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21.きっとこれは新たな幸せ…

故郷で疲れた心を癒やすつもりだったが、行きよりも帰りのほうが心が重苦しくなっている。 

古くからの友人達を失くしていたことに気づかされ、想像していなかった元妻子の幸せそうな生活を見せられた。


言い表せないほどの喪失感に襲われる。



エラは働く大変さを知り俺との幸せな生活を懐かしんでいるだろうと、ライは父親のいない寂しさを募らせているのだろうと思っていたのに…。

元妻と息子は新しい生活に馴染み幸せそうだった。


――俺の想像とは掛け離れた現実。


新しい家族に囲まれ二人は笑みを浮かべていた。懐かしむ?寂しい?そんなことは微塵も感じられなかった。


…俺と生活していた時よりも幸せなんだろうか。


『そんなはずはない!』と思いたかったが、現実はそれを否定している。



ライが新しい父親に向ける眼差しは血の繋がりがないとは思えないほど信頼に満ちたものだった。以前は俺のこともそんな風に見ていてくれたはずなのに、今日はこちらを見もしなかった。


もうライにとって俺は父親ではなくなっていた。



俺は完全に元妻エラと息子ライとの絆を失っていたのだ。胸が苦しくて今まで味わったことがない気持ちになる。

これをなんて言えばいいのだろうか…。


 ああ、これが絶望か…。

 ただ辛くて救いがない。

 少しの希望も見いだせない。

 暗闇をただ彷徨うしかないのか。



俺は今の生活が苦しくて逃げたかった。 

もしエラ達も同じように思ってくれているのならまたやり直せるかと心の底で思っていた浅ましい自分に気づく。


いつから自分はこんな奴になったんだろう。

昔は違ったはずなのに…。


真面目に働き家庭も仕事も人間関係も順調で、毎日笑っていられた。

幸せだったはずなのに、それ以上の幸せを求めた俺はあの生活を自ら捨てた。


そして俺は何を得たんだろうか…。



…考えたくない。


捨てた妻子は前よりも幸せなのに俺は幸せじゃないなんて惨めすぎる。

今なら分かる、俺は進むべき道を間違えたんだ。


今になって気づいてもどうしようもないことは馬鹿な俺だって分かっている。


 これからどうすればいいんだ?

 微かな望みも消え失せた。

 どうなるのだろう…。



これからどうするべきかを、最善は何かを考え続ける。


そして俺なりに答えに辿り着いた。


最善がなにかを考えても仕方がない、なぜなら俺にはもう選択肢なんて残っていないから。

自分の選択によって失った家族、信頼、友情はもう取り戻せない。

それならば…今あるものを大切にするしかない。


それは不貞の末に手に入れたアマンダとの生活。


――…それだけだ。



暗い気持ちを忘れるように無理矢理希望を見出そうとする。

もしかしたら俺が知らないアマンダの良いところがこれから見つかるかもしれないと。


そうなれば状況は良くなるはず。

俺も幸せになれる。

エラ達のように…。




屋敷に着いた時には少しだけ前向きな気持ちになっていた。


静まり返った屋敷に帰るとアマンダは居間にある長椅子に横たわりだらしない様子で酔い潰れていた。周りに散乱している空き瓶の数を見ると相当ご機嫌で飲んでいたのが窺えた。

だらしがなく、努力を嫌い、妻として俺を支えることもないアマンダ。


『はぁ…』とため息を吐きながら考え直す。


最低ということはこれ以上悪いことにはならないということだ。それならば希望がある、きっと俺が変われば彼女にも変化があるだろう。


この時の俺は前向きに考えている自分がどこか誇らしかった。

貧乏な生活の時だって笑っていた自分なら出来ると信じていたから…。




それからは変わらない日々を送りつつも俺は希望を失うことはなかった。

そんな俺を神様は見放さなかった。

なんとアマンダが俺の子を身籠ってくれたのだ。日に日に大きくなるお腹を抱えて大変なはずなのに彼女は前よりも優しくなり妻らしく俺を気遣うようになってくれた。


『子は鎹』というがお腹の子は生まれてくる前から俺達夫婦の絆をより強くしてくれる。

 

子供が生まれ家族三人の生活を待ち望む俺とアマンダは、どこから見ても仲の良い夫婦になっていた。



そして産み月になりアマンダは元気な男の子を産んでくれた。産婆が『ご立派な坊っちゃんですよ』と言いながら我が子を見せてくる。


だがその子の顔を見た瞬間喜びは戸惑いに変わった。


「……っ、俺達には似ていないな…」


生まれてきた子は俺にも妻にも驚くほど似ているところはなかった。


「あ、あら…?まだ生まれたばかりだからよ!赤ちゃんてそういうものだわ、変なことを言わないでちょうだい」


出産で疲れているアマンダは不機嫌そうに言うと『疲れたから寝かせて』と俺に背を向けてしまった。


俺達の会話を聞いていた産婆は『…そうですよ、まだ生まれたばかりですからね。ほらお父さん、抱っこしてあげてください』と俺に赤ん坊を抱かせてきた。


俺の腕にいる小さな赤ん坊の顔を覗きこむ。


俺はライが生まれた時を思い出す。小さくてくしゃくしゃしていたけど俺にもエラにも似ていた。それを見て我が子だと実感し涙を流して大喜びしていた。


…俺は今、喜んでいいのだろうか。


腕の抱く赤ん坊の温もりは確かに愛しいが、それと同時に嫌な疑念が浮かんでくる。


アマンダは身籠る前の数カ月間臨時で騎士団の仕事を手伝っていたことがあった。

女性騎士が急病で任務から外れることになったが、張り込み作業にはどうしても女性が必要だった。簡単な仕事だったが素人に頼むわけにも行かず、かといって手の空いている女性騎士はいなかった。だから退団した彼女に声が掛かったのだ。


任務も無事成功し少なくない謝礼も支払われ騎士団のみんなにも感謝され、何も問題はなかったはずだった。


だが今思い返してみるとアマンダは嗅ぎ慣れない香りを身に纏って帰ってくる日が何度かあった。張り込み作業は必要以上に身体を密着させることはないはずなのに…。



そう考えると赤ん坊の顔がどことなく同僚の騎士に似ている気がしてしまう。珍しくもない茶色い髪さえもあの髪色はと考えずにはいられない。


…単なる偶然だろうか。


その心の問いに望む答えが返ってくることはない。



混乱する頭で願うことはただひとつだ。



 そうだ気のせいだ、考えすぎだ。

 なんの証拠もない。

 ただの偶然だろう。

 そうだよな……。

 



子供の誕生という喜びの瞬間なのに俺は何を考えているんだろうか。


俺は…どうかしていた。


ただの勘違いで真実ではない。きっとこの子は成長するに従って俺に似てくるはずだ。

産婆も『生まれたばかりですからね』って言っていたじゃないか。


似ていないのは今だけだ。


これから絶対に俺に似てくるはず…。



ライが抱いていた弟の顔は再婚相手にそっくりだったように、この子もこれから俺にそっくりになるんだ、そうに決まっている。



俺は赤ん坊を抱きながら『これで幸せなんだ、これからもっと幸せになるんだ』と心のなかで何度も呟いた。

本心からそう思っているのか、それともそう思いたいだけなのか。


…それすら分からない。



俺は馬鹿な考えを振り払うように必死になって赤ん坊をあやし続ける。

それを見てアマンダは機嫌良く声を掛けてくる。


「ふふふ、そんなに嬉しいのね。その子にもまた兄弟を作ってあげましょう。きっと子供がたくさんいたら楽しいわよ」

「……あ、ああ、そうだな」


出産という大仕事を終えた妻に対して俺から出てきた言葉はそれだけだった。



あと少し経てばこの子は俺に似てくる、きっと数年後にはこの事は笑い話となっているはずだ。

心からそう思っているはずなのに、なぜか幸せな未来を描ける気がしない。


…どうしてだろう。



優しくなった妻と可愛い我が子がいる今は間違いなく幸せなはずだ。なぜなら以前と同じ幸せを再び取り戻したのだから。


これが俺の幸せなのに…なぜかあまり幸せだと感じられないのは気のせいに違いない。




(完)









最後まで読んでいただき有り難うございました(*´∀`*)



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