月の桃 4
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「で、何なんだ?説明しろ」
「うん。聞きたい」
「えー、帰ってからにしましょうよ。僕だって永遠が欲しいんですから」
「もう十分生きてるだろ」
「えー」
蘭滋さんが渋って月の方を見る。
「心配するな、桃食った時から俺たちには興味無くしてる」
「あ、そうなんですか?見られてると思ってお行儀よく食べてたんですが、無駄でしたね」
「ああ」
「では、話しましょう。ただしこれは僕の想像です、仮説ですらない」
「うん」
「しかし、絵都君がひらめいて、華寿海がこれは神の仕業だと確定させましたからね。1%ぐらいは可能性があるのではないかと思っています」
「そんなに低いの?」
「逆です。こんなに高いんですよ」
「世界には、様々な神様がいて、それらにまつわる話も様々あります。大抵は僕たちにとって大昔の話ですね」
「うん」
「世界中の神のエピソードを見比べていくと、いくつかの話に共通した特徴が見えてきたりします」
「神様たちが同じようなことをしてるってこと?」
「そうですね。例えば、『神様が世界を作った』というのもそうですね」
「え!そうじゃないところもあるの?」
「ええ。『とても身体が大きな巨人がおり、その死体から万物が生まれた』というようなエピソードが語られる地域もあります」
「へぇ…」
「他にみられる共通点の一つが、『神が人間に選択肢を与え、人間の生死を左右する』という話です」
「…どういうこと?」
「……」
「例えば、神様が人間に石と果物を授けます。絵都君だったらどちらを選びますか?」
「石って、ただの石?」
「ええ、綺麗な宝石ではなく」
「じゃあ果物かな、美味しいし」
「私も同じです」
「でも、桃を選んだ人間から、神は永遠を奪ってしまうんですね」
「どうして?」
「石は硬くて不変だから、果物は柔らかくて腐りやすいから、だそうです。そうして神は、人間を果物のように脆くて老いやすく、つまりは死を与えるのですね」
「…うーん」
「まぁ、そういう神もいたという話です」
「分かった」
「そして、ここでもそれが行われていたとしましょう。僕たちは神様に試されていました」
「うん」
「果物は桃、石は輪の向こう側に、同じように皿に乗せられているのでしょうね」
「え?でも『向こう側に石は無い』とか言ってなかった?」
「それは嘘です。僕には石が有るのか無いのかわかりません」
「え」
「有るか分からないのに、反対側に行くなんて面倒でしょう」
「若返りの薬のためなら月まで行くんじゃないのか?」
「華寿海…、二人が寝ている間に、僕がどれだけ歩いたか分かりますか…?僕は二人と違って家に引き篭もっていますから」
「ははは」
蘭滋さんの大袈裟な表情が面白かった。
「それに僕も桃を食べたかったですし」
「帰ってから食え」
「ふふ」
「で、結局何なんだ?」
「簡単に言えば、」
「まず、神様に桃と石を選択させられそうになりました」
「うん」
「しかし、僕は大きな月の光を浴びて錯乱し、桃と月の区別が付かなくなってしまい、『月』を選んだということです」
「そういうことか…」
「月も石と同じように不死の象徴ですから、僕は永遠の命を得られたのかもしれません」
「ああ、神様を騙したってこと?」
「そうも言えます」
当然のような顔をして、蘭滋さんが言う。
「まぁ、僕の妄想でしょうけどね。そこまで期待していません」
「だな」
「僕は、絵都君が『桃』を選んだのが意外でした」
「……よく分からないから」
「何がですか?」
「…、分からない」
「そうですか、ではこれから分かっていけたら良いですね」
「うん…」
何も分からない僕は、空いた皿をずっと見ていた。
僕が付けた深い傷は、もうそこには残っていなかった。
音のない空間で、蘭滋さんの声が遠くへ逃げていく。
未熟、未形、未定。
苦い気持ちだけが、胸に残った。