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When it is dark enough, you can see the stars. 2

 事件は夏美が今晩はどこで寝ようかと足をリビングから出ようとした直後に起こった。いや、実際には天使に襲われそうになった瞬間から事件らしい事件は起こっていたのだが、夏夜の浪人生宅殺人事件の真相には続きがあったのだ。

 静まり返ったリビング。真ん中には血溜まりに伏せるやつれたおっさん――もとい自称殺し屋の御門阿偉矛が転がっている。心臓にはナイフが突き立てられ、おそらくは遠からず死ぬ運命にある阿偉矛に異変が起こる。


 へらへらと、死相が走るつらに気持ちが悪い笑みを浮かべながら、阿偉矛の上半身が起き上がる。

 そうして、死体だったはずの阿偉矛が威風堂々と口を開く。


「どうだい、驚いた!? 実はおいちゃん――」


 目と鼻の間。おおよそ卓越した狙撃手がターゲットを一瞬で仕留めるために狙う場所。そこに家庭でよく見られるステーキナイフが突き刺さる。一体全体どこからそれを瞬時に手にとって投げたのかなど考える余地もなく――実際には机の上に置いてあっただけだが――なぜか息を吹き返した阿偉矛は再び地に伏せた。


「……驚いた。まだ生きてたなんて」


 これで殺すつもりはなかったのだと警察に言うのは不可能。さらには正当防衛も難しくなったことだろう。

 少年院……いや、年齢的に普通刑務所に送還されるのかと思いながら、かすかな憂鬱を胸に今度こそリビングを出ようとした。が、やはりそれは叶わなかった。


「ってぇ!? ちゃんと話は最後まで聞こうね! てか、ステーキナイフを投擲できるとか普通の女子高生じゃないぜ、嬢ちゃん!」

「ボク、浪人生だから」

「あ、そっか~。じゃねーよ!? そういう話してるんじゃないんだわ。人殺ししても平然としてられる女の子が世界に何人いるんだいって話なんだわ!」


 顔から血を流しながら、さも致命傷ではないと証明し続ける阿偉矛の様子を見て、夏美は首をかしげた。というのも、夏美は一人暮らし――不本意だが――をするにあたり、暴漢痴漢泥棒野盗ストーカー対策に遍く武術を概ね習得しているわけで、つまるところ人の急所というものがよく分かるのだ。

 手応えから言って、十中八九阿偉矛は死亡している。見誤ることなどない。これまで死の一歩手前まで暴漢やら痴漢やら泥棒やら野盗やらストーカーを返り討ちにしてきたのだ。そうそう測り間違えることなどない。

 だとすれば、これは……この状況はどう説明されるべきか。

 急所を突き刺されて人が死なない理由。急所ではないか、あるいは人間ではないか。それとも……。


「ったく。不老不死者っつっても痛みは感じるんだぜ。勘弁してくれよ」

「…………はい?」

「あん? なんだい嬢ちゃん、そんな化け物を見るような面で……やめて? 手元にあるフォークを持つのやめて?」

「じゃあ、ボクの質問に答えて」

「お、おう。何でも聞いてくれや」


 耳が馬鹿になっていなければ、阿偉矛は今、自らを不老不死者と名乗った。言葉通りであるならば、老いず死なずの者ということだろう。しかし、それは普通ではない。異常だ。そして同時に、この世に存在してはならないイレギュラーであるはずだ。

 時を同じくして、異常を目にした夏美はふと数刻前を思い返す。

 天使……見るからに異形ではあるもののおおよそ逸話通りの姿を持つあの化け物が現実だった。であれば、今急所を貫かれても生きている阿偉矛という存在は、あるいは不老不死と呼んでも差し支え無いのではないだろうか。

 ごくりと、夏美は苦手なホラー系を思い浮かべて身震いする。

 ようやく質問の内容がまとまって、それを口にした。


「あなた……死なないの?」

「おん? そりゃあ、不老不死者だからな。痛みは感じるが――ぶねーな!? 確かめるようにフォーク投げるのやめてくれます!?」


 手元が狂って狙いが避けてしまい、阿偉矛の頬を掠めるようにフォークが過ぎる。おかげで阿偉矛の頬に傷が出来上がったが、その後の様子を見て夏美は驚愕する。

 かすり傷。ある程度治りが速い部類の傷ではあるが、一瞬で再生するわけではない。しかし、阿偉矛の頬にできた傷は一瞬にして再生が始まり、ほどなくして何事もなかったかのようにきれいになっていた。


「…………信じられないけれど、真実のようだね」

「何が!?」

「あなたが不老不死者だってことだよ。致命傷を与えたはずなのに生きている。かすり傷の治りが尋常じゃない。もしかして化け物?」

「やめいやめい。たしかにおいちゃんは不老不死者だけどな。化け物じゃねーよ。むしろ、元は人間だ」


 元は、ということは今は人間ではないということなのだろう。当然化け物ではないという情報を信じるか信じないかは放っておいても、少なくとも夏美の目には阿偉矛はどこにでもいるこの世のゴミ――おっと、生産性の無い男性に見えた。


 さて、本日――といっても午前三時半なので始まったばかりなのだが――夏美は事件に巻き込まれた。

 使徒と呼ばれる天使のような化け物に寝込みを襲われ、それを不法侵入してきた生産性のない男性、阿偉矛によって救い出された。

 この世には天使なるものと、不老不死者なるものが存在するという事実を知り、自らが神様の寵愛をなぜか受けていることを伝えられたわけだが。

 受験に失敗した際にバッサリと切ったおかげでセミロングほどにまで落ち着いた髪を撫で、夏美は一つ小さな息を吐く。健康的で艶のある髪はするりと夏美の指の間からこぼれていき、手ぐしから髪が離れる頃には、夏美の聡明なる思考はクリアに帰結する。


「ボクなりに整理してみたけれど、まずボクを襲った存在は使徒と呼ばれるもので、あなたは使徒を専門に殺す殺し屋で不老不死者。そして、ボクは使徒を呼び寄せる寵愛を持っていると」

「そうなるな」

「…………馬鹿げてる。今までの話がすべて本当なら、ボクはずっと前から使徒とやらに襲われていなければならない。でも、ボクが使徒という存在に出会ったのは今日が初めてだ。まして、不老不死者なんて……」

「色々とあるんだよ。色々と。まあ、今日は遅いから、詳しい話はまた後日――」


 ピピパ、と。聞き慣れない機械音が発せられる。

 阿偉矛がふと目を離していた間に何かが有ったのだ。そして、音の発信源に目を向けると、そこには阿偉矛によって傷物にされたスマホを持った夏美が無表情のままスマホをいじっている姿が見て取れた。

 何をしているのかと考えているうちに、事はすべて済んでしまった。


「……あ、警察ですか? はい。早瀬川です。度々すみません。家に痴漢強盗暴漢不法侵入者がいるので助けていただきたいのですが。はい。はい。分かりました」


 ゴクリ。

 これは阿偉矛が状況を理解したために生唾を呑み込んだ音。

 荷物という荷物は持ち合わせていなかったため、阿偉矛はすぐさま立ち上がって窓を割って早瀬川宅を飛び出した。

 そうして、振り向きざまに。


「覚えとけよ、嬢ちゃん!? 使徒の襲撃は今回が最後じゃねーからな! おいちゃんにこんな仕打ちしといてあとで助けてくれって言ってもゼッテー助けないかんな!?」

「どうぞご勝手に。早くしないと警察がきちゃいますけど?」

「くっそー!!」


 泣きべそを掻きながら阿偉矛は塀を越えて逃げていく。

 自室の壁、リビングの窓と決して小さくない傷を残された家を眺めて、夏美はさて今度こそどこで寝ようかと真剣に考え始める。阿偉矛の捨て台詞に一抹の不安を覚えつつも、阿偉矛の言葉の真偽が不確定なのだから、必ずしもそうなるとも限らないと割り切って、ともあれ警察の到着を待つよう心を決めた。

 それからしばらく、警察が来るまで静か過ぎる部屋に一人でいることが、およそ生きてきた中で一番不安に思った時間だっただろうと、夏美は心に記憶した。

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