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さよなら平和

第一部 さよなら平和


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今は遠い昔のことだ。

シベリアの沿岸に、一人の異国の少年が船から振り落とされたのか、身一つで流れ着いた。

佐吉と言ったその少年は、故郷に帰るために人々の善意を得て、一路ロシア帝国の首都サンクトペテルブルクに向かって歩いた。それは数年の月日を要する長い長い旅だった。しかしようやくサンクトペテルブルクに辿りついた佐吉は、美しい貴族の姫に見初められ結局故国へ戻ることはなかった。

アレクサンドル・アンドレイヴィチ・ヴォロノフは、幼い頃自らの名を与えてくれた母方の祖父アレクサンドルの膝に乗せられ、何度もその話を聞かされた。祖父は遠い目を窓の向こうに向けて、まだ見たこともない先祖の遠い故国に思いを馳せているようだった。

世界は科学の名をもとに歴史に類をみない繁栄を謳歌し、血で血を洗う戦争のような悲惨な出来事は過去のものになったと信じていた。世界の国々は堅い同盟でお互いを結び合っていたから。そんな世界の中で人々は科学だけを信じる合理主義的な人間と、ひたすら前時代的な宗教にのめり込む神秘主義的な人間に分かれていた。平和な世界に生きているはずなのに人々の心はどこか不安定だった。そんな世界を支配する列強大国たちは、アジアやアフリカといった未開の地の植民地を開拓しより多く保有することに躍起だった。一方でその大国の中では貧富の差が拡大し、覇権的な旧い政府ではなく全国民を主体とした民主主義的な政府の台頭を渇望する人々の声があった。彼らは仰ぎ見るような手本としてフランス革命を崇拝した。アレクサンドルが住むロシア帝国にもその波は押し寄せていた。


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