第5話 魔法少女、爆誕!!
【登場人物】
野咲あずき……12歳。小学6年生。日本と英国のハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
サマンサ……月兎族の女性。初心者の館の管理人。
座学を更に二時間ほどして、休憩になった。
用途別の魔法陣の描き方や、単語、魔力の込め方、状況に応じた魔法の選択、
使用方法など色々教わったが、あずきには、いまいち実感出来なかった。
サマンサには、魔法の源がもう見える位置にあるのよ、と繰り返し言われたが、
自分の体の中にそんなもの全く感じなかった。
あずきは、詰め込み過ぎた頭を軽く振りながら館の外に出た。
そこで初めて、自分がどこにいるのか分かった。
崖だ。館は断崖絶壁の突端に立っていた。
あずきはそっと崖の下を覗き込んだ。
雲海で真っ白。何も見えない。落ちたら即死だろう。
震える体を抑えつつ反対側を見ると、そこにあるのは、まばらに草が生える
不毛の大地だ。
かすかに下りになっているが、先が見えないくらい、遥か遠くまで荒れ地が
続いている。
進んだその先に何が待っているか分からないが、どちらにしても、そちらにしか
進む道は無いということだ。
「じゃ、そろそろ実技を始めましょう。こっちにいらっしゃい」
サマンサに呼ばれたあずきは館の裏に連れていかれ、指示された通り、
そこに置いてあった切り株椅子に座った。
おはぎが隣の切り株椅子に飛び乗る。
あずきの目の前には、レンガ製の石窯があった。
窯の奥には、薪が何本か入っている。
「??……これは……ピザ窯?」
「いい出来でしょ。自慢の石窯なのよ。薪に火が付き次第、ピザを入れる
わね。……お腹が減りすぎて倒れる前に、ピザが焼けるといいわね」
サマンサが言う。
あずきが休憩に入る前に見た時計は10時を過ぎていた。
休憩しておしゃべりして、実技の準備として椅子を用意して……。
うん、まだ昼までには時間があるはずだ。
だが。
それから五時間、あずきは杖を窯の奥の薪に向け、うんうん唸っていたが、
火は一向に点かなかった。
既に空が赤みががっている。完全に夕方だ。
あと小一時間もすれば、夜の帳が下りるだろう。
「体の中心に火を灯して。それが手先足先、指の先端、体の隅々まで広がっていく
イメージよ」
サマンサが言う。
でも現代っ子だからか、あずきにはいまいちイメージが湧かない。
火は火よね。体の中になんか無いし。
っていうか、いい加減お腹ぺこぺこ。
無理よ無理。
あ~あ、帰りたいな~、などとかなり意識が散漫になってきていた。
そんな中、おはぎは、といえば、あずきがピザ窯を相手に奮闘している間、
蝶々を追いかけてどっかに行ったり、初心者の館の屋根に上ったりと、
ずっと遊んでいた。
何もない場所なので、いい加減遊ぶのにも飽きたのか、戻ってきて言った。
「あずきちゃん、まだ火、点かないの?ぼくお腹空いたよ」
「おはぎ、あんたずっと遊んでて、戻ってきたかと思ったらそのセリフ、
酷くない?」
「人聞きが悪いなぁ。ぼくはあずきちゃんの邪魔をしちゃいけないと思って、
離れてたんだよ?」
疲れもあって、さすがのあずきもカチンと来る。
「だって点かないんだもん!!わたしだって遊んでなんかいなかったわ!!ずっと
ピザ窯の前で奮闘してたわよ!!でも点かないの!!どうすればいいってのよ!!!!」
あずきは泣きながら、キレて叫んだ。
その瞬間、それは起こった。
あずきの体が炎に包まれた。
パニックに陥る。
「なにこれ、熱い!!焼ける!!助けて!!!!」
いつの間にかあずきの側に来ていたサマンサがあずきの肩を掴む。
「よく見なさい、あずき。どこも燃えてないわ」
言われて目を凝らす。
確かに燃えてない。服も髪も無事だ。
じゃ、この熱さは何?
わたしの体を纏っているこの炎は何なの?
「それはあなたが生んだ魔法の炎よ。出口を求めて、あなたの中を縦横無尽に
駆け巡ってるの。その炎に流れを作ってあげて」
サマンサに言われて、あずきは意識を体内に集中させた。
目をつむる。
目をつむっても、炎の奔流を事細かに感じる。
あずきは体内を駆け巡る炎の玉を、意識の手でそっと押してみた。
体内で角度が変わる。
そっか、こうやるんだ。
あずきは意識の手を使い、体の中で暴れる火の玉に流れを作ってやった。
今まで、まるでビリヤードの玉のように、体の中を乱反射していた炎の玉が、
体内を綺麗に一周する流れに変化した。
「そう、それでいい。今度はその流れを杖の先に導いて」
あずきは両親が昔、リビングで見ていた映画を思い出した。
ちょっと古めのパニックムービーだった。
犯人たちは列車を脱線させるべく線路を爆破していた。
このまま直進すれば脱線転覆間違いなしという直前、主人公が大きなレバーを
手動で動かし、ポイントを切り替え、脱線を防ぐのだ。
あれと同じだ。
あずきは体内の流れに新たな切り替えポイントを作り、炎の玉を杖へと導いた。
炎が杖の先端に辿り着いたと同時に、炎の後ろにあった道を閉ざす。
それまで体内にあった熱さが消え、代わりに杖の先端が灼熱色に
光り輝いていく。
今度は杖の前に出口を作ってあげれば……。
その途端、あずきの杖からバスケットボール大の火の玉が撃ち出された。
火の玉はあっという間に100メートルほど飛んで虚空に消えた。
あずきは崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
「大変良く出来ました。今のが魔法よ」
サマンサがあずきの背中を撫でた。
あずきは興奮をおさえ、もう一度精神を集中させた。
下腹部。
東洋医学で言う丹田の辺りに、小さな小さな魔力の核が見える。
ついさっきまでは、その存在を全く感じなかったものだ。
それが今、確かに体の内にある。感じる。
「じゃ、今度はそれを調整するの。じゃないと、窯が吹っ飛んで、晩御飯のピザが
消し炭になっちゃうわ」
サマンサが笑って言った。
それから30分後、あずきはまるで欠食児童のように、出来立てピザを頬張った
のであった。
翌日。
あずきは初心者の館の前に立っていた。
昨夜は夜遅くまで授業が続いた。
ちょっと眠い。
朝日が眩しい。
でもワクワクしている。
学校の授業はつまらなかった。
それが何の役に立つかも分からなかったからだ。
勉強しろ勉強しろとだけ言われても、意欲なんか湧いてこない。
でも昨夜の授業は面白かった。
自分の中の眠っていた部分が活性化するのを感じた。
充実していた。
「昨夜教えたこと、覚えているかしら?やってみて」
朝ごはんも食べてお腹もいっぱいだ。
寝るのは遅かったけど、ベッドの寝心地が良かったのか、疲れも取れている。
気合は十分。いける。
あずきは杖を使って宙に図形を描く。
杖の軌跡が光って魔法陣になる。
昨夜覚えた魔法陣だ。
よし、成功。
一晩寝て忘れてないかちょっと不安だったが、しっかり覚えていた。
あずきは光る魔法陣に向かって手を伸ばした。
「ディミティス(解放)」
魔法陣からゆっくりと竹箒が出てくる。
30センチ程、柄が姿を現したところで、あずきは箒をつかみ、一気に
魔法陣から引き抜いた。
役目を終えた魔法陣がゆっくり霞んで消えた。
「ブラヴォー!!収納の魔法陣、習得出来たようね。じゃ、次。箒にまたがって」
あずきはサマンサの言葉に頷き、箒にまたがった。
意識を体内に集中する。
「イグナイテッド(着火)!!」
丹田にある魔法核が目覚める。
一気に脈動し始める。
昨日は火のイメージだった。
今度は風だ。集中する。
「ベントゥス(風よ)!!」
魔法核に風のイメージを送る。
途端に体の中を暴風が吹き荒れる。強い。もっと静かな風。
あずきはぎゅっと絞って出力を抑えた。
暴風が涼風に変わる。
体の中に生まれた涼風を箒に送る。
箒はあずきを乗せたまま、ゆっくり上昇する。
箒に跨ったまま、あずきはヘリコプターのように、その場に漂う。
あずきは手に意識を集中した。
握った箒の柄から、箒の中を循環している自身の魔力を感じる。
今度はそれを穂先に少しずつ移す。
一気に移しちゃだめ。急発進は事故のもと。少しずつ少しずつ。
箒がゆっくり前進を始める。
魔力の流れを細かく操作し、周囲をゆっくり回る。
「よしよしよしよし、操作に問題は無いようね。はい、降りていいわよ」
あずきの足がゆっくりと地面に着く。
箒を下りる。
箒に乗っている間、教わった通り、お尻の下にも風のクッションを作ったから
思った程お尻は痛くない。
自転車のサドルにまたがっていた程度の痛みだ。
緊張が解けて、足先の感覚が地面が馴染んでくる。
ジェットコースターから降りた直後のようなふらつきが段々薄れていく。
「よし、これで最低限、覚えなくっちゃいけないことは覚えたわね。
あずき、これを持って行きなさい」
あずきはサマンサからサンドイッチの包みを受け取り、
ショルダーバッグに入れ、背負った。
旅立ちの準備は整った。
あとは進むだけだ。
「ここでのレッスンはコンプリート。気を付けて行きなさい」
サマンサがあずきをギュっと抱き締める。
「うん、サマンサ。行ってきます」
あずきは再び箒にまたがった。
おはぎが器用に箒の先端に座る。
「ベントゥス(風よ)」
箒にまたがったあずきがゆっくりと宙に舞う。
「フォルティス ベントゥス(強風)!!」
穂先がブルっと震え、あずきは飛んだ。
初心者の館を背に、まだ見ぬ月宮殿を目指して。
『エピソード0』で奈々が言ってました。
「・・・きっと飛べるよ。今度は乗せてもらうんじゃなく、自分の力で」
飛びました。
自分の力で。
箒で空を飛ぶのは、魔法少女の基本ですよね。
さぁ、この地で魔法少女になったあずきを待ち受けるものは?
次回もお楽しみに♪