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15 エピローグ・夏空の下で

第一部・終

 天気は晴れ。風は強いが、沖釣りにはそう問題がない程度だった。


 しかし…


「ちょっと、暑かったかな…。」

「仕方ないじゃない。夏なんですもの。いまさら言うことでもないでしょう?」


 ぷかぷかと浮かぶボートの上。海面に糸を垂らしながら、玄助のボヤキに怜が応じた。


「でも、今日は特に暑い気がするね。保冷剤とか、いっぱい持ってきておいて正解だったね。」

「さすが優斗は準備がいいな。その分、荷物も誰より多いけど。」


 船室で休んでいた優斗が会話に参加してきた。


「役に立ったんだからいいだろう?」

「まあな。」

「阿倍野くんはしっかりしてるのね。私なんか、日焼け止めを塗ってきたけど、もう汗で流れちゃった。」

「あ、あるよ。」


 ごそごそとカバンを漁る優斗に、玄助は驚愕の表情を向けた。


「お前、そんなものまで…。」

「僕だって使うからね。日焼けすると痛いし。…はいこれどうぞ、織原さん。こだわりとかなければ、だけど。」

「助かるわ。」


 優斗から日焼け止めを受け取る。


「私、今日は初めて日焼け止めを使ったのよ。」

「そうなの?今時珍しいね。でも織原さんの肌、あまり焼けたりしてないように見えるね。」

「…ああ、阿倍野くんにはまだ言っていなかったかしら。」

「え?何のこと?」

「私、普通の人間じゃないのよ。UVを保菌してるの。」


 海風が三人の間を通り抜ける。


「…ええええっ!?」

「そうよね、驚くわよね。」

「ご、ごめん、どういうこと?」

「えーっと、何から話せばいいのかしら。まずね--。」


 怜が苦笑しながら説明する。優斗は目を白黒させながら聞いていた。


「…それで、とある違法団体で実験体になっていたところを助けられて、そのままゾンビハンターになって、それで今に至るってことよ。」

「そ、そんなことが…。」


 そこで、優斗は気が付いた。


「ちょっと待って。その違法団体って、なに?」

「UVの人体への適用や改造による生物兵器の開発を目的にした地下組織よ。実態もまだつかめていないのだけれど、規模は相当大きいはず。」

「つまり、まだ違法研究は続けられている。」

「その可能性が、高いわね。」

「…もしかして、『ヴァンパイア』に関わってたりしないよね?」

「否定も肯定も、現段階ではできないわね。」

「そうか、そういうことだったのか…。」


 しきりに頷く玄助に、怜は怪訝な目を向けた。


「あ、ごめん。『ヴァンパイア』が人工的に作られた可能性が指摘されてから、かなり早く対策委員会が発足したじゃない?」

「ええ…。」

「なんだかおかしいと思ってたんだ。いくら人工的な…つまり、さっきも言ってた〈生物兵器〉みたいなものだっていう可能性が高まったとしても、いくら何でも対応が早すぎるよ。これまで一度も、痕跡すら発見されなかったような個体に対する反応としては、ずいぶんためらいが無いっていうか…。()()だって維持費と効果を考えたら、今後にかなりの頻度で出現することを予測してないとやれないはず。」

「つまり?」

「…『ヴァンパイア』を作り出すような組織に、心当たりがあったってことだよね?」

「さあ?私は、捜査上の情報をあなたたちに流すわけにはいかないの。」

「捜査上ってことは、やっぱりそうなんだ。」

「え…?あ、いえ、その、か、可能性が高いってだけよ!まだ断定じゃないの、だけど西田の脱走とか、そういうのはかなりの規模の組織の後ろ盾の証左でもあるし、だから--むぐっ。」


 怜の口を優斗が慌てて両手でふさいだ。


「ご、ごめん…。カマかけたのは僕だけど、これ以上聞いてしまうのは忍びないよ…。」


 自身の失言に気が付いた怜がいまさらあっと声をあげた。


「…さすが、阿倍野くんの手腕には驚かされるわ。」

「い、いや、僕のせいじゃないと思うんだけど。…でも、驚いたよ。まさか織原さんにそんな事情があったなんて。」

「ふふ、驚いた?」

「もちろん。」

「よかった、これも驚いてもらえてなかったら私の一人負けみたいだもの。」

「勝ち負けなんだ…。」


 優斗がポリポリと頬を掻く。


「…とはいっても、私の体は生活している分には普通の人と変わらないから、あまり意識しなくても大丈夫よ。」

「うん、そのつもりだよ。」


 意識してほしくない、の間違いだろ?


 口に出さず、玄助は心の中で呟いた。やっと自分に自信が持てるようになってきたんだ。これからきっと、変なことを気にしないでやっていけるようになるさ。


 優斗は玄助がにやにやと面白そうに眺めているのに気が付いた。


「ちょ、ちょっと玄助くん!もしかして、知ってたの!?」

「ああ。当然だろ。」

「も~~。そういう仲間外れみたいなのやめてよ~!」


 玄助をがくがくと揺らす優斗に、思わず怜は笑みをこぼした。


「あ、そうだ!保科さんは?ねえ、保科さんは知ってるの?」

「そういえば、華も知らないんじゃないか?」


 優斗は胸をなでおろす。


「よかった、僕だけ仲間外れじゃなか--。」

「あら、この間話したわよ?」

「ええっ、嘘!?」


 玄助も驚いたようだ。


「おい怜、本当か?いつだよ、それ。」

「ふふ。いつでも自分の幼馴染が自分の目の届くところにいると思わないことね。」

「はぁ?」

「とにかく、華とはこの間お話ししたの!女子会ってやつよ?」

「はは、女子会か。」

「な、なによその笑い、馬鹿にしてるの!?」

「そんなわけないだろ。」

「じゃあ何よ。」

「それは…。」


 玄助が言いよどむ。


「ほらね、やっぱりバカにしてたんじゃない!」

「…すみませんでした。」

「わかればいいのよ、わかれば。」


 本当は、高校生に憧れを抱いていた怜が女子会という言葉を嬉しそうに話すのが微笑ましかったためだった。しかし、そう言ってしまうのはなんだか照れ臭かった。


「あーあ、今日は華も来てくれればよかったのに。この朴念仁の相手をしておいてもらいたかったわ。」

「誰が朴念仁だ、誰が。お前の方がよっぽど愛想がないだろうが。」

「おあいにく様、私のはわざとなの。」

「まあまあ、二人とも。」


 言い合いになりそうな二人の間に優斗が割って入った。


「それにしても、保科さんもまじめだよね。受験対策したいから今回はパス、なんて。」

「そうだよな。俺たちなら、ほとんど受かってるも同然だと思うんだがな。ライバルはエキスパートかプロフェッショナルみたいな人ばっかりだろうし、不安は分からないでもないが…。」


 不思議そうに話す二人の顔を、怜が首をかしげて見つめる。


「あなたたち、もしかして聞いてないの?」

「なんのことだ?」


 怜は少しの間何かを考えているようだったが、すぐに嬉しそうに笑った。


「なら、私も言わない!女の子同士の秘密だもの。」

「気になるだろ、教えろよ怜!」

「ダメったらダメ!それよりあなたたちも、そんなに悠長に構えていられないかもしれないわよ?」

「…なんでだよ。」

「お姉さまが言ってたわ。あなたたちを特別扱いして入学させる気はないって。もちろん、実績とか素質の面では評価されるでしょうけど、筆記である程度の成績をとらないと落ちるわよ?」


 玄助の顔がわずかにひきつった。


「あはは、さすがに僕だってそれぐらい分かってるよ。でも『相棒』を作るうえで工学の勉強はしたし、あとは超空間技術関連の理論さえ頭に入れておけば問題ないと思うけどなぁ。僕も玄助くんも源子さんのところで開発のお手伝いしてるんだし、大丈夫さ。」

「ち、超空間理論って、何の話だ、優斗?」


 玄助の顔がさらにひきつる。


「え?もう玄助くん、何言ってるんだ。『アイゼンエルフ』のメイン動力にもなってたFAARとかのことだよ。今後の対ヴァンパイア装備や人型重機にはたぶんそれなりに転用されていくはずだよ?」

「は、ははは、そうだよな。当然だよな、はは。」

「もしかして、玄助くん…。」


 優斗が暑さとはまた異なった汗を流しながら、玄助の顔を覗き込む。


「…悪い、全然勉強してない…。」

「はぁ。そんなことだと思ったよ。」


 そのやり取りに、怜が意地の悪い笑みを向けた。


「まさか浜風を救った高校生パイロットが、対ヴァンパイア対策専門技術訓練校に浪人だなんて、きっと話題になるわね。」

「お、おい…。」

「しかも場所は母校で、訓練機は『アイゼンエルフ』の量産機だって言うのにね。」


 優斗もからかうような口調で言うので、玄助はうなだれた。


「…こうなったら!」


 がばっと起き上がるので、少しからかい過ぎたかと心配していた二人は驚いてしまった。


「今すぐ帰って勉強だ!二人とも、船をもど--。」

「あ、待って玄助!引いてる!引いてるわよ!」

「本当だ、すごく大きそうだよ玄助くん!」


 意気揚々と宣言しようとした玄助を遮って二人が指さした先には、大きくしなる玄助の竿があった。


「…大物だ!」

「ちょっと、ちゃんとつかんでおきなさいって!」

「あ、あー玄助くん、そんな引き方しちゃダメだって!」

「うるさい、こいつは俺の獲物だ!」


 なんやかんやと騒ぎながら、彼らの時間は過ぎていった。





 そして、夏の終わり。

 


 『ヴァンパイア』の研究がすすめられ、様々なことが明らかになった。通常、生物がある一定以上の大きさになるメリットはない。まして巨大な二足歩行生物など、構造的な強度の問題から実質的には不可能だとされていた。


 ところが、『ヴァンパイア』の核から検出されたUV、ヴァンパイアウィルス--つまりVVは、一度記憶した生物の身体構造を再現する性質を持ったウィルスだった。しかもその際には鉱物を取り込みながら成長・再生することで、通常種ではありえないほどのサイズとパワー、頑丈性を手に入れていたのだ。


 ヴァンパイアの核は、あの巨体の中で思考、正確には記憶をつかさどる部位だった。あの核の内に学習した生物の体が記憶され、それをもとに成長を行う。一個体で一群体を形成するとみられているUVとは異なる、VVに特有のこの性質をめぐって、学界では喧々諤々の議論が繰り広げられていた。


 だが発見者であり第一人者でもある平賀源子は、学者同士の論争からは早々に離脱していた。


「だって、私よりも鈍い人の話をいくら聞いても無駄ですもの。」


 というのが彼女の言い分だ。


 報道では、西田と東条の背後関係に協力組織はないとされた。だがなぜか、日本だけでなく、世界各国で、『ヴァンパイア』への対策が急ピッチで進められていた。


 日本ではまず、現状は防衛隊による迎撃を第一としつつ、近い将来には巨大ロボットを用いた対策チームを結成することが決定された。


 このケースは世界でも注目され、同様の方針をとる国家も少なくなかった。唯一の『ヴァンパイア』発生国である日本で、民間とはいえ巨大ロボットによる対応が成功したという経験は、世界中で巨大ロボットの建造、パイロットの育成を促していたのだ。そしてそれは、日本でも。





「へぇ、あんなに壊れちゃってた校舎も、こんなにすぐ直っちゃうんだね。」

「さすが、国家プロジェクトの第一線となると違うよね。」


 華と優斗が、真新しい校舎を見上げていた。少し前まで『ヴァンパイア』の被害を受けて見るも無残であったとは、到底思えないであろう。


 旧浜風高校。現在その校門には『特殊指定災害対策専門部隊養成校』とお堅く長ったらしい看板が掲げられていた。


「僕は整備科だけど、保科さんは支援科だったよね?」

「えっと、実は…。」


 華が言いにくそうに口を開いた瞬間、背後からぬっと手が伸び、華の背中に何者かが抱き着いてきた。高校生にしてはサイズの大きい華の胸を軽くもむ。


「ひゃああ!」

「ふふ、びっくりした?」

「怜ちゃん!もう、やめてよね!」


 抱き着いてきたのは怜だった。怒る華に片目を瞑り、舌をぺろりと出して謝った。優斗が笑いかける。


「織原さん、なんだかイメージ変わったよね。」

「そうかしら。前が変に気取りすぎてただけだと思うわ。」


 優斗が困ったようにつぶやく。


「たぶん、源子さんに似てきたんだと思うけど…。」

「なにかしら?」

「い、いやいや、何でもないよ。さ、行こうか!支援科と整備科はこっちだよ、保科さん。」

「ふふ、違うわよ。」


 華を連れて行こうとした優斗を怜が引き留める。


「え、どういうこと?」

「華、言っていい?」


 照れ臭そうに華がうなずいたのを見て、怜が楽しそうに口を開いた。


「華の入校先はパイロット科よ。」


 優斗の口が開け放たれた。小さな虫が口の中に入りそうになっても、まったく微動だにしない。


「…えええええええええ⁉」


 やっとのことで放たれた絶叫に、華は気まずそうにうつむいた。


「ちょ、ちょっと待ってよ保科さん!せ、整理させて!」


 優斗が息を整える。


「世界中で観測され始めたVVに関し、各国ではさまざまな対抗策が研究されて、日本では玄助くんの『相棒』、それから『アイゼンエルフ』の成果を鑑みて、巨大ロボットによる対策を取ることになった。その一環で、専門スタッフや技術者を育成するための教育機関・通称『ハマカゼ』として浜風高校を改装、僕らも入学することに決めた。僕は開発整備科、玄助くんと織原さんはパイロット科、それに保科さんは支援科じゃなかったの⁉」

「すごい説明口調。さすが眼鏡キャラだけのことはあるわね。」

「織原さん最近やっぱり遠慮がないよね⁉」


 華がゆっくり口を開いた。


「あのね、私、今まではケンちゃんの夢を支えようと思ってた。だけど、それだけじゃダメだって、分かったの。」


 華が怜に視線を一瞬だけ向けた。


「私も、ケンちゃんの隣に立てるようになりたい。でも、優斗君にだけ言わなかったわけじゃないの、怜ちゃんには、その、相談に乗ってもらってたから。」


 華の一瞬の動作を、優斗は目ざとく見逃さなかった。


「ああ、なるほど。織原さんに差を付けられたくなかったわけだね?」


 面白そうに言う優斗の言葉に華は顔を赤くした。怜は首をひねる。


「私と差?なんの話かしら。」

「い、いいの怜ちゃん、気にしないで!それにしても、ケンちゃん遅いね。」

「ああ、玄助なら源子お姉さまのところで実験機に乗ってから来るって言ってたわよ。」

「ええ、また?」

「自殺すれすれの無茶が出来るなら危ない実験機にのせても大丈夫だろうって、お姉さまが。」

「ええっ!ケンちゃん、そんな危ないことになってるの⁉」

「嘘よ。」


 怜が華のおでこをつついた。


「『エルフ』をもとにした量産機だから、玄助の意見が必要なだけ。って、ほら。話してるうちに来たわよ。」


 校門から三人の元へかけてくる影がある。笑顔で大きく手を振っている。三人もそれぞれ笑顔を浮かべた。


「おはよう玄助くん。これから頑張ろう!」

「ケンちゃん、大丈夫?危ないことされてない?」

「もう、遅いわよ玄助!」


 玄助が肩で息をしながら三人のところに来た。


「悪い悪い。校門見ながら、感慨にふけっちゃってさ。ずっと夢見てきた道の、大きな一歩を踏み出せるんだと思ったら、なんだかな。目指せ、ゾンビハンター!…なんてな。」

「ふふ、ケンちゃん、なにそれ。なんの影響?ちょっとダサいかも。」

「は、はは、なんだろ、慣れないことしたからか顔と目頭が熱い。」

「確かにダサいわね。今時もうヴァンパイアハンターに名前を変えるべきよ。」

「怜ちゃん的にダサいのはそこだったんだ…。」

「でも、そうだな。俺たちが相手にするのは『ヴァンパイア』だし。」

「むむむ、また二人で分かりあって…。よーし、なら私も!目指せ、ヴァンパイアハンター!」

「って、華!?お前なんでこっちに来てるんだ!?」

「私、パイロット科に進むの!」

「…ええええええええ⁉」

「玄助、その反応はもうやったわよ。」

「知らねぇよ!俺は初耳なんだよ!」

「サプライズ成功ね、華。」

「うん!えへへ!」






 笑いながらパイロット科の校舎へと向かう三人の背中を優斗は見つめていた。


「…分かってたよ。僕だけ疎外感があることくらい。いいなぁ、あそこはいい感じにラブコメってくれるんだろうなぁ…。うー、やっぱり寂しくなってきた!おーい、僕もやっぱりパイロット科に入…りはしないけど!でも仲間外れにしないでー!」

第一部をお読みくださりありがとうございました。


次章は養成校にて学園青春しつつゾンビや巨大ゾンビと戦う一、二話完結の話を作っていく予定です。

第一章はその前置きくらいのつもりでしたが、ずいぶん長くなりましたね…。


では次章、『俺とバトルと青春と』でお会いしましょう。お楽しみに。

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