じた遊びや仕事を振る。そのことが人間関係を楽しくする要素であることをプロレスから学んだからである。

逆に自分だけいい格好をする、相手に見せ場を作らせない、自分の損得勘定だけで遊びや仕事を進める、こういう人間は友人や職場の人間関係を円滑にできない「しょっぱい奴」という判断を下し、今後期待することはない。

そういうさじ加減をプロレスの試合やストーリーから学び、日常生活に活用できるのがプロレス観戦のおおいなる学びなのであって、家庭でも夫婦・親子の人間関係に応用できる。

プロレスは「点ではなく線」のエンタメだといわれる。すなわち一年から数年、短いものなら数ヶ月で回収するストーリーである。

その場限りの感情で相手を罵倒・批難するのではなく、長いスパンで良いことも悪いこともあり、それが収束する。日常生活も「点ではなく線」とプロレスファンは考えるので、

一喜一憂したりひとつものごとに拘泥したりしない癖がつく。

 「ああ、これは相手のターンだな」「やっと自分のターンが回ってきた」会話から仕事まで、それで日常という名のリングは攻防されていく。

 結果はあってないようなものもプロレスと同じだ。プロレスラーはある程度アドリブは任されているとはいえ勝ち負けで評価されることはない。「上手いか下手か」で観客やプロモーターたちに評価される。

 私たちも日常生活で対人関係を損得勘定(勝った負けた)で評価されるというよりは、「いかにその人といて楽しかったか(いい仕事ができたか等)」で評価されるのが本当のところだ。

 プロレスラーは一試合だけではなく、これから何試合もそのプロレスラーの試合を観に来てほしいレスリングをする。

 私たちもその場かぎりでなく、またこの人に会いたいな、またこの人と仕事したいなという人間関係を構築すべきであって、様々な要素でプロレスと日常生活は類似点があるのである。

 とすれば畢竟、プロレスとは勝ち負けの問題ではなく「観客(もちろんレスラー本人たちも)が試合を楽しむ」ことこそが本質なので、私たちが人生を謳歌する秘訣であるところの「生きた結果(例えば地位や金等)が重要なのではなく、生きていること自体が楽しい」という点とつながっている。

 プロレスもかつては集客目的で過激な危険技の応酬というトレンドに走ったことはあった。しかしそれは観客の嗜虐性を刺激はしたものの、レスラーの身体に大きな負担となりリング上での事故死も多発した。

 今では命を削ることなく心技体、つまりサイコロジーやストーリーで観客を満足させる興行スタイルに落ち着きつつある。

 古き良きレスリングスタイルと最新のスピードと攻防の融合である。ファンサービスやグッズも充実し、実際に観戦できない人向けのネット視聴(主にサブスクリプション)も浸透した。私も月999円見放題の恩恵にあずかっている。


 (これからのプロレス)

 街頭テレビで力道山が国民を熱狂させていた頃のプロレスでは、もはやない。

 日本のプロレスは世界でも競技性として最先端の進化を遂げてきた。

 海外のコアなプロレスファンはエンタメ性の高い大手WWEではなく、新日本プロレスを観ている。

 昭和の時代の「プロレス村」というマニアしか立ち入れなかった狭い世界から、今のプロレスは節制したアスリートが高いアスレティックな技術と洗練された攻防、あくまでサイドの位置を順守したストーリーで子どもから若い女性までファン層を広げたスポーツエンタメとして発展し続けている。

 海外の名のあるレスラーたちも「いずれは新日本のリングで」と鍛錬を積んでいると聞く。

 これからも日本のプロレスはワールドワイドな広がりを続けつつ、ファンを楽しませてくれるだろう。

                  終


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