第10話 観光地の雰囲気って地球でも月でも変わんないね
【登場人物】
野咲あずき……12歳。小学6年生。日本と英国のハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
あずきの目の前に、高さ5メートルはありそうな巨大なポールが
2本立っている。
ポールには『東京タウン』と書かれている。
変な名前。
でもそれが街の名前なのだろう。
あずきはそれを横目に、ゆっくり箒を進めた。
普通に街だ。
細道は土の道が多いが、大通りは石畳が綺麗に敷かれている。
道の両脇には民家や商店が並んでいる。
人種も雑多、さまざまだ。
なんか映画で見た、こんなの。
1970年代風の日本だ。
テーマパークみたい。
事前情報通り、人間も月兎族も、その他の雑多な種族も、色々混じって普通に
暮らしているようだ。
車も一応走ってはいるが、そのデザインの古そうなこと古そうなこと。
三輪なんて初めて見た。
見た感じ数は少ないし、荷物運びとしてのみ使っているようで、あまり
一般的では無いようだ。
魔法世界だけあって、箒に乗る人もいるようだが、通行人の多くは、普通に
歩いて移動している。
「キミ!そこのキミ!!脇に寄りなさい!!」
え?わたし??いきなり声を掛けられて振り返ると、婦人警官だった。
若い。20歳そこそこだろう。
「車道を飛んじゃ歩いちゃ危ないって学校で習わなかった?
少ないとはいえ車だって走ってるんだから。
うかうかしてると轢かれちゃうよ?何年生?」
「ろ、6年です……。あ、こっちには一昨日来たばかりで……」
「ん?その胸章、キミ、初心者?ひょっとして月宮殿に行く途中?
そういえば そんな連絡受けていた気がするなぁ。
そっかそっか、なら仕方ない。
そうだ、キミちょっとそこの警察署までおいで。
お姉さんが色々説明してあげるから」
ということで、あずきは街に着いて早々、警察のご厄介になることに
なってしまった。
それはまさしく警察署だった。
人間、月兎族、様々な人が働いている。
視線を感じるが、まぁ警察署だからね。しょうがない。
あずきは婦人警官に促されるまま、イスに座った。
婦人警官が机に置いてあった連絡帳を開いて、うんうん頷く。
「あ~やっぱり連絡来てた。すっかり忘れてたわ。あはは。
わたしは月宮奈々。ここ東京タウンのお巡りさんです。
奈々さんでいいよ。あなたは野咲あずきちゃん、でいいのかな?」
「やっぱり、日本の方だったんですか」
「そうよ。わたしも10年前、あなたと同じようにして魔法使いになったの。
何だか懐かしいなぁ」
そう言いながら、奈々はお茶を出してくれた。入れ物は湯呑。中身は緑茶。
実に純和風だ。
「あの、連絡って何ですか?」
あずきが尋ねる。
「サマンサさんに会ったでしょ?新人さんが来るときは、彼女から毎回連絡が
来るのよ。魔法使いの新人さんは貴重だから、無事月宮殿に辿り着けるよう、
フォローする役割があるの。もちろん、旅そのものが訓練の一部だから、
過保護過ぎちゃう行動は慎まなきゃいけないんだけどね」
すると、今まで助けてくれた何かも、フォローの一環なのかな。
「さて、じゃあまずは、ここ、『魔法世界シャンバラ』の地図を
見て貰いましょうか」
奈々が机上に紙を開く。
A2版くらいの大きなサイズのものだ。
「魔法世界シャンバラ?」
「そう。月に作られた魔法都市よ」
奈々の指差す先、地図の中心地に大きな街があって、
そこには『ルナリアタウン』と日本語で書かれている。
ルナリアタウンから8本の線が放射状に伸びている。
その先にいくつも街があって、奈々はその一つ、2時方向にある街を指差した。
「これが東京タウン。今あなたがいる場所よ」
奈々はそのまま指を2時方向に滑らせる。
地図の端っこまで来る。そこに星印が付いている。
「ここがあなたの来た2番ゲート。ゲートは8か所あって、地球の色んな場所に
繋がってるの。あなたの来たゲートは日本に繋がるゲート。
だから、日本人ならまず例外なくサマンサさんに会って、それからこの
東京タウンを目指す流れになるわね。お茶菓子食べる?」
奈々が勧めてくれた菓子盆を開くと、中には普通に丸せんべいが入っていた。
あずきは一つ取り出して袋を開ける。
「ネコちゃんにはミルクね」
ミルクを満たした小皿が机の上に置かれる。
おはぎがあずきをチラっと見る。
あずきがうなずくのを確認し、おはぎはミルクを舐め始めた。
「月宮殿はどこにあるんですか?」
あずきの問いに、奈々が地図の中央を指差す。
「月宮殿はルナリアタウンのほぼ中央に位置しているわ。
高い塔だから、すぐ分かるはず。東京と違って、高いビルっていっても
せいぜい10階建てくらいだから見つけやすいと思うわよ。
ただし月宮殿は広大な庭園に囲まれているの。
庭園の入り口で門番に用向きを伝えると、地下ダンジョンに案内されるわ。
そこが最後の試練の場。
ダンジョンを無事抜けると月宮殿の真下に出るから、そこで女王に会える
って感じね。だいたいの流れ、分かった?」
試練。やっぱり旅自体に意味があったんだ。
あずきはここまでの道のりを思い出した。
「この線は何ですか?」
あずきは東京タウンとルナリアタウンを結ぶ線を指差した。
「これは鉄道。汽車よ。見たことある?是非とも乗ってみて欲しいところだけど、
乗車賃、ある?」
「……無いです」
「だよね~。だいたいみんな無一文で旅を始めるもの。でもね、お金は貸して
あげられないの。それも試練の一部となってるから。ごめんね」
「奈々さんのときはどうだったんですか?」
「わたし?わたしは駅に置いてあったピアノを弾いたわ。ストリートピアノ
ってやつ。そしたら通行人がお金を投げてくれて、それを乗車賃にしたの」
残念ながらわたしにはそんな特技は無い。
さぁてどうしよっかな。
「汽車に乗らないって選択肢もあるんですよね?」
「勿論。実際、箒でルナリアタウンまで行った人もいたらしいわよ。
言うほど差が出るわけでもないし。
初心者の試練は、月宮殿への旅を通して魔法に慣れることが目的だから、
行き方で合否があるわけじゃないの。
単純に汽車はショートカットって考えてくれればいいわ。
乗れれば楽ね、って程度」
考え込むあずきを見て、奈々が微笑む。
「そんなに難しく考えることないわ。夏休みでしょ?なら、目一杯楽しむことを
第一に考えればいいんじゃない?まずは観光しましょ」
「各都市の人口は大小差はあれど、だいたい10万人ってとこね。
広さは100平方キロメートル前後。
あなたの住んでる街と、広さも人口も大差無いと思うわ。
月全体の人口でも、人間と月兎族だけで2000万人はいるわよ。
他にも大小さまざまな部族が住んでいるから、それも合わせると、
ちょっとした国のレベルね」
あずきは奈々に奢ってもらったソフトクリームを舐めながら、
周りをキョロキョロする。
繁華街は、観光地さながらに賑わっていて、場所によっては歩くのも困難な
くらい混んでいる。
おはぎもあずきの肩の上で大興奮だ。
「この時期は、地球から月に観光に来る人たちで賑わっているわ。夏休みだしね」
奈々も私服に着替えてあずきの観光に付き合ってくれている。
妹分を得て嬉しいのか、奈々があれもこれもと、買ってくれる。
その様子はまるで、仲の良い姉妹が東京観光に来ているかのようだ。
「ねぇねぇ、この服、可愛くない?着てみようよ。お姉ちゃん、何でも買って
あげちゃう」
「いや、悪いですし、何よりこの制服、脱いじゃまずくありません?」
「そっか、確かに。その服、実はルナリアタウンにある魔法学校の制服なのよ。
ただしそのマーク、校章の色が白でしょ?それが月宮殿を目指す初心者
魔法使いの証なの。それを見たら、月の住人は様々なフォローをしなきゃ
いけない。過保護になり過ぎない程度にだけど。
なにせ、これからの魔法世界を担う若者ってことだからね」
そっか、だからサマンサさんのところに制服まで用意されてたんだ。
「ほらほら、タレントショップ。Tシャツでも買ってく?」
「え?なんで?え?この人、まさか……」
「そういうこと。あなたの思っている以上に、人間社会には魔法使いがいるのよ」
知らなかった。
自宅を出てからここまで、驚くことばかりだ。
小学校最後の夏休み。
随分と刺激的なものになりそうだ。
「キャーーーーーー!!!!」
突如、悲鳴が聞こえた。
奈々が反射的に走り出す。
あずきも慌てて付いていく。
角を曲がった瞬間、何か小さな影とすれ違った。
気にはなったが、奈々に追いつくのが先だ。
あずきが着くと、そこには人垣が出来ていた。
掻き分け、中に入ると、奈々が老婦人を前に何か通信をしている。
「はい。はい。大山通り、引ったくりです。被害者は推定70歳。
盗られたものはネックレス。
犯人は小さな生物、或いは精霊の類かと思われます」
「あのネックレス、亡くなった主人に貰ったものなの。何とかして取り返して。
お願いよ」
上品そうな服を着た老婦人が奈々にすがりついている。
それをなだめていた奈々があずきに気付く。
「ごめんね、あずきちゃん。お姉ちゃん、お仕事に戻らなくっちゃ。
あとでまた署に寄って」
駆けつけた同僚警官たちと一緒に老婦人を連れて行く奈々を見送りながら、
あずきは先程の様子を思い出していた。
「ねね、あずきちゃん。すれ違ったあの小さな影、怪しくない?」
肩に乗ったおはぎが小声でささやく。
「うん、わたしもそう思ってた」
「……やる?」
「……勿論」
懐から取り出した杖で、空間に魔法陣を描く。
さっき、まさにその犯人とすれ違った。
まだ覚えている。
今ならいける。
わたしだけが、犯人を追える。
「ルクシス スブスクウェンティス(光の追跡者)」
あずきは魔法陣の前に左手を差し出した。
そこに光で出来た小さな2匹の生物が現れる。
ツバメとネズミだ。
揃って小首を傾げ、あずきを見上げる。
そんな2匹にイメージを注ぎ込む。
「分かるわね?さ、お行き!!」
ツバメが飛び立ち、ネズミが走り出す。
それを見送って、あずきは目を閉じた。
それぞれの見ている光景が、閉じたまぶたに薄っすら映る。
10分程して、ネズミの方に反応が出る。
下水道だ。
ツバメとの接続を切る。
ツバメはそのまま空に搔き消えた。
あずきは近くのマンホールに駆け寄り、フタを開けた。
覗き込むも、中は真っ暗だ。
月にも下水道がある。
不思議な話ではあるのだが、人がこれだけ住んでれば、そりゃ下水道だって
あるよね。
肩に乗ったおはぎと目が合う。
同時に頷く。
あずきは意を決し、暗闇に中に飛び込んだ。
あずきは奈々と4年越しの再会を果たしました。
もちろんあずきは、そのことを忘れています。
奈々もそのことを分かってはいるのですが、
ついつい嬉しくて甘やかしちゃう。
お姉ちゃんですね♪
さ、次回は下水道での冒険です。
真っ暗闇の狭い空間で、あずきはどう戦うのか。
乞うご期待♪




