第23話 野咲あずきと月の女王
【登場人物】
野咲あずき……12歳。小学6年生。日本とイギリスのハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
姉小路……魔法庁の役人。三十路のダンディ。
あずきは王宮の大広間の赤絨毯に立っていた。
両脇には、西洋風甲冑を着た王宮の兵士や、魔法庁の役人らしきスーツ姿の
人が大勢いる。
当然、姉小路もいるのだが、どことなく表情がうつろだ。
精魂込めて作ったゴーレムが呆気なく壊されたショックから、まだ立ち直れて
いないのだろう。
「あずきちゃんがいじめるから」
あずきの肩に乗ったおはぎがボソっと言う。
「思った以上に脆かったのは、あの人の腕の問題でしょ?
わたしのせいじゃ無いもん」
あずきは視線を前方に向けたまま、小声で返答した。
あずきの、ほんの5メートルほど前、三段程度の階段を登った先にある玉座に、
女性が座っていた。
頭には略式王冠を被っている。
宝石を散りばめた純白のロングドレスに、緋色のマントを羽織った姿は、
いかにも女王といった感じだ。
ストレートロングで、つやつや光る漆黒の髪。
頭のてっぺんから伸びた、うさぎのような耳。
マスカレードマスクを付けているので、顔は分からないが、マスクから覗く
目や口を見る限り、相当な美人だと想定出来る。
そしてメリハリの効いた、ダイナマイトボディ。
ヴェンティーマ・ゲート記念広場で見た女王の像、そのままだ。
「試練を乗り越え、よくぞこの月宮殿まで辿り着きました。
わたくしが月の女王です。さぁ、杖を出しなさい」
涼やかな声だ。
一声聞いただけで、女王がかなり若いと分かる。
あずきは懐から短杖を出し、女王に向けた。
女王は玉座に座ったまま、右手の人差指を軽く立てた。
と、指の先端に、まばゆい光が宿る。
光の精霊『ウィル・オ・ウィスプ』だ。
光は女王の指から離れ、ゆっくり漂い、あずきの杖に吸い込まれた。
短杖に付いた青い宝石、ゴーレムの核が、脈動する。
「これで、あなたの試練は終了しました。ご苦労さまでした」
女王がニッコリ笑う。
周囲の立席者が、一斉に拍手をする。
と、あずきは拍手を遮るように口を開いた。
「美琴姉ちゃん、太った?」
「ななななな、何てこと言うの??あずきちゃん!!!!」
女王が慌てて席を立って、あずきの前に駆け寄ってくる。
「聞きたいこと、山程あるんだからね、美琴姉ちゃん!!」
あずきが腕を組み、ジト目で女王を睨む。
「と、とにかく、ここじゃなんだから、別室行って話しましょ。
あなたたち、もういいわよ。はい、解散、解散~~~!!」
女王があずきの背中を押して、奥の部屋に入った。
続けて、魔法庁の役人も数人、一緒に部屋に入る。
そこは控室だった。
女王はため息を一つついて、あずきに向き直った。
付けていたマスカレードマスクを取る。
それは確かに、山梨のおじいちゃんの家の近所に店を構える、
鮨屋『月乃』の一人娘、月乃美琴だった。
「いつから気付いていたの?」
「公園の像を見たときからかな。
賢者の像が、うちのおじいちゃんにそっくりだった。
女王の像も、良く出来てたよ。
でも、美琴姉ちゃんは普通に日本人だよね?
なんで月の女王なんてやってるの?」
「それに関しては、ボクから説明させていただこう」
横から姉小路が口を挟む。
あずきがジロっと睨む。
「おいおい、戦闘は終わったんだ。ボクもデク12号のことは忘れる。
ここからは、お仕事の話だからね。だから、あんまり嫌わないでくれ。
ともかく、座ってくれないか」
姉小路が周囲のメイドに目配せする。
王宮直属のメイドなのだろう。
無駄の無い動きで、美琴とあずきの前にお茶を出し、そっと後ろに下がる。
「念の為に言っておくけど、月兎族の寿命は地球人とそう大差ない。
だから、賢者と盟約を結んだ月の女王は既に亡くなっている。
だが、月の女王には特殊能力があって、亡くなるとすぐ転生するんだ。
生まれ変わり先は、月兎族の血脈のどこかだ。
でも、生まれた段階では、月の女王の生まれ変わりがどこにいるか、
誰も分からない。
一般人と変わらず、普通に生きて、普通に生活している。
ところがあるとき、不意に、月の女王としての記憶が蘇る。
そうして、月の女王は復活を遂げるというわけだ。
……ここまでは理解出来たかな?」
美琴は黙って紅茶を飲んでいる。
「でも、美琴姉ちゃんは地球人でしょ?違うの?」
「純粋な地球人か、というと実はちょっと違う。
まぁ当人も知らなかったことだろうがね。
実は、賢者が月と地球を繋いでから、余程相性が良かったのか、
地球人と月兎族の間で急激に異種族婚が進み、結果、今では、
純粋な月兎族というのは、かなり少なくなってしまった。
地球側で固定ゲート近くに住んでいる人は、ゲートが再度開いたときに
戻ってきた魔法使いの血を引いている人が多いんだ。
だから美琴クンの場合、おそらく先祖の誰かが、月兎族と異種族婚を
していたんだろう。
ちなみに、あずきクン。
魔法使いの一族であるなら、キミだって、遡っていったら、どこかで
月兎族の血が混じっているかもしれない。
ということは、条件さえ合えば、キミが次代の月の女王になっていた
可能性だってあったってことなんだ」
「黙っていてゴメンね、あずきちゃん」
美琴がティーカップをそっとテーブルに置いた。
「わたしもあずきちゃんと同じく、12歳の時に、急に魔法の力に目覚めたの。
そして同時に、月の女王としての記憶が蘇った。
そこからは、地球人『月乃美琴』としての生活と、月の女王『ルーナリーア』
との二重生活になっちゃって、心の均衡を保つのが大変だったわ。
幸いなことに、魔法庁の役人さんたちがスケジュール管理をしてくれてるから、
あんまり無理はしなくて済んでるけどね」
「そのこと、月乃のおじさん、おばさんは?」
「知らない。話すつもりも無いわ」
「そっか。ごめんなさい。事情も知らないくせに責めちゃって。
ね、歴代の女王様の記憶があるって大変じゃない?混乱しない?」
「女王の記憶といっても、断片的なものしか覚えてないの。
地球人、月乃美琴として生きてきた20年間の方が、余程濃いわ。
それはそうよね。千年を生きる女王の記憶を完全に持ってたら地獄だわ。
キャパオーバーで絶対頭がおかしくなる。
忘れるから、次の生を生きられる。
人って、そういう風に出来てるもの」
と、そのとき、あずきの上着のポケットが激しく脈動した。
何だろう。
あずきが上着のポケットを探ると、それは、賢者エディオンから受け取った
ブルームーンストーンのペンダント『ホワイトファング』だった。
「すっかり忘れてた。これ、ご先祖様が……」
不意に後ろに気配を感じ、あずきは振り返った。
そこに、灰色のローブを被った賢者が立っていた。
美琴と姉小路も反射的に立つ。
壁沿いに立っていた魔法庁の役人たちも、賢者の出現に色めき立つ。
「……これを、返し忘れとっての」
賢者があずきの出したペンダントをそっと持ち上げる。
「わしは、盟約を果たせなかったからの。
このペンダントは、盟約を果たすことを条件に貰ったものじゃ。
だが、わしはその前に死んでしまったからの。
いずれ誰かが成し遂げてくれるやもしれんが、とりあえず、わしとしては、
筋を通す為にも、これを返しておきたいのじゃ。さぁ」
賢者がペンダントを美琴に向かって差し出した。
美琴もそれを受け取ろうと、手を伸ばす。
そのとき。
ぐっ。
あずきが賢者の腕を掴んだ。
魂魄なだけの、実体が無いはずの賢者の腕をだ。
部屋にいる全ての人の視線が、あずきに集まる。
「……あなた、誰?」
「な、何を言っとるんじゃ?あずきよ、わしじゃ。賢者エディオンじゃ。
忘れたか?」
「……誰だって聞いてんの!!」
あずきが賢者を睨みつける。
「ご先祖さまは、感覚を信じろと言った。
ヴェンティーマ公園の地下の秘密の部屋で会ったとき、確かにバロウズの
血を感じた。でも今、あなたからは何も感じない。
あなたはご先祖様じゃない。絶対に賢者エディオンじゃない。あなたは誰!!」
「人間風情が、気安く妾に触るな!!」
凄まじい衝撃波で、あずきは壁まで吹っ飛んだ。
衝撃の瞬間、ブラウニーのミーアママが短杖に仕込んでおいてくれた
自動防御魔法が発動した。
あずきの全身を包むように、一瞬で、精霊による防御壁が展開する。
それが無かったら、あずきは肋骨を何本か折っていただろう。
だが、それでも衝撃を全て吸収することは出来なかったようで、
あずきは痛みを堪えて立ち上がった。
あずきは見た。
さっきまで賢者が立っていた場所に、黒いモヤのようなものが漂っている。
モヤが急速に収束し、人型になっていく。
女性だ。
漆黒のドレスを着ている。
ドレスには宝石が散りばめられていて、まるで星空のようだ。
天使の輪が浮いたその黒髪には、銀色のティアラを載せている。
ティアラのすぐ後ろ、頭のてっぺんから伸びる、うさぎのような一対の耳。
そしてその顔は……月の女王ルーナリーアこと、月乃美琴と瓜二つだった。
違いは、全体の色が白いか黒いかだ。
あずきは思わず、息を飲んだ。
次の瞬間、黒の女王が、美琴に向かって猛スピードで右手を伸ばした。
右手が異様に長い。
爪だ。鋭い爪が1メートルも伸びている。
とっさに姉小路が美琴と黒の女王との間に入った。
お陰で、美琴に怪我は無い。
代わりに、盾にするべく出した姉小路のタブレットが真っ二つに
折れ曲がっている。
「ひゅ~。やるじゃん、姉小路さん」
おはぎが口笛を吹く。
「セレス姉さま!!」
美琴が叫ぶ。
白の女王、月乃美琴と、黒の女王の視線が絡み合う。
黒の女王の顔が歪む。
あずきには、黒の女王のその表情が、まるで、泣きたいのを必死に
堪えているかのように見えた。
「ルーナ……」
次の瞬間、黒の女王の姿が再びモヤに変わった。
あずきは、すかさず床に落ちていたブルームーンストーンを拾って、
モヤに突進した。
そして、モヤが晴れたとき、そこに、あずきの姿は無かった。
、
月乃美琴は、第2話『夏休みっちゃあ田舎でしょ』の
最後に出てきた登場人物です。
ここからの伏線でした♪
さて、今回最後に出てきた、美琴そっくりの人物の正体は・・・。
次回も乞うご期待♪




