3 日常は常ならず
予約投稿がうまくいきませんでした…。
「ただいま!」
玄関を開けて中に入ると、玄助は慌ただしく脱衣所へ飛び込む。
「おかえりぃ。」
奥から間延びした声がする。それを背後に聞きながら、急いで浴室に入る。水が温まるのも待たずに、服を着たまま勢いよくシャワーを浴びた。
「今日もおそかったねぇ。またいつものかい?」
シャワーでかき消されるが、微かに声が届いてきた。
「うん、まあね!」
それに怒鳴り返しつつ、全身を念入りに洗う。ここを怠ると、一日中オイルのにおいを放つことになる。
それにしても、今日は散々だった。森が閉鎖なんて、聞いてない。それからあの女も。
怜の顔を思い出して、憮然とした表情になる。確かに危険なことをしていたのは認めるが、それにしても融通が利かないヤツだった。今日はなぜか許可が出たが、次あった時には『やっぱり立ち入り禁止!』なんて言われるかもしれない。気が変わる前にと思って逃げてきたが、逆効果だったか。考え始めるときりがなかった。
やっと浴室を出て用意してあったジャージに着替えると、頭も乾かさずに居間に向かった。
「ただいま、ばあちゃん。」
「おかえり、ケンちゃん。」
腰の曲がった老婆がちゃぶ台に料理を並べていた。煮豚、肉じゃが、生姜焼きと、肉を使ったメニューばかりだ。
「ばあちゃん、こんなに肉ばっかりじゃなくてもいいって言ってるのに。」
「いんや、ケンちゃんくらいならもっと食べてもいいくらいだよ。野菜も食べなきゃいかんけど、やっぱり男の子はお肉をたべんとねぇ。」
「そ、そうかな…。」
食器を運ぶのを手伝いながら、玄助は苦笑いを浮かべる。この老婆は、ともすると際限なく玄助に肉を食べさせようとしてくる。年頃だから、というのが理由だが、それにしたって限度があるだろう。
「おう、玄助。帰ってたか。」
居間に老爺が入ってきた。顔に刻まれた深いしわは年齢を想起させるが、体つきは大きく、動きも力強い。十五歳の玄助よりも若々しいほどであった。
「じいちゃん、ただいま。今日の現場は?」
「タバコ屋のせがれの家だ。この間の大雨で雨漏りしたってんで、点検してきたわい。久しぶりにアレを動かすことになった。」
「高所作業用の人型?あれ、ほとんど使ってないはずだけどよく動いたね。お疲れ様。」
三人で食卓を囲んで座る。いただきます、とそろって声を上げ、一斉に食べ始めた。ゆっくりとご飯を食べながら、玄助は華の言葉を思い出した。怜の一件ですっかり忘れるところだった。
「そうだ、ばあちゃん。明後日は夕飯いらないから。」
「おや、どうしたんだい?」
「華に誘われてさ。華の家で食ってくるよ。」
「おやまぁ!」
老婆は目を丸くし、老爺は下品な笑顔を浮かべた。
「おい玄助、ちゃんと準備しとくんだぞ?」
「何の話?」
「いやだわおじいさん気が早い。保科さんのご両親は?」
「いないって言ってたけど。」
「まあまあ!お赤飯炊かなきゃ!」
「玄助、いいか?男ってのはしっかり責任を持たなくちゃならん。」
「そうよ、ケンちゃん。準備もしっかりね?」
「だから準備って何さ?」
「玄助ぇ…。お前も大きくなったんだなぁ…。」
「な、なに泣いてるんだよじいちゃん!二人ともどうしたんだよ!」
よくわからないアドバイスと笑い声が飛び交い、にぎやかな食事が続いた。
食事を終えて歯を磨くと、既に習慣になっているトレーニングをする。ゾンビハンターは体が資本であると考えて、昔から続けている。
軽く汗をかいたところで、大の字になって寝転がった。目を瞑ると、瞼に再び怜が浮かび上がる。時間が経ち、少し申し訳ない気持ちになってきていた。それをごまかすように体を動かしたが、頭にこべりついて離れない。
彼女の言っていることは、プロが素人にいう事としては正しかった。素人が下手にゾンビに手を出すのは、危険である上に被害を拡大させる可能性すらある。彼女があそこで玄助に忠告するのは、至極当然だった。ただ玄助が素人扱いを嫌っただけで、彼女に非があるとは言えない。
しかし、それはそれとして腹が立ったのも事実だ。玄助の夢、ゾンビハンターでありながらそれを目指すことをやめさせようとしてくるし、大きな被害も大量繁殖もないのにいきなり調査とか言い出すし、何より玄助をかたくなに認めない態度が腹立たしい。
「あー、もう!」
相反する感情にさいなまれ、玄助は腹筋の力で起き上がった。
「もう1セットやってやる!」
「あー、もう!」
誰もいなくなった森の中で、玲はうなり声をあげた。
先日拘束した違法ゾンビ研究者、西田のアジトから押収したデータを頼りに浜風の調査を始めたが、上手くいかないことばかりだ。
「…いいえ、上手くいかないのはいつもだったわね。」
否応もない事情から特例でゾンビハンター--UV発症個体、通称ゾンビの対応と処理を行うエキスパートとして生きてきた玲の人生は、よくよく考えればすべて上手くいかなかったようなものであった。
「それにしても…。」
主のいなくなった大型機械、玄助が『相棒』と呼んだ人型重機を見上げる。ひどく不格好ではあるが、強い生命力すら感じさせる力強い立ち姿だ。
ゾンビなんかにかかわらないで生きていけるはずの、普通の高校生が、こんなものを作っているなんて。ヒーロー願望とまじりあった、よくあるゾンビハンターへのあこがれと誤解かとも思ったけれど、これを見る玄助の目は夢見る少年のそれではなかった。普段なら絶対に承諾しないような交渉に乗ってしまったのも、あの目に気おされた部分があったからだ。
それはそれとして。
玲はふつふつと湧き上がる怒りを抑えることが出来なかった。あの人を食ったような態度。男子っていうのは、みんなあんな感じなの?
いやいや、と首を振る。少女マンガじゃ、意地悪でチャラい男子のほかに格好良くて優しい王子様みたいな男子もいっぱい出てる。彼だけを基準にするのは間違っているはず。
「…バカ、ばか、ばか?」
罵倒する事に慣れていない自分にも腹が立つ。ほとんど生まれて初めて、直接的な罵倒を試みたが、違和感があってうまく口にできなかった。
「どうやれば、上手く言えるようになるのかしら…?」
いささか頓珍漢にも思える玲のつぶやきに、答えるものは何もなかった。
朝日がまだ昇りきらない早朝の町を、華は軽快なペースで駆け抜けていた。あまり運動は得意ではなかったが、朝のランニングだけは中学生のころから続けている。体が大きく変わり、胸が人よりも膨らみ始めたころ、ある同級生の男子に「太った?」などと聞かれたことがきっかけだ。もちろんその男子には鉄拳をお見舞いしたが、それ以来スタイルには気を配っている。その男子が多少でも緩んだ体をしていれば途中で気を抜いたかもしれないが、彼は非常に引き締まったいい体をしている。なにかあった時に比べられたり幻滅されたりしたら、もう立ち直れないだろう。
「ケンちゃんのバーカ。」
そう呟くと、顔に熱が集まってくるのを感じた。明日、その男子が家に来る。しかも夜で、両親もいない。間違いなく、そういうタイミングであろう。昨日の内に掃除は完璧に済ませた。ベッドは明日の朝にシーツを取り換えるし、ティッシュなんかの用意も十分だ。あとは、今日の夜に料理の下ごしらえを終わらせ、ダメ押しでもう一度家じゅうを掃除するだけだ。
自然とにやけてくる顔を必死に引き締めながら、海沿いの道を走る。気持ちの良い潮風が頬に当たり、熱を奪っていく。
「う~ん…。」
風の音に混じり、変な音が聞こえたような気がした。立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。
「んん~。」
また聞こえる。下からだ。道の手すりから身を乗り出し、下の砂浜を確認する。
「女の…人?」
金髪の女性が砂の上で倒れている。その周りにはたくさんの海鳥が。第一発見者、という文字が頭の中にちらつき、一気に顔が青くなる。
「いやん、もう…。」
いや、死んでない。海鳥につつかれて、うめき声を上げている。まだ生きているようだ。
「こ、こらー!人をつついちゃだめでしょー!」
声をあげて砂浜に降りる。その気配に、海鳥たちはいっせいに飛び立つ。ひとまず追っ払ったものの、倒れている女性がいることに変わりはない。少しびくびくしながらも、その女性に近づく。きれいな金髪だ。なぜか白衣を着ているが、その下はびっくりするほどセクシーな服で、別の意味でドキドキしてきた。あどけない寝顔を見ながら、わき腹を恐る恐るつついてみる。
「もしもーし…。」
反応はない。もう少し強くたたいてみる。
「あの、おねえさん。」
動かない。今度は思い切って肩をゆすってみる。
「あの!おねえさんってば!」
「だれがおばさんよ!」
「ひゃっ!」
金髪の女性がいきなり起き上がり、華は驚いてしりもちをついた。
「…あれ?」
金髪の女性が不思議そうに見回す。
「あの、わたしはちゃんとおねえさんって言いましたよ…?」
華はなんだかよくわからない言い訳を口走る。
「あなた、どなたかしら?」
女性はこてん、とかわいらしく首をかしげた。
「あ、えっと、近所に住んでるものです。あの、通りがかったらあなたが倒れていたので大丈夫かなって。」
「大丈夫じゃないわ。」
ぼそっとつぶやく。
「大丈夫じゃないわよぅ!」
今度は泣きそうな声を上げた。美人さんは泣きそうでも美人さんなのね、と華はどうでもいいことを考えていた。
「怜ちゃんがご飯を買いに行ったのにいつまでたって帰ってこないから心配して外に出て待ってたのはいいけど砂の感触が気持ちよくてここで寝たら気持ちいいかしら、なんて思ってたら実際寝ちゃうし起きたらまだ怜ちゃんはいないしお腹が減ったし喉も乾いたから大丈夫じゃないの!」
「は、はぁ…。」
早口に畳みかけられるが、よくわからない。愛想笑いを浮かべ、ポーチから小さいペットボトルを取り出した。
「あの、とりあえず喉が渇いているならこれをどうぞ。」
「あら。あなた、とっても優しいのね。ありがとう。」
あでやかな笑みを浮かべ、華の頬を指先でなでる。指先だというのにしっとりとなめらかで、変な気持ちになりそうだ。彼女はペットボトルを受け取ると、一気に飲み干した。
「ふぅ。おちついたわ。」
目じりの涙をぬぐう。浜風にたなびく長髪を押さえながら立ち上がる。
「助かったわ。もう少しで死んじゃうところだった。」
「そ、そうですか。」
だいぶ余裕がありそうでしたけど、と言う勇気はなかった。半笑いで曖昧に頷く。
「何かお礼したいわ。なんでも言うこと聞いちゃうわよ?」
「いえ、そういうつもりで助けたわけじゃないので、ほんとに。」
「いいのよ遠慮しないで?」
「遠慮とかそういうのじゃないですから…。」
華は困り顔をして断るが、女の方はしつこく食い下がる。何度か応酬を繰り返すと、ついに華が折れた。
「じゃあ分かりました!今度、今度会った時にお願いしますから!もう私、家に帰らないと。」
「そう…?分かったわ。」
ひどく残念そうな顔でうなだれる。
「わたし、ヒラガミナコ。平たいお年賀の源の子ども。覚えておいてね。」
ウィンクを飛ばしてくる。
「は、はい。じゃあ、私はこれで…。」
なんだか厄介な人に関わってしまったぞ、と思いながらそそくさと立ち去る。時計を見ると、もう家に帰って準備をしなくては学校に間に合わない。軽く屈伸をして走り出した。
その途中で、長い黒髪をはためかせながら歩く女性とすれ違う。どこかで見たことがあるような気がするが、よく思い出せなかった。
「源子お姉さま、こんなところで何をしてるんですか?」
華とすれ違った女、怜は浜辺で大の字に寝転がる源子を見下ろしながら呆れたように言った。
「ふーんだ。怜ちゃんが早く帰ってこないのが悪いんだもの。」
「私が悪くても、こんなところで寝ては体に障ります。」
「それもそうね。」
怜の差しだした手をつかんで立ち上がる。
「お姉さま、ベースはどちらに?」
源子は浜の岩陰を指さす。しかし、そこには何もあるようには見えない。
「では参りましょう。」
怜が源子の手を引き、指さした方へと歩いていく。
「新型は見つかったかしら?」
「いえ。通常種だけです。」
「あら残念。」
ちっとも残念がっていないような口調で言いながら、源子は鼻をひくつかせた。
「怜ちゃん、ちょっと匂うわね。ゾンビみたいな匂いがする。」
「あ、年頃の乙女にそれは酷いですよ?」
「どんな匂いでも怜ちゃんは美少女よ?それで、新型がいそうな気配もなかった?」
「ふふ、ありがとうございます。確かにあの森が一番怪しいですね。ゾンビの生息も確認できましたし。可能性のあるエリアの中でゾンビがいたのはあそこだけですし。」
「可愛いうえに優秀だなんて、本当に素敵ね。愛しちゃうわ。」
怜は顔を赤らめた。ニコニコとそれを眺めながら、源子はそういえば、と手を打った。
「わたしね、さっき怜ちゃんくらい可愛い子にあったわ。」
「…変なことしてないでしょうね。」
「してないわ。嫉妬しないで、ね。」
「嫉妬じゃありません。心配してるんです。源子お姉さま、可愛い子にはすぐ変なことするんだから。」
「もう、やっぱり嫉妬じゃないの。」
「だから違います!それで、その子がどうかしたんですか?」
岩陰に到着する。怜は源子の服のポケットから小さなコントローラーを取り出し、スイッチを押した。すると、突然砂浜に扉が現れる。ゴシック調の古めかしい扉である。コントローラーの先端から鍵を引き出し、鍵穴に入れる。
「あの子、高校生くらいだと思うのよねぇ。ねえ、怜ちゃんの高校生活はうまくいってる?相談とかあるなら、私に頼ってもいいのよ?」
「源子お姉さまに相談、ですか。そうですね…。」
ガチャリと音を立てて扉が開いた。二人は中に入る。
私は、どうしてゾンビハンターをしているんでしょう。私は、本当は何がしたいんでしょう。そう聞きたかったが、それは自分で考えることだと思いなおす。
ふいに、怜の頭に玄助の顔が浮かんだ。
「あの、男の子を罵倒するのって、どうしたらいいんでしょう。」
「んん~?」
扉が閉まる。砂浜には、何も残っていなかった。
制服に着替えて通学路を歩いていた華は、前方に見慣れた後頭部を発見した。
「おはよ、ケンちゃん!」
気恥ずかしさをごまかすように、華は思い切り玄助の背中に飛びついた。
「おお~…。」
普段であればイテェだの何すんだだの反応してくるところだが、今朝は妙に元気がない。『相棒』の完成を前に、普段よりもテンションが高くてもいいくらいだ。もしかして、玄助も一丁前に緊張しているのだろうか。期待しつつ話しかける。
「どうしたの、ケンちゃん。元気ないね?」
「ああ、ちょっとな…。」
少しは照れるかと思ったが、全く顔色が変わらない。期待が外れて少ししょんぼりとしたが、すぐに心配になる。本当になにかあったのだろうか。
「大丈夫?体調悪いの?」
「いや、そういうのじゃないんだ。ただ、『相棒』も早めに完成させないとなって。」
「どうしたの急に改まって。やっぱり変なもの食べたんじゃないの~?」
「お、なんだやる気か?」
華の頬をつつく。
「やだ、ちょっとやめてよ。」
口ではそういうものの、華の顔はにやけている。嬉しそうだ。もしも彼女に犬の尻尾が生えていたのならば、ブンブンと大きく振れていたことだろう。
「俺、頑張らなくちゃな。」
「えっへへー、それなら私も、ケンちゃんのこと頑張って応援するよ!何のことか知らないけど。」
「ああ、ありがとうな。」
「ふふふ、二人とも仲良しだね。まるで恋人みたいだ。」
二人が会話していると、後ろから声を掛けられた。
「お、優斗!」
「おはよう優斗君、恋人みたいだなんて、そんな…。」
二人に話しかけたのは眼鏡をかけた小柄な少年、阿倍野優斗だった。学ランに身を包んではいるが、服装によっては少女と言っても通じるような顔立ちである。体つきも華奢で乙女のようですらある。
「華の言う通り。お前、俺たちがただの幼馴染だって知ってるだろ?」
「あちゃあ、そういうことは保科さんの前で言わない方が…。」
「え?」
優斗に言われて確認すると、確かに華は不機嫌そうにむくれていた。優斗が苦笑いをしながら話題を探す。
「あ、あ~、えっと、そういえば明日から作業再開だよね?」
「おう、その通り。細かい調整は残るだろうけど、ほとんど完成だな。」
「楽しみだなぁ、あの子がついに動くんだ。あ、そうだ。そのあと二人で食事なんだって?」
「ああ。何で知ってるんだ?」
「はは、昨日保科さんから連絡があったんだよね。二人だけでごめんなさいって。」
華が気まずそうに眼をそらす。
「悪いな優斗、華が二人じゃなきゃダメだって言うんだ。」
「ううん、大丈夫。今度また三人でお祝いしようよ。そうだ、玄助君のバイト先とかどうかな。」
「お、いいな。あそこは料理もめちゃくちゃ旨いぞ。楽しみだな。」
「あそこは?」
華がどすの利いた声で割り込んだ。急な変化に冷や汗をかきながら、玄助は本能的にまくしたてた。
「い、いや、華の料理が不味いとか言ってるわけじゃないんだ。明日のご飯も、ちゃんと楽しみにしてるから。な?」
「…ならよし。」
華の纏う空気が軽くなり、玄助はホッと一息ついた。気が付くと、もう教室の前まで来ていた。そこでまだ少しむくれ気味の華と分かれる。三人のうち、華だけが別のクラスなのだ。
自分たちのクラスに向かう途中、前の方から柄の悪そうな二人組が歩いてきた。
「げ、庄司君と新田君だ…。」
優斗があからさまに嫌そうな顔になり、端に寄ってすれ違おうとする。
「あれぇ、杉多じゃーん。」
「うぃーっす。」
しかし、二人は玄助と優斗の進路を遮るように立ってきた。
「…おはよう。」
玄助が面倒くさそうに返す。優斗はおろおろと玄助を見つめている。
「どう?そろそろ好みのゾンビは見つかった?」
「どのくらい腐ってるのが好み?やっぱ穴がとろとろになるくらいか?」
「違う違う。こいつは巨大ゾンビでしか抜けないんだよ!」
ギャハハハハ、と二人して大声をあげて笑う。
「ちょ、ちょっと庄司君…。」
「なんだ、ゾンビのフンには話しかけてないんだよ。」
庄司にどつかれた優斗は口をつぐむ。庄司は眉間にしわを寄せながら玄助を見下ろした。
「ええ、おい杉多。お前、今でも巨大ゾンビが~みたいな妄想を言ってるのか?」
「ああ。」
再び大笑いする。
「おいおい、マジで言ってんのかよ!」
「それならまだ悪の秘密組織がUVをばらまいてるっていう方がありえるってーの!」
「じゃあ杉多君に現実を教えてあげまちょうか~?巨大化しても、自重を支えきれませーん!残念でした!ゾンビのこと、お勉強しましょうね~!」
「…それだけなら、もう行くぞ。」
玄助が二人の横を通り抜けようとすると、庄司が玄助の肩を掴む。
「ちょっと待てよ。」
玄助がため息を吐く。
「用があるなら早くしてくれ。」
「そう焦るなって。」
庄司が玄助の耳元に口を近づける。
「なあ、華ちゃんって最近可愛くなったよな。最近人気上昇中だぜ?」
「そうなのか。」
「でもさ、誰も積極的に落とそうとはしないわけ。なんでかわかる?」
「さあな。度胸がないからか?」
「てめぇのせいだよ、クソ漏らしゾンビ野郎!」
庄司の拳が玄助の腹を狙う。だが、玄助はこともなげにそれを受け止めた。
「頭のおかしい幼馴染を持って、華ちゃんもかわいそうだよ。さっきも悲しそうな顔してたじゃんか。なあ、新田。」
「そうだなぁ。お前のせいで可愛いのに彼氏も出来ないなんて。ちょっとは反省したら、杉多クン。」
「なんでそんな、酷いことをいうんだ…。」
優斗がたまらず口を挟んだ。
「ああん?」
庄司が優斗を睨みつける。
「てめぇには言ってねぇんだよ、ゾンビの下痢便ちょちょぎれ野郎。」
「ちょっと面白い響きじゃないか…。」
優斗のさりげない呟きは誰の耳にも届かなかった。玄助は表情も変えずに庄司の手を振り払う。
「華は華だ。そいつらが俺を理由に近づかないなら、華に元々興味がないんだろ。」
「んだとてめぇ…!」
上から押さえつけるようにガンを飛ばす。玄助も負けずに、しかし表情の読めない目で見つめ返す。
「こらこら、一体何をしているんだい。」
優しげな声とともに二人の間へ割り込んできたのは、玄助と優斗のクラス担任、東条だった。
「二人とも、こんなところで喧嘩はやめなさい。」
「別に、彼と喧嘩なんてする気はありません。」
玄助の冷静な声に、庄司がさらに怒りを増す。
「てめぇ、なめてんのか!」
「庄司君、いい加減になさい。それにね、さっき聞こえたけれど…。」
横目で玄助を見る。その目がひどく無機的に見え、玄助は寒気を覚えた。
「ゾンビのことを、バカにしていたね?そういうのはよくないよ。やめなさい。」
穏やかだが、強い響きを持った声に、庄司は押し黙る。戸惑った様子の玄助を見て、大きく舌打ちをして去っていった。新田もそのあとを追いかける。
「さあ、杉多君。君も教室に戻りなさい。」
「…はい。」
「せ、先生、ありがとうございました!行こう、玄助くん。」
「あ、ああ…。」
何かが引っかかる玄助を引っ張り、優斗が教室へ入る。玄助は怜の席を見るが、誰も座っていない。もう始業が近い。遅刻だろうか。
「って、学校じゃ関係ないんだったな。」
怜のことを頭からはじき出す。学内外で、特に接触する必要はない。互いに不干渉で居ればいいはずなのだ。
チャイムが鳴り始めた。廊下から、バタバタと足音が聞こえてくる。その足音は教室の前で止まり、咳を一つしてドアを開けた。
「…よかった。」
まだ教師が居ないのを確認して呟くと、怜は自席へと歩く。
「おはよう。」
数人の女子が怜に挨拶をするが一切返さない。無言のまま席に着いた。
またやってるよ。
玄助は心の中でつぶやいた。一週間前、彼女が転校してきた時もそうだった。
次回予告
謎に包まれた少女・織原玲が転校してきたのは一週間前のことだった。彼女といがみ合う玄助と玲は意外な場所で遭遇し…?
次回『巨神弾劾アイゼンエルフ』第四回、『織原玲という女』
お楽しみに。