13.新たな生活②
楽しい新婚生活とは程遠い日々。
『どんな君だって受け入れるよ。二人のペースで新しい生活を築いていこう』
この言葉は本心からだったが、俺が言っていた『どんな君』と『新しい生活』はこんな意味ではなかった。
前者は頑張っているけど不慣れな妻であって、怠惰な妻のことではない。後者は希望に満ちた幸せな生活のことであって、こんなギスギスした生活ではない。
もう結婚から数ヶ月が過ぎており、状況が悪化することはなくなったが改善されることも一つもないままだ。
元妻が作った上等な生地を使った上着は綻びたままで着れなくなり、既製の安物ばかりを身に纏うようになった。
俺自身は何も変わっていないはずなのに、着るものが安物に変わったせいか前より自信が持てなくなった気がする。
いや違うか…、毎日アマンダから『甲斐性無しだわ』と貶されているから自信がすり減っていくんだろう。
甲斐性無しか…。
今まで考えたこともなかったな。
エラはいつでも『あなたのお陰よ』って言ってくれていたから。
だからいつだって胸を張ってられたんだ…俺は。
今になっていろいろなことに気づく。
…今更なのに。
最近はこうして元妻のことを思い出すことが多い。
エラはどうしているだろう、ライは元気だろうかと心配になり彼女の実家に何度か手紙を送ったが開封すらされずに戻ってくるだけだった。
元妻と息子からの拒絶と新しい生活の辛さ。
最後に家で笑ったのはいつだっただろうか。思い出す事もできない。
昔は笑っていないときはなかったはずなのに。
唯一の救いは変わらない騎士団での仕事だった。
今までは仕事の疲れを家で癒やしていたが、今は家から逃れられる職場が俺の救いとなっている。
それに不思議なほど職場で新婚生活について聞かれることがない。本来なら遠慮がない騎士達にからかわれたりするものだがそれがなかった。
どうしてだかは分からないが今はそれが有り難い。もし聞かれたらどう答えたらいいか分からない。
とてもじゃないが本当のことなど言えないが、嘘をつくのは嫌だった。
いつも通りに仕事をしている時に団長から声を掛けられた。
「おいトウイ、そろそろ食事会を開いたほうがいいんじゃないか。まあいろいろと新婚で大変なようなら俺が開いてもいいがな」
「……っ!」
騎士団で定期的に開いている食事会に特に決まりはないが上の者達が順番で行うのが慣例となっている。
すっかり忘れていたが今度は副団長である俺の番だった。今までは元妻エラがそろそろ時期ではないかと教えてくれていたので団長から言われなくても自らちゃんと開催していたのに。
今までにはない失敗だった。
慌てて団長に今月末にいつも通りに我が家で開くことを告げると心配そうな顔をされる。
「本当に大丈夫なのか…。これは強制じゃないから無理することは、」
「いえ、大丈夫です!ご心配なく」
団長の言葉を遮り俺は言い切った。家庭がどうあれそれを仕事に持ち込みたくはない、意地のようなものだった。
それに食事会はいつも屋敷の庭で行っているから大丈夫だ。庭なら庭師が手入れをしてくれているので酷い状況にはなっていない。
それに料理人だっているからなんとかなるだろう。
この時の俺は不安はあったがそれよりも副団長としての責務を優先させた。
屋敷に帰り今月末に食事会を開くことを告げると予想に反しアマンダは喜んでいた。
準備が面倒だと嫌がるかと思っていたが、『妻として頑張るわ』と無邪気に笑ってくれた。久しぶりに見る前と同じような笑顔に俺も嬉しくなる。
もしかしたらこれが良いきっかけとなり、彼女は変わってくれるのではないかと期待してしまう。
その日からアマンダは食事会に向けて準備を頑張っていた。それは騎士だった時と同じ姿だった。
前向きで一生懸命なアマンダは俺が愛した頃の彼女だった。
不安はあったが受けて良かったと心から思った。
減っていた夫婦の会話も増えて、なんだか結婚した当初に戻ったみたいだ。
きっと今までの不仲は俺達にとって試練だったのだ。これを乗り越えてこれからは上手くいくんだ。
食事会で仲間達に祝福され俺とアマンダはお互いに今までのことを水に流して笑いあえるんだ。
俺達は食事会の開催が待ち遠しくて仕方がなかった。




