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When it is dark enough, you can see the stars. 3

 一寸先は闇とはよく言ったもので、警察に電話を入れられ逃げ惑う阿偉矛の未来など誰が予想できようか。世界各地をめぐることが必然の使徒殺しを生業とする阿偉矛が思うに、日本の警察は非常にしつこい。何より真面目で融通がきかない。

 おおよそ日本の警察官は人間性を失った人を捕らえる機械だと考えている阿偉矛にとって、日本警察に捕まるのだけは勘弁被りたかった。


「あの嬢ちゃん……次会ったら覚えとけよ……」


 息を切らして大きく呼吸をする阿偉矛は背後を気にしながら、警察の有無を確認していた。警察の影が全く感じられないことで、ようやく腰を落ち着かせた阿偉矛は、和装のような洋服の袖から煙草を取り出して口に咥え、ジッポライターで火を点ける。

 夏の夜、しかも田舎ということもあってネオンライトやLEDの電球の光はあまり見られず、代わりに星あかりが煌々と照らす中、阿偉矛の咥える煙草の明かりは仄かに霞んでいた。

 味わうように胸を膨らませ、蒸気機関車のように白い煙を吐き出す。午前三時か四時ということもあり、人の通りはない。たった一人、阿偉矛は今晩あったことを深く思い返す。


「さぁて。これからどうすっかなー」


 行く宛はない。というよりも、早瀬川夏美の今後が気に掛かってこの街から退散することができなくなってしまった。

 夏美の得た寵愛は、他の寵愛とは少し違う。何が違うかといえば、まず第一に両親が聖職者でないというところがまるで違う。親の献身を顧みた神々が、その子らに栄光あれと与えるのが寵愛である以上、根底として親が聖職者ではければ話は始まらないのだ。

 しかしながら、夏美の親は夏美が知る限り無神論者だという。神の冒涜にほど近い存在の子供に、果たして神々は寵愛を与えたもうか。いや、ない。ありえないだろう普通と、阿偉矛は首を横に振る。


 そして第二に夏美は寵愛のなんたるかを知り得ていなかった。普通――といっても寵愛を受けた人間がそれほど多いわけではないが――寵愛を受けた者は特異性を発揮する。それは運が良かったり、怪我が早く治ったり、怪我を治せたりと多種多様。俗に聖女や魔女、悪魔や天使などと呼ばれる各地のビックリドッキリ人間の能力の殆どが寵愛これに帰結する。

 だのに、夏美はこれまで寵愛を実感したことがないという。これはおかしい。特異性のない寵愛が存在するわけがない。


 無論、夏美に寵愛が本当はないなどというオチではない。そもそも、寵愛を持たない人間に天使――使徒が興味関心を持つはずがないし、襲うなど以ての外だ。なぜなら、使徒は現在寵愛を受けた人間を回収するというふうに動いているのだから。


「とすれば、あの嬢ちゃんがオレが探し求めていた“寵愛”を持つ人材なのだとしたら……このまま放っておくのは惜しいというか、危ねーというか……」


 阿偉矛の言う、探していた“寵愛”とは簡単に言ってしまえば、人を引き寄せる“寵愛”である。もっと端的に言えば異常にモテる体質と言い換えても良い。

 なぜ、そのような“寵愛”を探していたのかと言えば、それを利用して可愛らしい女の子でも引っかけようとしていたわけでは微塵しかなく、本来の目的はその特異性にある。


「っだー、あの寵愛さえあれば……天使ホイホイとして十二分に機能するってのによー」


 天使ホイホイと言えば聞こえは悪いが、探している“寵愛”が阿偉矛の考えているとおりであれば、概ねそうなり得るのだから仕方がない。

 世界中を探せば、〇〇に好かれる体質など五万といるだろう。犬に好かれる、人に好かれる、猫、カエル蛇はては昆虫まで、探せばそれはもううじゃうじゃと。

 しかし、あらゆる生物に好かれる人間は一人として存在しない。なぜか。カエルが蛇好きを好きになるかと言われて首を縦に振る人間がいないように、天敵に好かれる者を好きになる種族はないからだ。


 ところがどっこい。もしもそのような存在がいるとすれば――――いいや、ここは言葉を変えよう。そのようになる“寵愛”があるとすればどうだろう。

 ありとあらゆる生き物から好かれる“寵愛”。たとえばそのようなものが存在するとすれば、カエルに好かれながら蛇に好かれる人物が出来上がるとは思わないか。もちろん、そのような“寵愛”があるなど未確認だったし、神様でもない阿偉矛にはあるかどうかもわからない代物ではあったが、机上の空論で阿偉矛は一つの仮説を立てていた。


 ありとあらゆる生物に好かれる“寵愛”を得ている者は、おそらく使徒からも好かれるのだろう。


 使徒を殺すことを生業とする阿偉矛からすれば、決して存在するとも限らない殺人ウイルスレベルの可能性だったとしても、探すには十分すぎる可能性だった。

 だからこそ、阿偉矛はあれほど――少なくとも阿偉矛には――冷徹極まりない夏美の安否をこうして今も気にしているわけである。


「どーすっかなーほんとによ―」


 煙草を咥えたまま、満天の星を見上げて白い煙を吐き捨てる。

 助ける守る救うはやぶさかかでもない。是非に助けてしんぜよう。しかしだ。あの冷徹浪人美少女のことだ。助けた矢先に叩きのめして警察に突き出すのではないかという一抹の不安がどうあっても拭えない。

 不老不死者という体質上、多かれ少なかれ死ぬことはない。薬漬けにされようが斬首されようが、電気椅子に座らせられようが……痛みと苦しみとひとつまみの憎しみを感じるばかりで死ぬことは許されない。

 日本警察に限って残忍なことはされないと思っているが、生憎と阿偉矛はこの国で知り合いが多すぎる。特に政治や国家権力を有する部署に行くのは是が非でもお断りしたいと想っている。

 そのため、今は出方を伺うしかないのだ。


「でもまあ、今日が初めて……ね。あの使徒も普通じゃねーし、助けなかったら瞬殺されちゃうだろうしなー。悩ましいったら無いねこりゃ」


 わらっていた。不謹慎にも阿偉矛は嗤っていたのだ。

 なにに。天使の翼を持つ神の使徒に襲われる夏美の姿に。

 特別サディスティックな趣味を持ち合わせているわけではないが、あの冷徹浪人美少女が恐怖で震える姿を思い浮かべると、どうにも阿偉矛は嗤ってしまう。

 咥えていた煙草が短くなったことでそれを路上に投げ捨てる。途端に煙草が燃え尽きて燃えカスすら残さないことに、驚く人もおらず、それどころかやはり夜の街を歩く人間は存在しなかった。

 そのため、阿偉矛のことを怪しむ人間は必然的に存在しない。

 クククと喉を鳴らして、満天の空を見上げている。

 クリムゾンバイオレットの瞳が一つの星を捉える。が、その星の光が消え、新たな光が瞳に写ったように見えたが、阿偉矛は意にも介さずに嗤い続けた。

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