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16.懐かしい故郷②

逸る気持ちのままに休むことなく馬を走らせ昼過ぎには懐かしい故郷に着いていた。華やかさはないが人々の温かさがあるこの土地が俺は好きだった。

アマンダは辛気臭いなにもないところだと言うが、田舎育ちの俺にはここが一番しっくり来る。


街にある屋敷もエラとライがいた頃はそこだけが懐かしい故郷と同じように感じ癒やされる場所だった。


今はただの広い屋敷でしかないが…。



休日のこの時間帯には田舎の男達は『妻に掃除の邪魔だと追い出されて』と馬鹿な言い訳をしながら酒場で飲んでいることが多い。

友人達には事前に連絡をしていなかったし、きっと馴染みの酒場にいるだろうと思いそこに向かった。

賑やかな店内にはやはり友人達の姿があった。

ご機嫌な様子からもう結構な量の酒を飲んでいるのが分かった。


以前と変わらない彼らに嬉しくなり、迷うことなく近づきいつものように親しげに声を掛ける。



「みんな、久しぶりだな。元気だったか?」

「……あ、ああ。まあ元気だな…」

「本当に…久しぶりだよな、トウイ」


もっと喜んでくれると思ったが、返ってきた返事は味気ないものだった。だが俺はそんなことに構うことなく空いている椅子に座り、酒を飲みながらベラベラと話し始めた。


俺の今の職場での辛い立場、新妻との冷めた関係、元妻と息子と会えないことの辛さ、後悔とそして懺悔の言葉を思いつくままに話した。


とにかく俺の気持ちを分かってくれる誰かに聞いてもらいたかった。怒ったり、共感してくれたりして最後には慰めて欲しかった。


昔馴染みの友人達ならそうしてくれるはずと…思っていた。お互いにそうやって辛い時を乗り越えて続いてきた関係だから。


 

 分かってくれるよな?

 俺が馬鹿だったけど…。

 お前達だけは受け入れてくれるよな?

 友達なんだから。

 


だが期待した反応はなく、いきなり罵倒された。


「お前、今更何言ってるんだよ。浮気して若い女に乗り換えて、仕事も家庭も上手くいかなくなって針の筵だって泣きついて来るな。追い出した元妻と息子を心配しているだって?

はんっ!何言ってるんだ。心配なんてしていないだろうがっ。ただ手放したものが惜しくなって都合よく縋り付こうとしているのが見え見えなんだよ!もし寄生虫のように元妻に縋り付けたら、今度は若さしか取り柄がない妻を簡単に捨てるのか?俺の気持ちを分かってくれ身を引く新妻とか美談にして捨てるのか?

それとも元妻こそが真実の愛だったとほざくのかっ?

はっはっは、どんだけ馬鹿な男に成り下がるんだよ。いやここまで来ると馬鹿というよりも惨めだな。男爵になっても変わらなかったお前がこんな風になっちまうなんてな…。

くそっ、情けない!」


凄い剣幕で話した友人は酒を一気に飲んでから乱暴に空になったジョッキをテーブルに置いた。


――ドンッ!!



酒が入っているとはいえこんな風に言われるとは思っていなかった。別れた報告をした時も責められたりしなかったのに。

唖然としていると俺に向かって他の友人が口を開く。



「トウイ、俺達とここ数年会っていなかったのは気づいているよな?」

「ああ…もちろん…」


彼らは街に用事があるときには必ず屋敷に寄ってくれ、そのまま泊まってくれることも度々あった。それを楽しみにしていたが、忙しいのか再婚したあたりから寄ってくれることはなかった気がする。


「俺達はさぁ、夫婦のことは夫婦にしか分からない事もあるんだろうと思って離縁した時も何も言わなかったし探るようなこともしなかった。色々と思うことはあったが、深い事情があるのかと思っていたんだ。

噂だって耳にしたが鵜呑みにはしなかったよ。

だからトウイが再婚した後も友人として同じように付き合うつもりだった。だがな街に行った時に屋敷に顔を出したら新しい奥さんに聞かれたんだ『爵位はなんですか?』ってな、平民だって答えたら見下した態度で『お金でも借りに来たんですか?ありませんからお金なんて。お帰りください』と言われたよ」


初めて聞いたことだった。アマンダからはそんなことは一切聞いていなかった。もし知っていたら叱り飛ばしてすぐにでも謝りに来ていた。


「すまない!知らなかったんだ、妻がそんな失礼なことをしていたなんて!信じてくれ!」


俺はみなに頭を下げて心から謝った。


「それは信じるよ、きっとお前は何も知らなかったんだろう」


友人の言葉に救われた、信じて貰えたのが嬉しかった。


「…だけどさ、あの女を妻に選んだのはトウイ自身だよな。苦楽を共にした奥さんを裏切って…。

俺達もこの数年間で色々と知ったんだ。お前の新妻と違って、アローク子爵家の人達は気さくに俺達とも付き合うからな。噂ではなく直接お前の兄から事実を聞いた、噂よりも酷い内容だったがな…。『馬鹿な弟だが、これからも頼む』って頭を下げていたよ、良い兄がいて良かったな。だが正直言ってお前とこれからも友人として付き合うのは無理だ、すまん」


その言葉に他の友人達も無言で頷いている。



――ガッシャーン、パリンッ……。



俺が手に持っていたジョッキは無残にも床で砕け散った。慌てた様子で店員が片付けてくれているが俺は動くことは出来なかった。


『お前は変わっちまったな』と淋しげに言われ、友人達は背を向け去っていた。

一人テーブルに残された俺にはもう友人と呼べる存在がいないようだ。


これが当然の報いなのか…。






本当は潰れるまで飲み明かしてから実家に一晩泊まって帰ろうと思っていたが、一緒に飲んでくれる友がいないのに一人で潰れるほど飲んでも虚しいだけだ。


それなら実家に行こうかと思ったが止めた。両親や兄は俺の行いを良くは思っていないが、肉親だから受け入れてくれている。きっと突然訪ねても泊めてくれるだろう。だがエラと仲が良かった兄嫁の視線は厳しいままだ、三年経っても必要なことしか話してくれない。


友人達を失ったうえ、更に打ちのめされると分かっている実家に行くことは流石に出来なかった。



早々に酒場を出て帰ろうしていた時に年頃の女性達が集まって話している姿が目に入ってきた。聞くつもりはなかったが、甲高い声は嫌でも耳に入ってくる。


「ねえ見て。これを彼が誕生日にプレゼントしてくれたのよ。『あんな素敵な刺繍が入ったスカーフ見たことないわ』って前に言ったのを覚えてくれていたの。ふふふ、まるでお姫様にでもなったみたいだわ」


自慢気に話している女性の手にあるスカーフの刺繍に懐かしさを感じる。


 あれは、もしかして…?

 エラの刺した刺繍じゃないだろうか。

 


13年間もエラは俺の持ち物が少しでも華やかになるようにと刺繍を刺してくれていた。見間違うはずがない。俺はいても立っても居られずにそのスカーフがどこで売っているのか訊ねた。


「これは『エラの刺繍店』で売っていたのよ。でも人気商品だからまだ売っているか分からないわ」


そう言うと女性は親切に店の場所を教えてくれた。

その場所は少し遠回りになるが帰る途中に寄ることが可能な距離だった。


エラとライの様子を確かめたいと思うが、先程の友人からの辛辣な言葉を思い出す。


『寄生虫のように縋り付く気かっ!』


そんなつもりはない。

ただ元気な様子を確かめるだけだ、それだけ…。


エラは店を開いているようだが経営が上手くいっているとは限らない。もし大変なようだったら、少しでも援助したい。


俺は迷いながらもいつもと違う道を進んで行った。



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