第18話 火炎の精霊
【登場人物】
野咲あずき……12歳。小学6年生。日本とイギリスのハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
西園寺祥子……ルナリア魔法学校中等部2年生。
「さぁ着いたわよ、どう?ここが月の女王の住まう場所、月宮殿よ」
あずきは目の前の橋を眺めた。
幅10メートル、長さ50メートル程の、石畳が敷き詰められた橋だ。
その下はお堀となっていて、橋の上からでも分かるサイズの、大きな魚が
泳いでいる。
あずきは祥子と門に向かって歩きながら、全景を見渡した。
石造りの門は白一色で、まるでバロック様式のような、見事な意匠が
施されている。
門は城壁と一体化されており、高さ30メートルはありそうな石造りの
城壁が左右に何百メートルと続いている。
周囲には普通に道路があって、地球と変わらず車も走っているのに、
ここだけは、まるで中世の趣だ。
そして突き当り、巨大な門の前に、西欧風の軍服を着た屈強そうな軍人が
二人立っていた。
実用品なのか威嚇用なのか、二人共、長さ2メートルはありそうな
槍斧を構えている。
すぐそばに交番サイズのポリスボックスが設置されており、中にはまだ
4、5人警備兵が待機しているのが見える。
何か事が起こったときには、この軍人さんたちが総出で取り押さえるのだろう。
まぁ、女王の居城だしなぁ……。
「そこで止まって用向きを言え!!」
門前の軍人に誰何される。
持っている槍斧が、あずきと祥子に向く。
「こちら、『野咲あずき』さん。初心者の試練に挑みし、初心者魔法使いですわ。
そしてわたしは、彼女をここまで案内してきたルナリア魔法学校中等部2年の
西園寺祥子です。連絡は受けていませんか?」
武器を向けられても堂々と胸を張って受け答えをする祥子に、あずきは思わず
尊敬の念を覚えた。
「大丈夫、話は聞いているよ、西園寺のお嬢様」
ポリスボックスから30絡みの、ダークグレーのスーツを着た髭面のダンディが
出てくる。
その動きに合わせて、門番の軍人が道を開ける。
どうやらこのダンディは、結構偉い人のようだ。
「姉小路のおじさま!!」
祥子の目にハートが浮かんで見えるのは気のせいだろうか。
「おじさまは魔法庁にお勤めだったはずでは?なぜこんなところに?」
「昨日、かの『リチャード=バロウズ』氏から、明日孫娘が初心者の試練を
受けるべく月宮殿に行く、と連絡を受けてね。
それでわたしが、期待のルーキーを案内すべく駆り出されたというわけさ」
笑った歯が白い。
西園寺先輩は、こういう、ちょい悪オヤジに弱いのか。なるほど。
あずきはそっと観察した。
「さて、キミが『野咲あずき』クンだね。とんでもないルーキーが現れたと
報告を受けているよ。魔法庁は大騒ぎさ。
我々としては、是非とも、来年、魔法学校に入って更なる魔法の研鑽に励んで
欲しいところだが、そういうことを言われるとプレッシャーになってしまうか
な?」
ダンディの歯が光る。
「報告?ということは、やっぱり見ていたんですね?わたしの旅を」
あずきが姉小路の目を真っ直ぐ見る。
姉小路がニヤっと笑う。
「ルーキークンは、なかなかに鋭い。隠すようなことでは無いから言うが、
初心者の試練自体、魔法庁の管轄でね。
分かってくれたまえ。魔法使いの人口は年々減っているんだ。
初心者魔法使いには、安全に月宮殿まで旅をして貰う。
そしてその経験を元に魔法学校で本格的に魔法を学び、次代の魔法使いの
世界を担っていただくというわけだ」
安全に?結構危険な旅だった気がするけど。
「さぁ、それでは行こうか。祥子クン、おばあさまによろしく伝えてくれたまえ」
そう言って姉小路は門をくぐった。
あずきも慌ててその後を付いていく。
「西園寺先輩、ありがとうございました!!」
「頑張って。あなたが戻ってくるまでに、泥酔老人たちを起こしておくわね」
笑顔の祥子に見送られて、あずきは門をくぐった。
真っ直ぐ進むと、ほどなく大広間に着いた。
天井に描かれたフレスコ画は宗教画に似ているが、天使ではなく月兎族が
モチーフになっているのを見ると、どうやら月の歴史が描かれているようだ。
天井から下がっているシャンデリアが、きらびやかなこと、この上ない。
正面には、幅10メートルはありそうな、大理石製の大階段がある。
手すりは顔が映るほど、ピカピカに磨かれている。
騎士や魔法使いなのか、壁際に設置された彫像は、月の英雄なのだろうか。
あずきはお上りさんのように、広間の真ん中でキョロキョロしていた。
あずきに付かず離れず歩いているおはぎの目も、まん丸だ。
「こっちだ、来たまえ」
姉小路が大階段の横に立って呼んでいる。
あずきは、床に敷いてあるフカフカの赤絨毯を歩いて、隣に行く。
絨毯がフカフカすぎて、全く足音がしない。
「この大階段の裏にだね……」
グルっと回ると、大階段の真下に像が一体立っていた。
ヴェンティーマ・ゲート記念広場で見たものと同じモチーフ。
月の女神像だ。
そして、像の前の床に、何やら複雑な魔法陣が描かれている。
「表側にあって、誰かが間違えてダンジョンに入ってしまうと大変だからさ。
こうして裏側に配置されているわけだ。面白いだろ」
何が面白いのか分からないが、確かに、パーティの招待客が間違えて
ダンジョンに送られちゃったら大変だ。
「さ、そこに立って」
あずきは姉小路に促されるままに、魔法陣の上に立った。
おはぎが黙って、あずきの肩に乗る。
それを確認して、姉小路が何か小声で呪文を唱える。
と、魔法陣が発光し始めた。
「では、最後の試練に行ってらっしゃい」
姉小路が軽く手を振った。
次の瞬間、あずきはどこかへ転移した。
転移の時間は一瞬だった。
あずきは気付くと洞窟に立っていた。
普通に周囲は土だ。
土をくり抜いて作った洞窟のようだ。
前方に光が見える。
おそらくそちらに進めということなのだろうが……。
暑い。
ムワっとした熱気が立ち込めている。
一歩歩くごとに、気温が上昇していくような気がする。
やはり、前方の光があるところが、熱気の源泉なのだろう。
「……暑くない?」
「魔法で涼しくしてよ」
見る見るうちに、あずきの額に汗が湧いてくる。
「フリーグス ネブラ(冷気の霧)」
あずきの周囲の気温がグっと下がる。
汗が一瞬でひく。
「効果範囲は3メートル程度だからね。それ以上離れちゃダメよ」
「分かった」
あずきは前方の光を睨んだ。
だいたいの想像がついた。
おはぎも同じ考えらしい。
洞窟を奥まで進むと、広大な広間にぶち当たった。
200メートル四方くらいの空間だ。
道はちょうど広間の真ん中まで続いている。
案の定、幅2メートルの道の下は全て溶岩だ。
ボコボコ泡立っている。
落ちたら即死だろう。
道の突端まで行くと、頭の中に声が響いた。
『……準備はよいか』
あずきは杖を握りしめ、丹田にある魔法核を全開で起動させた。
「OK、いつでもいらっしゃい!!」
『我が名はイフリート。炎の魔神。
10分間、我が攻撃をしのいでみせるがよい!!』
目の前、10メートル先の溶岩が盛り上がり、人型になった。
人型と言っても、その身長は5メートルを超えるだろう。
翼が生えた悪魔といった出で立ちだ。
そのまま浮かび上がり、あずきより高い位置に来る。
『フレイム バレット(火炎弾)!!』
イフリートがあずきに対し、右の手のひらを向ける。
次の瞬間、直径30センチはありそうな火炎弾が、雨あられと飛んでくる。
「ディミティス(解放)」
あずきは入り口に向かって走りながら、箒を取り出した。
そのまま箒に飛び乗った。
おはぎも飛び乗る。
「フォルティス ベントゥス(強風)!!」
あずきは通路を外れ、溶岩の煮え立つ広間の上空を高速で飛んだ。
壁にイフリートの放った火炎弾が次々とぶつかる。
耐火摩法が掛けられているのか、これだけ火炎弾がぶつかっても壁は崩れない。
あずきも飛びながら魔法陣を描く。
「グラシス サジータ デュエット(氷の矢連弾)!!」
あずきの描いた魔法陣から、氷の矢が次々に飛ぶ。
イフリートを中心に円を描くように飛び、10秒ほど氷の矢を撃ち続ける。
まるでマシンガンだ。
避けるつもりが無いのか、イフリートは攻撃を全て手のひらで受けた。
だが、ダメージがあるようには見えない。
『なかなかやるな。ではこれも追加するとしよう。避けきれるかな?』
『フレイム ピラー(炎の柱)』
今度は溶岩の海から溶岩の柱が次々と立った。
あずきの進路を予期しての攻撃だ。
たちが悪い。
あずきは速度と移動に緩急を付け、避けた。
そうしながらも、イフリートの放つ火炎弾攻撃は続いている。
集中力を切らせたらアウトだ。
「どうする?こっちの攻撃は効かない、あっちの魔力は無尽蔵。
10分間だけとはいえ、キツくない?」
「今考えてる!!……矢でダメなら!!」
高速飛行を続けながら、あずきはまた魔法陣を描いた。
「グラシス テンペスタス(氷の嵐)!!」
あずきの描いた魔法陣から出た無数の氷雪の塊が、一瞬で
巨大な嵐となってイフリートを襲う。
『ほぉ』
イフリートは、いったん攻撃を中止し、両手をあずきの方に向け、
攻撃をガードした。
「効いた?」
「いや、ダメだよ。全部手のひらに施されたガード魔法で、かき消されてる。
正面からの攻撃は効かないよ!!」
「死角から攻撃しろって?無理よ、あれの後ろに回り込むのは。近づくのも
厳しいんだから!!」
その時だ。
「痛っ!!!!」
あずきの背中に激痛が走った。
思わず、あずきの呼吸が止まる。
高速で飛んでるのに!?
後ろからの攻撃なんてあるわけない!!
痛みをこらえて振り返る。
跳弾だ。
イフリートの火炎弾が壁にぶつかった衝撃で、弾けた火花が偶然背中に
当たったのだ。
大丈夫、この程度の痛みなら耐えられる。
あずきは向き直った。
ところが。
おはぎがいない!!
箒の先端に鎮座している黒い姿が見えない。
「あずき……ちゃん……」
あずきは箒で飛びながら、慌てて振り返った。
跳弾の衝撃でおはぎが箒から落ちたのだ。
呆然とした表情のまま、おはぎが溶岩に向かってゆっくり落ちていく。
「おはぎ~~~~!!!!!!!!!」
あずきは絶叫した。
さて、いよいよ月宮殿の試練です。
全ての試練を通過出来れば、月の女王との対面が待っています。
あずきは無事、試練をクリア出来るでしょうか。
次回も乞うご期待♪




