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ペリドットの寺  作者: 寄付
月の桃
14/17

月の桃 2



長い時間が経った時、ずっと遠くの方に人影が見えた。


「…華寿海、起きて」

「……、どうした」

「誰か来た」

「……」


「どうしよう。隠れる?」

「……、いや」

華寿海が目を凝らす。


「あれ、蘭滋らんじじゃないか?」

「蘭滋さん?」


よく見ると、癖のある歩き方が確かに彼そっくりだった。

「ニセモノじゃないよね?」

「……」


「あー!!絵都えつ君!!華寿海!!起きたんですね!!」

僕たちに気が付いたのか、蘭滋さんらしき人影は大きな声を上げ、こちらに向かって大きく手を振った。


「絵都君ー!華寿海ー!!目が覚めたんですねー!!」


「何か…、一気に力抜けちゃった」

「そうだな」

「何かもうここから出られそうな気がしてきた」

華寿海が静かに微笑んだ。



「二人とも、おはようございます」

「おはよう」


「蘭滋さん、どうしてここに居るの?」

「ははは、どうしてでしょうね」


「ここってどこ?」

「分からないです。僕も初めて来ましたから」


「ですから、二人が寝ている間に探索してきたのですが」

「何かあったのか?」

「何も」

「何も?」

「何もありませんでした」

「何も?」

「何も」



「ここには、俺と同じぐらいの力を持つ神の気配を感じる」

「え、本当!?」

「ああ」

「知っている神ですか?」

「いや、知らないな」


「そんなに強い神様の気配が分かってるのに、二度寝したの?」

「ん?まあ、敵意は感じないしな」

「そうなんだ…」

「ははは」

蘭滋さんが、華寿海と同じぐらい呑気に微笑んだ。

「そうなると、ここは本当によく分からない空間なのですね」



「あ、そうだ。ここはこう…、ちょっと曲がってるみたいだよ」

腕を伸ばして表現しようとしたが、上手くいかなかった。

「そうなんですか?」


「うん。蘭滋さんが帰ってくる時、左側にうっすら壁みたいなの見えたから。こっちから見て左から、いきなり蘭滋さんが出てきたんだよ」

「そうだったんですね、気が付きませんでした。じゃあ、この空間はドーナツのようになってるのかもしれないですね」

「うん」


「『ドーナツ』って何だ?」

「お菓子だよ。甘くてこういう形をしてるやつ」

手で作ったドーナツは、この広い空間に見合わない。

「へぇ、美味いのか?」

「うん、美味しいよ」


「蘭滋さんは一周まわってこれたの?」

「ふふ、無理でしたね。円形になってることにすら気づかなかったぐらいですから」


「僕はまっすぐ歩いていったつもりでしたが、景色が全く変わりませんでした。月も満月のままでずっと着いてきていましたね。流石に戻れなくなるなと思い、引き返してきました」

「あれ、じゃあやっぱりドーナツの形してないのかな?」

「それはどうでしょうかね。こんなに不思議な空間ですから、何が起こってもおかしくないと思います」


「その中で、僕たちが唯一信じられるものはこの床じゃないでしょうか。僕たちも、この机も、浮いていませんから」

「ん?」

「ふふ。そのぐらい不確実な場に居るんですね、僕たち」


「ですから僕は、僕が向こうから歩いてきたことと、絵都さんには僕が曲がりながら歩いてきたように見えた、ということの方を信じます」

「遠かったから、見間違いかもしれないよ」

「いや、蘭滋が歩いてくるところは俺も見た。見間違いじゃないと思うが」


「月が着いてくることぐらい、ここでは不思議でもないでしょう」

「そう言われれば、そうだね」


僕たちの認識が正しければ、月とは反対側の点を中心にしてドーナツ型に空間が広がり、さらにその外側に月と夜空があるということになる。

外側にある月がずっと着いてくるというのは、月が大きいからこそ不気味だろうなと思った。



「遠い西の地では、『月の光が人間の心を狂わせてしまう』と考えられているそうです」

「うーん…、今はちょっとそれが分かるなぁ」

「僕たちが暮らす地でも同じです。月は『ツキ』でありながら『憑き』でもあります」

「確かに音が一緒だね、不思議だな」

「ええ」

「距離が離れてるのに、考え方が似てるんだね」

「そうですね。同じ人間だからでしょうか」

「そうかも、面白いねー」


「面白いついでに、もうひとつ良いですか?」

「うん」


「月は不死と結び付けられています」

「そうなの?」

「ええ。飲めば若返るという薬が月にはあるとされていますが、これも世界のあちこちで古くから考えられていたことなんですよ」

「どこも同じように?」

「はい、同じように」

「へー!そうなんだ、知らなかった!!」

「ふふ、良かったです」


「お前なら、月にしがみついてでもその薬取りに行きそうだな」

「ええ、ですから今はチャンスですよね。もちろんこれが本物だったらですが」

蘭滋さんが大きな月を指さす。

「え?」

「世界の全てを知るには、時間はいくらあっても足りないですからね」

「蘭滋は、こういう奴だ。分かるだろ?」

「うん」

蘭滋さんの瞳が月の光を鋭く反射していた。



「そういえば、月までは行けなくても、蘭滋さんの探検には付いていけばよかった」

「何でだ?」

「そしたらこっちに帰ってくる分、先に進めたでしょ?」

「確かに、ここの反対側までいけたかもしれませんね」

「『まっすぐ歩いてた』やつが良く言う…」

「ええ、きっと中心の方に向かって引力が働いてたんでしょうね。そのおかげでまっすぐ歩きながら綺麗にカーブできました」


「あ。ふふ、それ面白いですね。月じゃない方向に吸い寄せられるんですか」


『いんりょく』とは何だろうか。聞こうとしたが、蘭滋さんは自分の世界に入ってしまった。

「一人で話を進めるな」

「そうそう、じゃないと丸い月が見れないですもんね」

「おい」


「ここはきっと満月を見るための場所です」

「…」

「そうなんだ」

「ええ、全くの想像ですがね」

「面白いね」


ここが、月を見るための場所というのは思いつかなかった。ずっと桃の前に座っていた僕と、月しかない空間をずっと歩いた蘭滋さんとの差だろうか。

西には、地面に砂しかない地があって、そこではたった一人の神様を大切にしていると、冴仁衣さにいさんから聞いたことがある。

なんとなく、その話を思い出した。



「ドーナツの反対側でも月を見れるかな」

「どうでしょう。石があるかもしれません」

「石?月の代わりに?」

「いや、桃の代わりに」

「え?」

やっぱり、よく分からなかった。


「絵都、そんな難しい顔するな。多分冗談だろ」

「ははは。その通り、冗談です」

「なーんだ、なぞなぞかなと思って考えちゃったよ」

「はは、そうですね」





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