20.迷惑な再会〜ライ視点〜
店の外でうろつく元父親の姿を見た時は怒りを覚えた。
三年前に自分のしたことを忘れたのだろうか。
若い女と浮気をして離縁後は一切接触をしてこなかったくせにどの面下げてと思った。
離縁と離籍をしたけれども本当に気にかけていたのなら薄っぺらい手紙を送りつけてくるだけでなく他にすることがあっただろうに。
血の繋がった息子である僕はまだ学校に通っている年齢でお金が掛かることが分からないはずはない。
僕と母さんの居場所が分からなかったとしても手紙と一緒に養育費も送れたはずだ。
本当に心配していたのなら。
…でもなにもしなかった。
いくら母さんが『生活費は不要です』と言ってもそれはないだろうと思った。
離籍したのは僕の意志だけど『はい、そうですか』とあっさりと引き下がったということはあの人にとって僕はその程度の存在だったということだ。
大切な息子だと言っていたのは何だったの?
浮気女に夢中で僕はどうでもいいの?
思い通りに動かない息子はいらないんだね。
これからいくらでも替わりの子供が出来るから…。
この時に僕の中では完全に父親は消えた。
そんな元父親を僕は追い払おうとしたけど母さんに止められ今はこうして奥の部屋で弟のカルアの面倒を見ている。年の離れた弟のことは目に入れても痛くないほど可愛がっているけど、今だけはそれどころじゃない。
店での会話に聞き耳を立てていると店の裏口から仕事を終えた父さんが入ってきた。
『ただいまー』
『あっ、おかえりなさい。あのね、父さんっ!』
僕は父さんに全てをぶちまけた。
元父親の呆れた言い分や僕の怒りや母さんを守りたいこと。感情のままに話す僕の言葉は聞きずらいはずなのに父さんは『うん、うん、そうか』と頷きながら黙って最後まで聞いてくれた。
そして全てを話し終えた僕の頭を撫でながら『ライ、本当に偉かったな。もう大丈夫だぞ』と笑ってくれた。
そうだよね、大丈夫だよね!
父さんは絶対に母さんや僕を守ってくれる。
いつだって。
素直にそう思えたら自然と涙が溢れてきた。もう僕は15歳でメソメソと泣く歳ではないのに。乱暴に袖で涙を拭っているとカルアが近くにあった雑巾で一生懸命に僕の顔を拭いてくれる。
『にーに…』
『あはは…ありがとうな、カルア』
大事な部分が間違っているけど、弟の健気な仕草に笑みが溢れる。
父さんとカルアは見た目だけじゃなく中身もそっくりだ。どんな時も僕の心を安心させてくれる。
母さんと同じくらい大切な僕の家族。
三年前に母さんと二人で暮らし始めた頃、僕は大人の男の人が信じられなかった。実の父の醜い部分を知ってしまったからだ。
母さんは素敵な人だから子持ちにも関わらずモテたけど僕は誰のことも母さんの相手として認めなかった。
きっとアイツみたいに裏切るんだろう。
いつか傷つけるんだ。
母さんはもう泣かせない。
絶対に僕が守るんだっ。
母さんと二人だけの生活でも僕は幸せだった。
だって母さんは笑ってくれている。
…それが全てだ。
だがある日母さんが男の人に笑いかけているのを見かけた。いつもの営業用ではなく僕に向けてくれるのと同じ自然な笑顔だった。
もちろん僕は気に食わなくていろいろと邪魔をし、嫌がることをして僕を嫌うように仕向けた。
『だって僕を嫌う人を母さんは選ばない』
子供だった僕はそう考えた。
僕とその男の人のやり取りに母さんが口を挟むことはなかった。ただにこにこと見ているだけ。不思議だなと思ったけど『どうして?』と聞くことはなかった。だってその人との攻防に忙しかったから。
どんな時でも怒らずに子供の僕と真剣に向き合ってくれる不思議な人。
『この人ならちょっといいかなぁ…』と思い始めた頃にそれは起こった。
僕はいつものように嫌われようと立入禁止の廃屋で落とし穴を仕掛けて待っていた。
呼び出しに応じたその人の姿を見て『やったー』と飛び跳ねてそこで記憶が途絶えた。
再び意識を取り戻した時は病院のベットの上で母さんは泣いていた。どうやら廃屋の2階の床が腐って抜け僕は落下したらしい。
運が良かったから助かったけど死んでいてもおかしくない状況だったと教えられた。
僕の周りの人はみんな良かったと喜んでくれていた。ただあの人だけは意識を取り戻した僕に向かって大声で叱った。
『どんなことをしてもいい、だがな命を危険に晒す真似だけは許さん!ライ、お前の命はかけがえのないものなんだ。替えなんてない!』
実の父親に見捨てられた、替えがきく息子だった僕を真剣に叱ってくれる。
…嬉しかった。
身体は全然痛くなかったのに『痛いよ…』と大声で泣きながら、その人の胸に縋りついた。
大きくて温かい胸だった。
それから数カ月後に僕を大声で叱ってくれたエイザン・ムーアは母さんと結婚して僕の父さんになった。僕と養子縁組もして正式な親子にもなった。
本当の意味で親子になるのに時間は掛からなかった。
そして暫く経った頃に『どうして僕が父さんに嫌がらせをしていた時に何も言わなかったの?』と母に訊ねてみた。
母さんは笑いながら言っていた。
『ライ自身の目でエイザンの事を知って貰いたかったの。私から何かを伝えるより家族になれるかライに判断して欲しいって思ったわ。だって私の結婚はみんなで家族になるということでしょう?
それにね、エイザンからもライ自身に認めて貰いたいから口は出さないでくれって頭を下げられていたの。大切な息子に我慢はさせたくないって。
ふふふ、おかしいでしょう?
まだ結婚もしていないのにライを『大切な息子』と呼んで私抜きで親子を始めようとしていたのよあの人は』
…知っていた。
だって父さんが僕に向ける眼差しは結婚前から父親のそれだったから。
僕の父さんエイザン・ムーアは世界一かっこいい。
だから父さんが『大丈夫だ』と言ったなら本当に大丈夫なんだと信じられる。
もう店に来ている元父親に『幸せを壊されるかも』と怯えることはなかった。
僕にはカルアと母さんだけでなく父さんがいる。
本当は大好きな父さんに自分から抱きつきたかったけど恥ずかしくて出来ない。だって僕はもう15歳だから1歳の弟のように甘える歳ではない。
すると『まだまだ卒業は早いんじゃないか、ライ』と父さんは言いながら僕の身体を力強く抱きしめてくれる。
…あの時と同じで温かい。
嬉しかったけど照れた顔は見せたくなくて下を向いたまま抱きついた。
それから僕は父さんと一緒に店にいる母さんのところに向かった。
もう不安なんてなかった、だって僕の隣には父さんがいる。
読んでいただき、有り難うございます。
あと一話で完結になります。




