あの入道雲を抱きしめたい
私は高校生の綾野ひら、
学年は二年、選択科目で美術を選択している、もしかしたら普通の高校生だ。
可能性として私が普通の高校生ではない、将来ガリレオやミケランジェロに並ぶ美術家として名前をあげる将来有望な天才高校生かもしれないから”もしかしたら普通の高校生”といわせてもらった。キラーん)
何事も希望を持つことは重要だ。
例えどれだけ才能がなくて、絶望的な状態でも希望を捨てず、トライするということは生まれた時からこの高校入学までの経験で大切だと思ったことの一つだ。
美術を持つからには大志を抱かねば!!
じゃないと逆境に負けて、公務員という甘んじた職業についてしまうからな、あの先生みたいに…
「いいですか、最近の美術ではこういう画風が流行りです。美術はオリジナル、も大事なんですが一番基礎的な部分ができていないと世の中成功しません。ということで今日はこの画風で自分の好きな絵を描いていこうと思います。」
なにが基礎的な部分だ、確かにあの独特な絵を描くキュビズムで有名なピカソは基礎的な絵もうまかった。
だが、彼がなぜあんなに売れたかというと、キュビズムで絵を描くことがすごかったというよりかは彼だからすごかったのだ。
今の美術に言えるのだが、最近の美術は意味が分からない。
それこそ下地一面にバーッと絵の具を塗っただけで美術といえるのだ。水玉模様の斑点を付けただけで売れるのだ。元々の美術とは美しい絵を描くことが至上とされ、より現実に近い、美しい絵を描くことが求められていたのだが、写真が登場により美しい絵を描く必要性が無くなってから美術の本来の意味が薄れてしまった。
そして今ではその絵に価値があるというよりかは、絵を描いた人に価値があるんじゃないか…と私は気づいたのだ。正直、現代美術なんて誰でも描ける、それこそ素人でも描けるような代物で、そこに絵がうまいとか関係ないのだ。あるのは誰が描いたかだけ…
ならば!!
オリジナルを描き続けなければ成功しないのだ。
ピカソだって、ゴッホだって、自分の画風のジャンルを作り出すことによって評価されてきたのだ。今の現代美術でもそうだ、水玉を描き続けて、そのイメージが定着したから売れるのであって、絵がうまいから、画風の流行りに乗るから売れるのではない。
基礎的な絵よりも、もっとオリジナルを!
ガタッ
「あの…綾野さん、そんな迫真な顔で立上がられても、、、座っていただけませんか。」
おっと、私のADHDが発動してしまった。
クラスでは黒髪ロングが似合う清楚系美少女、かつ陰キャとして活動しているので、このような行動は私のイメージを損ねかねない。ほら、よくある陰キャでクラスの端にいるような真面目系女子が眼鏡外すと実は美少女だったwwみたいなイメージ、がクラスのみんなの私に対する評価なのだ。
「すいません、うんこ行きたかっただけです。」
「え、トイレですか、それならトイレ行ってきても…」
「はい、大丈夫です。もう、おさまりましたから」
「そ、そうですか。では教科書を開いてください。…」
あぶない、あぶない
あのような危険な真似は二度としてはならないと肝に銘じ、窓の外を見やる。
ミーン、ミーン、ミーン
開けられた窓から蝉の声が聞こえてくる。
ああ、夏なんだなと
蝉は私に夏をお知らせてくれる使者のようなものだ。
私に夏を告げるものなんて少ない。他の人たちに比べて周りの友達と海に行くことなんてないし、花火を見ることもない。ほんと夏はただ温度が上がるだけのめんどくさい季節、というのが私の感想だ。
なんか言ってる自分が悲しくなってくる。
ふと、風が私の黒髪を撫でる。
柔らかな風で、首筋と顎の間をそっと通り抜ける。
夏には似つかわしくない涼しい風だ。
窓の外を見やれば水平線に大きな、それこそ私の目に映っている端から端まで連なっている入道雲が私の目に飛び込んでくる。
それはまるで私に見てくれとアピールをしているようだ。
私は少し頬を緩ませて再びこう思った。
ああ、夏なんだなと…
「あのー、聞いてますか綾野さん。そんな外を見てニヤニヤしないで、早く手を動かしてください。」
このくそ先生。
私が感傷に浸っていたのに、それをぶち壊しってきやがって…
私は脳裏で先生を椅子に縛り付けて東京湾に沈める妄想をしてから、精神安定を図る。
「すみません、カモメが飛びながら糞をしていたので、つい。」
「いや、糞をしただけでニヤニヤするって、、、はぁ、まあ座ってください。あと、質問されたら立って答えなくてもいいんですよ。ほら、早く手を動かして。」
余計なお世話だ。そう思いながら、私は席に座って先生に催促されるがまま手を動かし始める。
たしか、絵を描くだっけ…
真っ黒な使い古された黒板の上に、白で書かれた文字がある。そこには教科書のページが示されている。
”教科書P,123”
指示されたページを開いてみるとそこはアメリカンコミックのページだ。
コミックという割にはリアリティがある画風で輪郭が太くかかれてえいるのが特徴だ。
この特徴的な画風を用いて自画像を描くというのが今回の授業だ。どうせアメリカコミックなんざ最後にBOM!ってセリフ書いとけばそれっぽくなるから大丈夫やろ。
そう思い私は筆を走らせる。
自画像… 自画像… 自画像…
………
……
…
「できたっ!!」
私は自らの肖像画を誇らしげに高く持ち上げて、席を立った。
自らの絵のうまさに我ながら素晴らしいと自負するほどの出来栄えだ。
夕方のビーチを参考にして赤、黄色、オレンジを起用して、波打つビーチ、きらめく海、そして水平線の彼方には夕日に照らされた入道雲。入道雲だけでも絵画の8割を占めている。
これが私の自画像!
「平野さん、出来ましたか?」
眼鏡をクイっと上げて近づく先生。
やや、もしかして私目を付けられている!?
これは一大事ですわ。まさか私の天才を見抜いている人がいるとは!?
ま、まあそんなことないと思いますけどね。ほほほ
あ、どうぞどうぞ、私の絵をご覧になさいまし
「あの、平野さん… これは?」
「自画像です」
「は? 私には入道雲を描いた風景画にしか見えないのですが…」
「自画像です!」
はあ、と言いながら先生は私の絵をじっと見る。
なんだ、私の絵にイチャモンつける気か、と警戒したが先生の反応は意外なものだった。
先生はふっ、と笑うと
「平野さんらしいですね、私はそういうところ好きですよ。」
「…え」
えー!!いきなりの告白!?そんな先生、それは犯罪行為ですよ。
いきなりの告白に頬に少し熱が帯びた気がする。別に照れてるとか、そういうのじゃないから!
「あなたの夢はだいたい理解しているわ。確かあなたの夢はGPH(グレート・ペインター・平野)だったかしら。あなたにはきっと偉大な絵師になれるわ、そう、あの大きく育つ入道雲のようにね。」
私の肩にポンッと手をのせた後、先生は部屋から出て行った。
私はただ自分の絵画を持って夕方の教室にたたずんでいた。夕日の光が教室に差し込んで、部屋に陰と陽を付ける。
窓の外には巨大に膨れ上がった入道雲が、茜色に染まって、水平線のかなたにたたずんでいる。これが私の自画像、これが私の夢。
「ありがとう先生」
私は絵画をそっと机に置くと窓の外をただ眺めていた。