第15話 甘い罠に御用心
【登場人物】
野咲あずき……12歳。小学6年生。日本と英国のハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
リーロイ……ブラウニーの男の子。ルーミィの兄。
ルーミィ……ブラウニーの女の子。リーロイの妹。
ミーア……リーロイ、ルーミィの母。ブラウニーの隠れ里の魔法教師。
皮膚がピリピリ焼けつくように痛い。
海水浴で日を浴び過ぎたときの感覚に似ている。
箒で飛んでる間に日に焼けたのかな……。
何だかんだ言って、疲れが溜まっていたのだろう。
眠りが思った以上に深かったのか、まだ頭がぼんやりする。
あずきは薄目を開けた。
暗い。
すぐ目の前に壁がある。
これ、何だろう……。
寝ぼけた頭で考えた。
何でだろう、思考がまとまらない。
壁はまるで植物のようだった。
アロエとかサボテンとかの多肉植物の葉みたい。
そこで初めて、自分が赤子のように、膝を抱えていることに気がついた。
その状態で、お腹辺りまで水に浸かっている。
……違う。
この、ひりつく感じ。
これ、水じゃない。
まるで、ウツボカズラの中で、ゆっくり溶かされているみたいで・・・。
みたい、どころじゃない!!
わたし、今まさに溶かされようとしている!!
やばい!!やばい!!やばい!!やばい!!!!
危険!!危険!!
頭の中をエマージェンシーコールが、けたたましく鳴り響く。
しかし、どうしたわけか、指一本動かせない。
バフっ。
あずきのいる密閉空間に、甘い匂いが充満した。
覚醒し掛けたあずきの意識が再び霧の中に沈み込んでいく。
溶かされる。
溶けて食べられちゃう。
まずい。まずい。
あずきは消えゆく意識の中で、ブラウニーのミーアママの言葉を思い出した。
「杖に色々仕掛けを施したからね」
別れ際に教えて貰った。
その中の一つ。
あずきの命が危機に瀕したとき、杖が自動防御モードになる。
呪文詠唱の必要すらなく、頭の中で考えるだけで強力な自動防御モードが
発動する。
『スビティス エヴァクアティオ(緊急避難)』
杖が強烈に光り輝き、あずきを包み込んだ。
次の瞬間、あずきを包んだ光の繭が、遥か天高く上昇する。
あずきは一瞬で高度500メートルの高空に運ばれた。
だが、あずき自身は横たわった状態のまま、まだ指一本動かせない。
光の繭の中で、あずきの周囲を赤、青、緑、黄、4つの光が激しく飛び回る。
あずきの杖から飛び出した4種の精霊、
火の精霊、水の精霊、風の精霊、地の精霊だ。
『解毒……成功!!』
『麻痺解除……成功!!』
『睡眠解除……成功!!』
『混乱解除……成功!!』
『治癒発動……成功!!』
『魔法核へのエネルギー注入……成功!!』
あずきの下腹部、丹田にある魔法核が激しく脈動し始め、
頭のモヤが晴れていく。
あずきの目が開く。
頭の中がクリアになり、瞳に意思の力が戻ってくる。
あずきの覚醒と同時に、光の繭が弾け飛んだ。
風があずきの服を激しく、はためかせる。
「ディミティス(解放)」
あずきは高度500メートルの上空から自由落下しつつ、魔法陣から箒を
引っ張り出した。
そのまま箒に跨る。
あずきは周囲を見回した。
山なみに見覚えがある。
移動した感じでは無い。
だが、肝心のレモラの花畑が、どこにも見えない。
あんなに綺麗だった瑠璃色の絨毯の姿が全く見えない。
森の中に、少し拓けた野原があるだけだ。
その中央で、何かが、うねうね動いている。
「ディプレーンショ(探知)」
おはぎの気配を探る。
いた!!
直下だ。
まさに、あずきのいた辺りに気配を感じる。
あと一つ、強力な敵意むき出しのオーラを感じる。
これが敵で間違いないだろう。
だけど、待って。
花畑にはたくさんの人がいた。
あずきと同じタイミングで補食されたなら、まだ生きているはず。
なのに、おはぎと敵以外の生体反応を全く感知出来ない。
レモラの花畑は無かった。
ということは、あそこにいた観光客も、ソフトクリームも幻?
どこからが夢?
いつから敵の術中にハマっていた?
ううん。考えるのは後。
今は、おはぎの救助が最優先。
今助ける!!
あずきは箒に跨ったまま、箒に回していた魔力を切った。
箒がただの竹箒に変わり、あずきは、きりもみ状態になって落下する。
みるみるうちに、地表が迫る。
地上50メートルくらい、ちょうど敵の身長くらいの高さで、
あずきは一気に魔法核を起動し、水平飛行に入った。
あずきの強引な姿勢制御に、箒がミシミシ悲鳴を上げる。
そこにいたのは、樹と生物の中間のような存在だった。
中央の幹は、直径20メートルはあるだろうか。
その高さ50メートルの位置、てっぺんに、顔がある。
といっても、そこにあるのは口だけだ。
口の中には牙がびっしりと生え、その中は樹液なのか、よだれなのか、
何らかの液体で、ぬらぬらと輝いている。
口の周りで、触手が蛇のような動きで蠢いている。
幹の周囲には、一個2メートルもありそうな、壺状の捕虫袋、ならぬ捕人袋が
幾つもぶら下がっている。
この中に捕まえた獲物を入れてじわじわ消化するのだろう。
ある程度柔らかくなってから、メインの口の出番になるのか。
一つ破れているのは、そこにあずきが居たからだ。
おそらく、この中のどれかに、おはぎもいるはず。
手足扱いなのか、幹から伸びた、直径50センチ程の無数の触手が
うねうね動いている。
見られている。
見た目には口しかないその顔で、確実にこちらの姿を捉えている。
あずきは、肌が粟立つのを感じた。
ゲプっ。
樹の口が、息を吐き出す。
甘い匂いが充満する。
これだ。これに幻惑作用があるんだ。
「ベントゥス パリエース(風の壁)」
あずきは、風を纏った。
風の壁に遮られて、幻惑の香りが弾かれる。
効果が無いことに気付いたか、触手があずきに向かってくる。
直接、捕獲するつもりだろう。
触手の動きが意外に素早い。
しかも、本数が多いから、避けるのが大変だ。
捕まったら、またあの補人袋に逆戻りだ。
知能がありそうな敵だ。
次、捕まったら、緊急避難すら封じられて消化されるに違いない。
でも、この触手を縫って接近しないと、おはぎの救助が出来ない。
あずきは距離を保ちつつ、幹の周りを箒で飛んだ。
念の為、再探知する。
反応は、小さなものが一つだけ。
やはり、観光客など居なかった。
甘い香りを吸った瞬間に、術に掛かっていたのだろう。
あずきは高速で飛びながら、右手に持った短杖を捕人袋の一つに向ける。
まさにそこが、反応があった袋だ。
「ベントゥス ラーミナ(風刃)!!」
杖から風の刃が幾つも飛ぶ。
狙いを誤たず、捕人袋の底部を切り裂く。
大量の液体と共に、黒い小さな塊が落下する。
あずきは箒のスピードを上げ、無事おはぎをキャッチする。
「おはぎ?おはぎ!!大丈夫??」
あずきは箒を高速で飛ばしながら、溶解液でびしょ濡れのおはぎを抱っこする。
「……あれ?あずきちゃん?ごめん、ボク寝過ぎちゃってたみたいだ……」
「良かった。溶けきってなかったようね。サニターテム(治癒)!!」
おはぎの目がパチクリする。
「あずきちゃん?うわ、あれ、食人植物『ヤ=テベオ』だ。しかもまぁ、
随分と育っちゃって。何が起こってるの??」
「話は後。さぁどうしよっか」
おはぎを取り戻されたからか、攻撃を受けたからか、食人植物の怒りの波動が
伝わってくる。
ありったけの触手が、あずきを捕獲しようと追ってくる。
と、見る見るうちに、触手の至るところに花が咲き始める。
白い花が満開だ。
綺麗……。
一瞬、見惚れる。
ところが。
花から何か液体が飛ぶ。
じゅっ。
液体が落ちた地面が白く泡立つ。
「溶解液だ。ボクらが浸かってたやつより、遥かに強力だよ。絶対に浴びちゃ
ダメだ」
溶解液を吐く花がたくさん付いて、より凶悪になった触手が、あずきを追う。
高速飛行を維持しながら、あずきは振り返り、杖を後ろに向ける。
「アグニ ステラ(火の星)」
火球がいくつも尾を引いて飛ぶ。
あずきを追う触手に次々と当たり、火がつく。
だが、触手は数が多い。
1本や2本焼かれた程度では、大勢に影響は無い。
「あずきちゃん!!前からも来るよ!!」
おはぎが悲鳴を挙げる。
触手が束になって、前方から押し寄せる。
あずきは杖を前に出し、素早く魔法陣を描いた。
「フランマ テンペスタス(炎の嵐)!!」
魔法陣から出た炎の奔流が巨大な渦となって、前から向かってきた触手の群れを
一瞬で消し炭に変える。
あずきの前方、遥か先まで、直径1メートル程度の空白地帯が生まれる。
あずきは箒の上で身を屈め、触手の無くなった空白地帯を、一気にくぐり
抜けた。
飛びながらチラっと、食人植物の本体を見る。
本体近くの触手が、ダメージを物ともせず、うねうね元気に動いているのが
見える。
触手が何本あるのか分からないが、この程度では戦意を削ぐことは出来ない
ようだ。
「どうする?このままじゃ、ジリ貧だよ?」
「……逃げる!!」
あずきは食人植物を置き去りにし、飛んだ。
「え?おいおい、いいの?あれ、放っておいたら、他にも被害が出ちゃう
かもしれないよ?」
「いいの!!今は、あんたの治療が先!!溶解液を落とさないと、
あんたハゲちゃうわよ?」
「そりゃ困る。水場のありそうなところへ急げ~!!」
30分程飛んで、山中に滝と水場を見つけたあずきは、そこに着地した。
あまり大きな滝ではないが、体を洗うには十分だ。
あずきは服のまま、水に飛び込んだ。
何となく制服がボロっちくなった気がしないでもないが、服のダメージは、
穴が開くほどのものでは無さそうだ。
おはぎも体を震わせて、水気を払う。
「ねぇ、あれ、ホントに良かったの?」
「……おはぎ、気付いてた?……わたしたち、観察されてるよ」
あずきは温風を体に纏って、服を乾かしながら答えた。
「観察?誰に?」
「月の女王。もしくはその手下の人とか」
「何で?」
「初心者の試練は、地球の賢者と月の女王との間で結ばれた契約によるもの
なのよ?わたしが女王なら、その動向を観察して、命の危機があるときには
こっそり介入する。死なれちゃ困るから。ここまでの旅でも、介入としか
思えないようなことがあったもの。間違いないわ」
「確かにそれはあるかもしれないけど……」
おはぎが言いよどむ。
「でも、そうだとして、さっきの食人植物を放置していいってことに
ならなくない?」
「わたしね、あの食人植物も、この地の生態系の一つだと思うんだ。
そのテリトリーに踏み込んだのは、わたしたちの方。
こっちも死にたくないから、脱出するべく、ある程度の攻撃はしたけど、
滅ぼすのは間違ってる」
「まぁ、そりゃそうかも……」
「それにさ」
制服がすっかり乾いたので、あずきは近くの岩場に腰掛けた。
「月の女王、もしくはその手下が見てるのよ?もしあの食人植物が危険だと
判断したら、とっとと討伐隊を派遣するでしょ。それはわたしの役割じゃない。
おまかせしちゃっていいと思わない?」
「なるほど。それなら納得」
あずきは一つ、伸びをした。
「じゃ、行こう。こんなところで野宿なんてごめんだわ」
「分かった。行こう!!」
あずきが箒に跨ると、おはぎもひょいっと柄に飛び乗った。
ルナリアタウンに向けて、あずきは再び飛んだ。
『どこからが夢?いつから敵の術中にハマっていた?』
不意にこのフレーズが浮かんできて、この第15話を挿入しました。
いかがでしたでしょうか。
アニメ映像を頭の中で想像しながら読んで頂けたら、結構
燃える動きをして楽しんでくれるかな~などと思います。
次回も乞うご期待です♪




