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2.妻だけでなく息子まで…

エラから離縁の承諾を貰うことができたので、その足で息子の部屋へと向かった。今の時間なら学校から帰っているはずだ。


息子も妻同様なにも知らない。


俺は家族を傷つけたくなくて他に愛する人ができたことは完璧に隠していたからだ。いつだって息子の前では家族思いの良い父親で息子はそんな俺を慕っている。


大好きな父親の裏切りにどんな反応をするか正直怖かった。

出来れば自分に都合よく伝えたかったが、すぐに再婚するつもりだから事実を伝えないわけにはいかない。



きっと離縁することを伝えたらショックを受けてしまうだろう。だが先延ばしをしてもいずれ知ることになる。それなら残り少ない母との時間を有意義に過ごせるように早めに教えておいたほうがいい。




覚悟を決めて扉を叩き部屋に入るとそこには寛いでいるライの姿があった。


「なに、父さん?なんか用事?」

「ああ、大切な話があるんだ。今いいか?」


そう切り出すとライは俺に向かって姿勢を正す。

まだ12歳だがエラの躾が良いからしっかりしている子だ。

大人の事情に戸惑うだろうが理解しようとはしてくれるはずと、再婚のことも含めて全て話した。


嘘はつかなかった、いやつけなかったというべきか。


ライは俺が話す間中、目を逸らすことなく鋭い視線を向けていたから。


「…母さんは本当に離縁を受け入れたの?」


ずっと黙ったまま聞いているだけだったライが訊ねてくる。


「ああ、エラは受け入れてくれた。俺の気持ちが変わらないと分かったんだろう。かなり落ち込んでいたが頷いてくれた」

「父さんは本当にそれでいいの?その浮気相手と幸せになれると本気で思っているの?」


ライは苛つきながら聞いてきた。やはり両親の離縁を受け入れたくはないのだろう。それに新しい母親がすぐに出来ることにも戸惑っている。


当然の反応だ。


いくらしっかりしているとはいえまだ子供なのだ。

実の母を追い出して乗り込んでくる女と思っているんだろう。


だがそれは違う。周りからそう見られても仕方がないが事実ではない。


「よく考えて決めたことだ、気持ちは変わらない。今のお前は父さんの気持ちが理解できないと思う。それは当然のことだ、俺の身勝手なんだから。だがな父さんが再婚する相手は素晴らしい人だよ。

最初はお前も戸惑うこともあると思うがすぐに新しい家族としてみんなで幸せになれると父さんは信じている。それにな、母さんもすぐに出ていくわけではない。エラの気持ちが落ち着くまでは待つつもりだし、今後の生活の援助や新しい住居も用意するつもりだ。エラとは家族ではなくなるけど大切な存在であることは変わらない。ライも変わらずに俺の愛しい息子だ。

変なことを言っていると思うかもしれないが、これが父さんの偽りのない気持ちだ。

今は理解できなくてもいい。だがきっとお前だって分かる時が来る。なにも心配するな。大丈夫だ、いつも通りに過ごしてくれ」


言葉を飾ることもなく素直な思いを息子に伝える。


今は拒絶しても少しずつ受け入れてくれればいいと思っていた。時間が掛かることは覚悟していた。



だが意外にもライは肯定の言葉を口にする。


「…分かった。父さんがそう決めたのならもういいよ」

「ありがとう、ライ。でも本当に――」

「いいって言ってるだろ。それが父さんの選択なんでしょう。母さんと同じように僕も受け入れるよ」


言い方はぶっきら棒だったがライは受け入れてくれた。


『忙しいからもういいかな』と言ってすぐに俺に背を向けたが、伝えるべきことは伝えたのでそっとしておくことにした。



妻に続き息子にも分かって貰えたことに心の底から安堵していた。



実を言うともっと揉めると思っていたのだ。


俺にとっての離縁はよく考えたうえで決めたことだが二人にとって突然の裏切りでしかない。受け入れられないのが当然のはずだった。


だがその違和感に自分の新たな幸せしか見えていない俺は気づかない。



思ったよりも順調にことが運んで浮かれていた。

責められないことに内心ほっとしていた。


離縁することを妻も子もその場で受け入れてくれた。それに俺は出ていく妻には出来る限りのことをする。

誰も必要以上に悪者にならず、わだかまりを残さない。


まさに望んでいた以上の離縁の形になった。



 この別れは必然だったのだろう。

 きっと避けようがなかったんだ。

 

 誰だって運命には逆らえないからな。


 エラにもこれから新たな幸せがあるに違いない。

 その時には心から祝福しよう。




そう考えると罪悪感が嘘のように薄れていく。

人間とは勝手な生き物だ。

事がうまく運べば罪の意識はいつの間にか消えていく。


俺は離縁を切り出す前と違ってだいぶ軽くなった心を喜んで受け入れ始めていた。





翌朝仕事に行く前に落ち着いている様子のエラに話しかけた。


「今後の生活の援助や新しい住まいも用意もするつもりだ。要望があったら遠慮なく言ってくれ。

それと俺の署名済みの離縁届を渡しておくよ。

すべてが決まって、ここを去る時に署名してくれ。

俺の勝手で離縁するのだから君のいろいろな準備ができるまでいくらでも待つから」


俺の言葉にエラは『分かりました、私の準備が整ってから出ていきますね』と穏やかな口調で返事をしてくれる。

内容はともかくエラとこうして普通に話せるのが嬉しかった。


やはり憎しみ合って別れるのではないからだろう。別れた後も良い関係を続けていけそうだ。



帰ってきてから詳細について話し合おうと声を掛けて出掛けて行った。




だがその機会は来なかった。





俺がいつもより早く帰宅した時にはもうエラの姿は屋敷になかった。

荷物もそのままで身一つで出ていったようだ。


呆然としている俺に侍女がエラから預かった封筒を差し出してくる。


「旦那様、これをお渡しするようにと預かっております」

「あ…ああ…」


受け取ると同時に手で封を破り中身をすぐに確認する。



そこに入っていたものはたった3枚の紙だけだった。

1つ目の手紙には『生活費も住居も不要です。離縁届にも署名を済ませ提出済みです。 エラより』と事務的な言葉だけが書かれていた。


2つ目は離縁が正式に受理されたことを証明する『離縁届』の写し。


そして3つ目は息子ライがこのアローク男爵家から拔けることを正式に受理された『離籍届』の写しだった。



俺はわけが分からなかった。

エラが俺の顔を見るのが辛く感じ、早急に屋敷を出ていったのはまだ理解できる。だがどうして新しい家族との生活を受け入れてくれたライまで…。


 どういうことだ…。

 それに離籍…、そんな必要はないっ。

 ライはこのままでいいと伝えたはず…。

 なのに、どうして…。




離縁届は俺が署名済みだったからエラが署名すればすぐに受理される。


だが離籍届はそうではない。12歳以上なら自らの意思で貴族籍から抜けることは可能だが親族3名以上の署名と離籍の理由とその証明が必要なのだ。それらを用意してなければ提出しても受理はされない。


つまりライは事前にそれらを用意をしていた…ということになる。


その事実にますます混乱して考えが纏まらない。

なぜという疑問しか浮かばない。


離縁を望んだのは俺だが、こんな結果を望んでいたわけではない。






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