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ペリドットの寺  作者: 寄付
月の桃
15/17

月の桃 3



「さて、どうしましょう」


「僕たちに残されているのは、この桃だけですね」

「そうだな。食ってみるか」

華寿海がナイフを手に取った。

「三等分は難しいので、まず二等分するのがいいでしょう」

「分かった」

「フォーク使う?」

「ああ、貰う」


「そういえば華寿海、貴方は桃を食べたことがあるのですか?実の季節は夏でしょう?」

「まぁ、春の終わりに実をつける木もあるしな。何度かはある」

「そうなんだ。華寿海は桃好き?」

「そうだな」

曖昧な返事で、きっと桃が好きなのだと分かる。


そうして華寿海が真っ二つに割った桃には、種が入ってなかった。

「種が無いですね」

「これも『不思議』のうち?」

「うーん、そうでしょうね…」

あんなに不自然だったのに、切られた瞬間から桃は生き物に変わる。

皮も、種もない桃。

僕たちは地に足を付け、奇妙な冗談だけが浮かんでいる。

桃の代わりの石。

種の代わりの無。


「向こう側に石があったらさ、蘭滋さんは石を食べる?桃を食べる?」


そう言うと、蘭滋さんは驚いた顔をしていた、と思いきや、すぐににこやかな笑顔に変わる。次の瞬間には大声で笑い出した。

「っははははは、そうですよね、はははっ」

「蘭滋さん?」

「…何だ急に」

蘭滋さんの笑いが収まるまで、僕たちは少し待っていた。

「本当に憑かれたんじゃないよね」

「ああ、いつものことだろ」



「ははは、絵都君、最近南の方へ行きました?それか華寿海以外の神の面白い話を聞いたとか」

「ううん。行ってないよね?面白い話も…」

「ああ、特に聞いてないな」

「そうですよね」


「いやぁ…これは、絵都君を通して与えられたインスピレーションでしょうか」

「え?」

「……やめろ」


「やはり絵都君は、神様に近いのですね」

「『やはり』って…」

「……」


「もちろん、華寿海と一緒に居るからでしょうね」



——絵都さんは半分ほど神様になりかけています

——絵都さんには知られたくなさそうでしたが、私が今教えてしまいました


華寿海が僕には知られたくないと思っていることがあって、でも僕はそれを知っている。

華寿海がどうして黙っているのかは分からない。それを知ったところで、僕はどうすることも出来ないから。


「確かに、距離は近いかも?」

「ふふ、そうですね」

僕も、黙っているしかない。


「ああ、すごい。じゃあ食べましょうか」

「何を?」

「ああ、僕は『石』を。いや?この場では『月』のほうが素敵ですかね…?」


「ああ、そうだ」

一瞬、蘭滋さんが沈黙した。その一瞬で、反響もないこの広い空間の存在を思い出す。蘭滋さんが来てからは、この空間について考える暇はなかった。





「すみません、僕は間違ってたみたいです。反対側に石はきっとありませんね」

「『冗談』じゃなかったの?」

「じゃなかったみたいです」

「頼むから説明してくれ」

「ええ。ですがその前に、」


「ここに強い神の気配があるというのは確かですか?」

「ああ、今もこっちの様子を伺ってるぞ」

「これは、神の御業でしょうか?」

「そうだろうな」

「分かりました」


「では、その神の前で全て言ってしまうのは野暮でしょう。帰ってから説明しますから、ここでは一つだけ言います。声を出さず、聞いてみて下さい」

黙って頷いた。



「僕たちは今から『これ』を食べます。『これ』は神様が用意してくださいました」

蘭滋さんは桃を指さして、僕と華寿海を交互に見た。


「もし、永遠が欲しかったら『月を食べて』ください。永遠が欲しくなかったら『桃を食べて』ください」

「……え?」

思わず声が漏れた。

「僕たちは、月の光を浴びたために狂ってしまいました。今なら月だって食べてしまえるんですよ」

蘭滋さんが、口元で人差し指を立てた。


「僕は永遠の命が欲しいので、『月を食べ』ます。こんな奇妙なところに招かれて、時間が余計欲しくなりました」

そう言いながら、蘭滋さんは華寿海が切り分けた桃をふた切れ、自分の皿に運んだ。

僕たちが固まっていると、蘭滋さんが小声で囁いた。


「この物体をそう呼ぶだけで良いです。美味しいものを食べて、さっさと帰りましょう」


永遠が欲しいか、欲しくないか。

そんなことを考える時が来るなんて思わなかった。

僕は、「永遠」をよく知らない。

華寿海は、僕に永遠を知ってほしいだろうか。

……

僕は人間だ。

永遠は、不自然だ。

「知ることが出来ないことは、知ろうとしなくて良い」

きっと、同じことだ。




「僕は、『桃を食べ』るよ」

「…!それは驚きました。勿体ないですねぇ」

口惜しそうな言葉とは裏腹に、蘭滋さんは心底面白そうに話す。

僕も『桃』を皿に移す。蘭滋さんのように上手にナイフが使えなくて、フォークだけを使って移動させた。



「うん、でも僕は人間だから」


「そうですか」

桃が落ちないようにフォークを奥まで刺す。

まっさらな桃に残った、深い刺し跡。


「…俺も『桃』で良いな」


「もう持ってるものを、与えられる必要はない」





華寿海が切り分けた桃は、欠けた月の形をしていた。

ふた切れ取って、丁度満月の形になった。

ちょうど、


——というのも、きっと丁度良かった……

これは誰の声?



「では、いただきます」

「いただきます」


ナイフの使えない僕は、月を齧って食べた。

僕が付けた深い傷は、僕が月を食べるまでずっと残っていた。

音のない空間で、自分が月を噛む音だけが聞こえた。

月は甘くて、柔らかかった。







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