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When it is dark enough, you can see the stars. 1

 所変わってリビング。夏美はソファへ腰掛け、もうひとりは床に正座をする。


 早瀬川夏美。十八歳浪人生。人よりも少し体温が低いため、夏に入り始めた夜は薄い素材の長袖長ズボンで就寝する。一軒家に住んでいるため泥棒の用心は完璧のいわゆるしっかり者の彼女。

 運良く――よりも生憎というべきだが――彼女の家には両親はいなかった。死去したわけではなく、父親は単身赴任で海外へ。母親は考古学の権威という役柄らしく、滅多に家には寄り付かない。彼女が寝泊まりしている家も、実際は彼女が生活する上で不便がないようにと買い与えたものだった。


 それだから、仮に彼女の部屋にどうやったらできるのか考えるのも馬鹿らしい大きな穴ができたとしても、第三者からの文句や避難を受けることはまず無い。もちろん、当の彼女からは穴を開けた人物に文句や避難は十二分に降り注がれるのだが。


「ねぇ、おいちゃんこれでもお嬢ちゃんを救った立場よね?」

「貴方の言っていることが全部正しければですけどね。それで?」

「だーかーらー、さっきのは使徒つってな――」

「警察呼んでもいいですか?」

「だーもう聞けよ!?」


 御門おかど阿偉矛あいむ。無精髭を生やし、白が混ざった遠目からでは灰色に見える長髪をポニーテールのように纏め、和装のような洋装をした怪しい人物。自称三十代後半の殺し屋。天使や使徒と呼ばれる夏美を襲った異形の存在を専門に殺害する殺し屋だと名乗ったが、要は無職だと夏美は認識した。

 なおもなぜ夏美の家の中にいたのかを聞いたところ、使徒の気配を感じて勝手に家の中に入ったという。

 無職で不法侵入、しかもわけのわからない供述を続けている阿偉矛に、一般中の一般を極めたる夏美が下す結論とは。


――――危ない人、だった。


 すぐさまスマホで110番に通報してやろうと思ったが、その手を阿偉矛が必死に止めたからこうして話を聞く羽目になったわけなのだ。しかしながら、やはり聞く必要はなかったようで、夏美は再びスマホを操作し始める。


「待て待て! お願いだから待って!」

「……あ、警察――」

「待てよ!?」


 阿偉矛がスマホを弾いて強制的に通話を中断させた。その衝撃で通話が切断され、加えて夏美の三年使用したスマホに初めて傷がつく。その様子を見て怖気づくでもなく、怒るでもなく、夏美は冷たい視線を阿偉矛に向けて無言の圧力をかけ始めた。

 そして、その圧に耐えられそうにない、ひょろい体の阿偉矛は一回り小さくなり、汗をかきながら苦笑いして事なきを得ようとする。

 もちろん、そんなことが許されるはずもなく……。


「不法侵入」

「うっ……」

「暴力」

「うぅっ……」

「猥褻物陳列罪」

「おい待て、それはおいちゃんの存在がってこと? ねえ、泣くよ? 四十手前のおいちゃんが泣く姿を見たいわけ?」


 わりとマジで泣きそうな阿偉矛を、まるでゴミでも見るかのように冷え切った視線を向け続けた夏美が一言。


「あの、電話をしたいので動かないでくれますか?」

「ちなみにどこへ?」

「警察」

「振り出しじゃんかよぉ!!」


 いや一歩も前に進んでいないから振り出しも何もないわけだが。

 泣き崩れる四十手前の阿偉矛を眺めながら、一つ息を吐いて夏美はリビングの椅子に移動する。

 そうして額に手をやって情報の整理を始める。


「いくつか質問します」

「警察へ突き出すの、やめてくれる?」

「答え次第です。少しでも変な動きをしたら右手にほど近いナイフで刺し殺します」

「マジ怖ぇな嬢ちゃん……わかったよ、何が聞きたい?」


 まず第一に夏美にもたらされた情報は夏美の寝込みを襲った存在は天使や使徒と呼ばれる存在であるということ。

 次に不法侵入してきた阿偉矛がその天使や使徒を殺すことを生業としているらしいということ。

 先程の異形が夢でないことは証明済みの事実だった。ということは、阿偉矛の言うことはある意味で筋の通った話にも感じる。

 だが、一つ疑問が残る。


「じゃあ、さっきの使徒……? ってやつ。なんでボクを襲ったの?」

「さあな。詳しくは調べないとわからねーよ。ただまあ、あいつらは無意味に人を襲うもんじゃねぇ。れっきとした理由が――おん? おぉん? おい、嬢ちゃん」

「…………なに?」

「城ちゃんの両親のどちらか、もしかして教会の出じゃねぇかい?」

「さあ。聞いたこともないけど。それがどうかしたのかな」


 妙な質問の後に、思った通りの答えを得られなかった阿偉矛は首を傾げて変な声を上げた。

 それが嫌に気持ち悪くて、夏美は答えろと命令する。と、立場的には弱い阿偉矛は仕方なさそうに答える。


「いやな。嬢ちゃんから加護――――俗に言う神様の寵愛を感じたのさ。でも、両親が聖職者じゃねーなら、それはありえねーな」

「どうして?」

「あぁん? そりゃ嬢ちゃん。寵愛なんてものは献身的な親を持つ子に与えられる特権だからさ」


 はて。夏美は自分の記憶違いを首を傾げて知らせる。

 夏美の知る寵愛とは、献身的な聖職者や神に愛された者が与えられる恩恵だと認識している。しかし、そもそもが聖職者ではないため、又聞きのように知っただけだから記憶違いも仕方ないだろうと勝手に修正を掛けた。

 その最中に一つの疑問を持った。


「もしも、ボクが寵愛をもらっているとして、それがどうかしたの?」

「寵愛を受けているそれ自体は悪い話じゃない。他よりも運が良かったり、何をしても上手くいったりするだけだからな」

「なんだか反則だね、それ。チート……って言うんだっけ」

「だが、一つ問題がある」


 誰が許可したか、阿偉矛は勝手に煙草を加えて火を点けた。肺一杯に煙を吸い込んで、鼻と口からゆっくりと煙を吐き出す。煙草特有の嫌な匂いが部屋中をゆっくりと侵略していく。

 鼻を摘んで目を細め、夏美は嫌いな煙草の匂いを必死に拒否する。本当は家から追い出したいし、それよりも先に煙草をしまえというのだが、言うよりも速くに阿偉矛が続きを話し始めてしまった。


「寵愛は神の使徒を呼ぶ。良くも悪くも狂っていようがそうでなかろうが、平等に使徒を呼び寄せるのさ」

「つまり……?」

「嬢ちゃんが襲われた理由は、きっとそれだ」


 それとは何か。

 夏美の両親は神様を信じない現実主義者だ。そんな自分が神様からの寵愛をいただけるなど思いもしないし、もしも寵愛をもらえているのならどうして浪人などしなくてはならないのだろうと考えてしまう。

 初めからバカバカしい話だった。引き際はここなのかもしれない。だのに、夏美は動けなかった。嫌な煙草を吸う妙に弱々しく見える男に、夏美は魅せられた。


 ほくそ笑む。

 ようやく見つけた。あるいはそういう顔なのかもしれない阿偉矛のつらは、煙を纏いながらじっと夏美を捉える。


「“なにもない寵愛”なんてものはないんだよ、嬢ちゃん。“寵愛”ってのは神様からの貰い物だ。それに力が込められていないはずがない。つまりだ。嬢ちゃんはまだ“寵愛”が何たるかを実感できていない」

「……だ、だったら?」

「だが、生憎俺はその“寵愛”を知っている。奇しくも俺が探していた“寵愛”だったから」


 正座から立ち上がり、ゆっくりと夏美へとそのニヤついた顔で近づいていく。

 右手の人差し指と中指で煙草を挟んで、もう一度いっぱいに煙を吸い込んで吐き出した。そうして、ほど近くになって何かを言おうとした。

 けれど、それよりも更に速く、夏美の右腕が動く。近くにあったナイフを逆手に取り、最小限の動作で最速で刃先を阿偉矛の心臓へと叩きつける。

 その時間、わずかゼロコンマゼロゼロ一秒。笑顔のまま、心臓にナイフを刺された阿偉矛が眼球を下に向けて、顎が外れたように驚いた。


「言ったじゃないですか。変な動きをしたらナイフで刺し殺しますって」

「あ、はは……嬢ちゃん、殺し屋か何か?」

「殺し屋は貴方ですよね。あ、自称でしたっけ」


 間違っても殺人をしたというのに、夏美は動揺しない。それどころか、無表情のまま、冷や汗をかいて話す阿偉矛と普通に会話を成立させていた。

 じんわりと阿偉矛の胸のあたりが赤くにじむ。口から血液を吐きながら、どうにかしてくれない? という顔で見つめるが、夏美は鼻を摘んだままナイフを握ってた右手で煙を仰ぎながら。


「あ、すみません。ボク、煙草嫌いなんですよ」

「そ、それは先に言ってほしーなぁ」

「それと無精髭とか、長髪とか、だらしない男の人ってこの世から消えてほしいなぁって思ってて」

「ワァオ……おいちゃんにクリティカルヒットしちゃってるよ……」


 人は心臓が止まっても十秒間は生きていると聞く。しかし、明らかに十秒を越えて生き続ける阿偉矛を不思議がりながら、死んだらどう処理しようかと考えを移す夏美。

 ただ、言い残したことを思い出して夏美は再び阿偉矛に瞳を向けて。


「なので、死んでください」

「わぁ、辛ッ辣ゥ~。ゲボッ」


 とうとう事切れたようにフローリングに倒れる阿偉矛。

 夏夜の浪人生宅殺人事件。明日の朝刊にはそのように載るのかもしれないと、夏美は一つ小さなあくびをする。おかげで今の時間が深夜三時だということを思い出して。


「さて、ボクは今日、どこで寝よう……」


 不謹慎極まりないことをつぶやく。

 次の瞬間、予期しないことで驚くとも知らずに。

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