記憶少女と馬車
ヨナ・ヴェノン(16)
好奇心旺盛。
リンネ・グアン(17)
ヨナの幼馴染。人当たりが良い。
「これに乗れ」
(馬車?)
そこにあるのは思ったよりきちんとした馬車だった。豪奢な飾りなどが付いている訳では無いが、しっかりとした造りの様だ。
(もっとぞんざいに扱われると思っていたが)
先程村長の家で見た印象からもっと乱暴な男だと思っていたが、商品は丁重に扱うらしい。
(確かに、傷でも負わせたら価値が下がるもんな)
意外としっかりした馬車なのは、この男達がリンネを売る予定だったからだろう。
リンネは愛嬌のある大きな緑の瞳と豊満な身体、滑らかな白い肌、艶やかな茶髪を持っている。あの村に若い女はヨナとリンネしか居なかった為比較対象が居ないが、かなりの美人だろう。
残念ながら売るのはリンネではなくヨナになってしまったが。ヨナはリンネと違い、暗い青の吊り上がった目、平坦な身体、少し色黒の健康な肌、黒に違い焦げ茶の癖毛しか持っていない。しかしヨナもまだ16だから、多少の価値はあるだろう。
ヨナを乗せた馬車は、石だらけの道をガタガタと揺れながら走り始めた。
ヨナが自分から歓楽街に行くのには幾つか理由があった。
1つ目は街に行ける事だ。
(小さな村に歓楽街なんて無いから、そこそこの街には行けるだろう)
ヨナは正直、この小さな村に飽きていた。しかしこの辺境の村から街に行くだけでかなりの交通費がかかる為、そう簡単には街に行くことは出来ない。
だから、タダで街に連れて行ってくれるのなら、多少の水仕事など構わない。
(それに、あの村に残されても困る)
もしヨナではなくリンネかランが売られるとしたら、残されたヨナはどうすれば良いのか分からない。一人で生きて行く事自体は簡単だが、残りのグアン家の人達の後悔を感じながら生きるのは少々面倒臭い。
きっとリンネは今頃悲しんでいるだろう。そう思うと胸が痛くなる。自分だけ逃げた罪悪感に蝕まれる。けれども。
(父さんと母さんの時みたいな、置いていかれる感情になるのは嫌だ)
それにヨナは普通の人間と少し違っていた。見たものや聞いたことを全て正確に記憶してしまうのだ。まるで映像の様に細かな所まで鮮明に脳内に残る。だから普通の人と同じ時間を過ごしても、ヨナが記憶する情報量は遥かに多い。しかし、無駄な事までどんどん記憶してしまうせいで、どんどん情報が積み重なり、昔の事を思い出せなくなってしまうのだ。
たかが3日前の事でも記憶を掘り起こすのに時間がかかる。何か思い出すトリガーがあればふと思い出すことが出来るが、ゼロからなにかを思い出す場合、記憶を遡るのにかなり時間がかかる。忘れたく無い事は定期的に思い出さないと、一ヶ月もしたらもう掘り起こせなくなってしまう。
だからヨナは、両親が死んでからずっと、毎日毎日両親の事を思い出していた。
(これからはリンネ達の事も毎日思い出さなくちゃな)
ふぅと溜息を吐くと、これ以上無駄な記憶をしないため、目を閉じる事にした。
ただ目を閉じるだけの予定だったが、気付くと船を漕いでいて、ふわりと意識が無くなった。
ファンタジー世界なので名前の系統がごちゃごちゃです。お許し下さい。