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The thing I fear most is fear. 3

「呪い?」

「そう呪い」


 枯れた嗤いのまま、阿偉矛は頷いた。

 リビングに不穏な空気が流れる。その類を――とくに阿偉矛が語る一切を信じていない夏美に、これから始まる話は疑惑を大きくしまい兼ねないが、それでも阿偉矛は言い切った。

 果たして夏美の阿偉矛は弱すぎるという言葉の回答として正しいのか微妙なものだが、その真意や如何に。首を振り、やれやれと説明を始める。


「とある理由で神様を怒らせちまってな。そのときに、てめぇはこれから生まれ続ける人間には一切暴力振るうことと、遍く理不尽を避けることを禁じる。なんて言われちまってな」

「……待って。神様ってところからもうわけがわからない」

「簡単に言えば、俺から嬢ちゃんに暴力は振るえないし、嬢ちゃんからの暴力を避ける事もできないってことさ」

「…………よくそんなんで天使に勝てるとか豪語できたね」


 そりゃあ豪語できるさ。

 胸を張り、今度こそ何を言うんだと体で体現しながら阿偉矛は告げる。


「だって、天使は人間じゃないだろ?」

「そんなに勝ち誇られても……つまりは本来なら人間を圧倒できるってこと?」

「もちろん。まあそれを見せることはできないけどな」


 酒でも飲んでいるのではあるまいなと、無論夏美の家にアルコール類は無いため飲める機会はなかったのだが、それほどに豪快に笑う阿偉矛に、夏美は眉をひそめる。

 天使には勝てる自信がある。しかし、人間にはどうあっても敵わない。つまるところ、天使以上人間未満の存在であることを語った阿偉矛に夏美が呆れない所以がない。

 人間としてできていないと薄々感づいていたが、よもや本当に人間ができていないとは思いもしなかった。


「今、絶対オレのことバカにしたよね? ほらやっぱ人間できてないやんみたいな顔してたけど?」

「よくわかったね」

「もう隠さなくなったよ、この子!?」


 たっはーと、割とどうでもいいように反応する阿偉矛に、なおも表情を変えない夏美は小さく息を吐く。

 どうでもいいのは夏美も同じだった。


 阿偉矛が天使より強かろうが、弱かろうが、それは些事。夏美にとって天使は倒さなければならない存在になり得て、阿偉矛にとって天使は倒すことができる存在でしかない。阿偉矛が天使を狩るのを生業とする理由を夏美は知らず、夏美が天使に愛される“寵愛”を手に入れた理由を阿偉矛は知らない。

 たまたま目的が同じだけ。意見が合わずとも、互いにやらなければならないことにさしたる違いは存在しないのだ。

 だから、数多の大嫌いな男たちとはほんの少しだけ楽な関係が築ける。たとえ、胡散臭い男だとしても。


「いいよ」

「んー? 何が?」

「天使を呼び出す、だっけ? 手伝ってもいい」


 どうあれ、天使とやらが使徒を生み出しているのならば、天使なるものを打倒しなければ夏美は受験どころではない。どうして使徒が夏美を狙っているのかがわからない現状、夏美の取り得る手段はこれ以外には存在しないのだ。

 天使を打倒する。その餌になる。命の保証を聞くのを忘れたが、人間に危害が加えられないという呪いを受けているらしい阿偉矛に自分を傷つける手段が取れるとは思えなかった。


 もちろん。当然の話だが、これには妥協と諦めが半々で織り交ぜられた決断だ。

 阿偉矛の話を裏付ける証拠は何一つない。信じられるような人種でもなければ、信用に値する関係になった覚えもない。

 けれど、夏美は頷いた。なぜか。


「ただ、一つだけ約束してほしい」

「なんだ?」

「ボクは男が嫌いで、煙草の匂いが嫌いで、あなたのような人間がこの上なく大嫌いだ」

「辛辣ぅ~」

「正直信用も信頼もへったくれも有りはしない。あるのはたった一つ。互いに天使とかいうやつを倒さなければならないという利害の一致だけ」

「それでー?」


 夏美の命は保証され得ない。

 阿偉矛の勝利は未確定でしかない。

 二人が組むには利害の一致以外にもう一つ必要なものがある。それはなにか。


「ボクを守れ。傷一つ付けるな。ボクはあなたにとってはただ天使を呼び出すだけの餌にしかならないかもしれないが、ボクにはボクだけの人生というものがある。ボクはまだ生きていたい。“寵愛”だとか使徒だとか天使だとか。わけのわからないもののために死んでやれるほど、ボクの人生は他人のものじゃない」


 契約だ。互いが互いを利用するためには利害の一致だけでは足りない。なぜなら、利害の一致で組めるのは同等の力を持った互いだけなのだから。

 夏美に力はない。いざというときに身を護る術がない。それではあまりに不公平だ。天使を呼び出すだけの存在を守り通すという条件が無ければ、おおよそ夏美は昨日今日知り合ったばかりの世界一キライな人種に命を預けられるわけがない。

 だからこその契約だった。

 何があろうと夏美を死なせてはならない。怪我をさせてはならない。そういう契約こそが、二人を真に対等にするために必要な約束だった。


 そうして、命令とも取れる夏美の言葉を受けて、阿偉矛はほくそ笑む。まるで初めからそうであったと言わんばかりに。

 戦えもしない人間を守りながら、使徒よりも強大であるはずの敵に挑む。幼児が考えてもわかる。無理無謀だと。無茶苦茶であると。それを、阿偉矛は初めからそうであるように笑っている。初めから護るつもり(・・・・・・・・・)であったかのように。


 いいや、実際そのつもりだったのだ。阿偉矛が受けた呪いに関わらず、阿偉矛は人類を己の戦いに巻き込もうと画策したその瞬間から、おおよそ夏美に出会う前からずっと、その誰ともしれない人物を護るつもりでいた。

 だからこそ当然のように阿偉矛は語る。


「いいぜ。守ってやるよ。指切りでもするか?」

「嘘ついたら針千本飲ませられないだろう? ボクは死んでしまうわけだし」

「そりゃそうだ。じゃあでもどうする。オレが嘘をついている可能性だって――」

「それはない。癪だけどね」


 何を以て……いや、何を知っていてそう言っているのかはわからない。ゆえに阿偉矛は首をかしげていた。

 しかして、夏美は本当にだるそうにその理由について語る。


「別に嘘がわかるわけでも、嘘つきが見抜けるわけでもないけれど。少なくともあなたは嘘をつかない」

「なんでそう思う?」

「嘘が嫌いだと嗤った人間が、嘘をつくわけがない。うまく言えないけれど、きっとそういうことだと思う」


 無論、夏美は知っている。嘘が嫌いだという嘘をつく人間がいることくらい。だのに、夏美は言葉にできないもどかしさを別に安易な言葉で代用してしまう。

 なぜか。――理由がわからないわけではない。ただ認めたくないだけだ。

 考え方は天と地ほどに違い。

 見た目は性別に至るまで正反対。

 性格は似ても似つかず、思想は真逆。

 だのに。

 方や不順を許さず正しさのみを純然に愛して、ダメなものはたとえ自らより大きい存在であろうと否を言う。

 方や嘘を嫌い、偽りを忌み、それでも虚構だらけの世界を見捨てられないからこそその根本たる天使を狩る。

 二人は絶対に折れない信念を持っているという点で全くの似た者同士だった。

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