死後の世界を歩く
小山孝志、享年72歳ーーー
ーーー死因、心筋梗塞。
妻を早くに亡くしてから子供と二人で生活し、やがて子供も自立して結婚し孫を授かった矢先の出来事だったーーー
***
目を開けると、そこは山道だった。
良く見る山道と変わらない。生茂る草木、ゴツゴツした道、珍しい鳥の鳴き声。
変わっていたのは私のまるで修行僧みたいな格好と、ずっと暗い空であった。
「思ってたより怖いな。」
躊躇しながらも歩きだした。
暫く歩いてみてわかった事は、俺の身体が若返っている事だ。
歳を取ってから悩まされていた足の痛さも、体の怠さも感じられない。
それどころか疲れも感じられない。不思議とどんどん歩けてしまう。
若い頃は運動が好きな方だったのでなんだか嬉しかった。
そして見た目も若返っていて、中年辺りから抜け始めた髪の毛は黒々と生えそろっている。
とても嬉しい。正直一番嬉しい。
死後はこんなに都合の良い所なのか、と少し感心をした。
***
歩き続けると白い宮殿みたいな場所にたどり着いた。
てっきり禍々しいお堂で怖い閻魔大王から裁きを受けるものだとばかり思っていたから拍子抜けだ。
宗教とか死後は関係ないのか?
まぁそんな事はもう良い。
俺は死んだのだ。
思えば妻を亡くしてから息子を育てるために必死に生きてきた。
片親だからと息子に不憫な思いをさせたくなくて、不慣れな料理も洗濯も頑張った。
幸いな事に仕事は技術職だったし、やりがいのある仕事に就けていたので安定はしていた。
が、繁忙期などはアイツに寂しい思いをさせていたなぁ。
反抗期も男同士だから良くぶつかり合った。
それでもアイツは立派に育ってくれた。自慢の息子だ。
こんな不器用な俺からしっかり育ってくれた。
妻、妻の沙織には会えるのだろうか。
望みは薄いかもしれないが、沙織に会いたい。
***
意を決して宮殿の中へ進んだ。
宮殿の中は暖かい光に包まれていた。
花が咲き、蝶が飛び交い、太陽光とも少し違うなんだか優しくて懐かしいような…
「小山孝志さんですね?」
突然話しかけられてビックリした。
あまりの居心地の良さにボーっとしていたため、情けない声が出た
「ファイ!そ、そうです…」
恥ずかしい…
そう思いながら振り返ると一羽の小鳥が居た。
「お待ちしておりました。さぁ、こちらへ」
鳥が!喋っている!
驚いた。喋る鳥は世の中には居たが…
とりあえず小鳥について行くととある部屋に着いた。
「中にお入りください。」
そう促されるままに俺は中に入った。
ここが閻魔堂か。
俺はここで裁きをうけるのだな。
運命を受け入れよう。
ただ、一目で良いから沙織に会いたい。
部屋の中には白い服の女性が1人立っている。
よく見ずに俺は頭を下げた。
「あ、あの!なんでも運命だと思って受け入れます!た、ただ、一目!先に亡くした妻に会わせてもらえませんか!」
自分でも驚くほどのダメ元のお願いだ。しかし、本当に切実である。
一目で良いから。沙織に会いたい。その後は地獄でもなんでも良い。
「頭を上げなさい。」
優しい声で女性は言った。
「さ、沙織に会わせてください!お願いします!会わせてください!」
さらに床に額がつくほど頭を下げた。
女性は少し困惑しているのか黙った後、突然噴き出して爆笑し始めた。
「ぎゃはははは!ちょっと!もうやめてよ!孝志!頭上げてってば!笑」
この、爆笑した時の「ぎゃはははは!」という笑い声、そしてこの喋り方、よく聞くと聞き覚えのある声…
まさか!
そう思って顔を上げると、そこに立っていたのは
「久しぶり、孝ちゃん」
神々しい姿をした、妻。沙織であった。