45話 この日に……
1月24日。 栞の命日であり、俺が藤堂さんの親代わりになるかもしれない日…… 俺は着慣れないスーツを着て札幌家庭裁判所に出向いていた。 彼女は制服姿で俺の隣に座って小さくなっていた。
家庭裁判所といっても今回は裁判をするわけではなく、藤堂さんと両親の立ち会いで審判を行うだけと沖野さんが言っていたが、個室に入ってきた裁判長が俺達に言った事は、意外なものだった。
藤堂さんの両親の失踪。 2週間ほど連絡が取れなくなっていた両親に調査官が自宅を訪れたところ、家の中はもぬけの殻だったらしい。 不審に思った調査官が警察に届け出たが、未だに行方は分かっていないそうだ。
「ホント、バカみたいな人達…… 」
藤堂さんは無表情で呟く。 怒っているというより、呆れて何も言えないという感じだ。
両親不在のまま審判は行われ、親権停止の執行がされた。 付け加えて裁判長は、警察の捜査で状況は変わってくるが、内容次第では親権停止から親権喪失に変更もあり得ると言う。 そのまま未成年後見人の選定に移り、もう一人の裁判官が俺達の前に分厚い書類を並べて手続きに入った。
「新城孝太さん。 あなたはまだお若いが、その責務はとても重大なものです。 それでも未成年後見人になりますか? 」
「はい 」
俺は裁判長に向かって力強く頷いて署名欄に名前を書いた。
「お疲れ様、これで今日は終わりよ 」
裁判所から出たところで沖野さんが出迎えてくれた。 あまり喜んだ顔をしていないのは、審判が滞りなくとはいかなかったからなのだろうか。
「親が失踪とかあり得ないけど、まずは未成年後見人選定おめでとうと言っていいのかしら? 」
「喜んでいいかわかりませんが…… ありがとうございます。 とりあえず安心しました 」
フフッと沖野さんは俺に優しく微笑んでくれる。
「これからが色々大変だけど、困ったことがあったら相談してちょうだいね 」
沖野さんはこれから刑事裁判の弁護人として、地方裁判所に行くと言って別れた。 残った俺達はとりあえず最寄りの大通駅に歩く。
「新城さんが私の親代わりになったなんて、なんか実感ないですね 」
「俺もないよ。 親代わりと言っても学校関係の保護者とかしか出番はないと思うけどね 」
そう、藤堂さんはしっかりした子だから今更俺が育てるという訳でもない。 彼女が成人するまでの期間を監督するだけであって、後2年ちょっとの保護者だ。
「原則同居ってことだから、もう少し広い部屋に引っ越そうと思うけど…… やっぱり学校が近い方がいいよね? 」
同居という言葉に反応して藤堂さんの顔が赤くなる。 と思ったら次はみるみるうちに青ざめた。 やっぱり男と一緒に住むのは嫌なんだろうな。
「い、いえ。 新城さんが生活しやすい所に決めて下さい。 私の都合は二の次なんですから 」
少しでも緊張をほぐしてやろうかと冗談混じりの事をあれこれ話してみたが、それでも彼女の表情は硬い。
「…… 両親が行方不明ってのが心配? 」
「心配してるんじゃないんです。 どこでどうなろうと私の知ったことじゃないですから。 その…… こんな時まで迷惑かけるような人達って最低だなって思って 」
タイミングを計ったかのような失踪。 もしかしたら裁判と勘違いして逃げたんだろうか…… なんにせよそれは警察に任せることであって俺の知ったことでもない。
「放っておけばいいよ。 何かあったって俺が必ず守るから 」
「…… はい 」
やっと彼女が少しだけ笑顔を見せた。 不安なものはいっぱいあるだろうが、それでも今は笑顔で前を向いて欲しい。
「これから佳の家に戻るのかい? 」
「私は学校行ってきます。 先生に報告して、事務手続きもあると思うので。 あの…… 」
彼女はじっと俺の顔を見上げる。 ちょっと困ったような表情だが、俺を見るその目は力強さを感じた。 ホント、この子はいい目をする……
「これから、よろしくお願いします! 」
「俺の方こそよろしく。 頼りない親だけど何でも相談して 」
『ハイ』と元気に返事をして地下鉄の改札を抜ける藤堂さんを見送り、俺は佳の自宅方向の地下鉄に乗り込む。
一つ目の大事な用事は済ませた。 時間は10時を回ったばかり…… これから佳と合流して12時のバスに乗れば、1時過ぎには石狩霊園に到着できるだろう。 俺は地下鉄に揺られながら、今から迎えに行くと佳にメールを送った。
佳の家まで迎えに行った俺は、麻生で評判のいいパン屋で昼食を買い、石狩霊園を経由するバスに乗り込んだ。 バスの最後部の席で佳と肩を並べてパンにかじりつく。 こぼさないようにパンを頬張る佳もまたスーツ姿で、OL時代によく着ていたものだ。
「…… なんか私の顔についてるの? 」
無意識に佳をじっと見ていたらしい。 ちょっと照れくさそうに俺を睨む佳は、なんとなく昔の佳を思い出す。
「いや、お前のスーツ姿久しぶりに見るなと思ってさ 」
「アンタがスーツのままウチに来るからでしょ? 仕方ないから昔のビジネススーツ引っ張り出してきたのよ 」
佳は昔を懐かしむような目で自分のスーツの袖を見ていた。
「このスーツはね、色々思い入れがあるんだよね 」
「思い入れ? 」
「うん…… 就職した時に買ったやつでさ、しーちゃんと大ゲンカした時も、しーちゃんを看取ったのもこのスーツなんだ…… 今日また着る事になったのも、偶然じゃないのかもね 」
暫く袖を見つめていた佳は、いきなり俺に目線を向けるとフフッと微笑む。
「アンタのスーツの方が久しぶりなんじゃない? ホテルに就職した時以来じゃないの? 似合わないよそれ 」
「…… ほっとけ。 これ一着しかないんだし、私服で裁判所行く訳にもいかないと思ったんだよ 」
そかそかと答える佳は、食べかけのパンにまたかじりついた。
「遥ちゃんの親なんだからね、しっかりしないとダメだよ? 」
「実感ないし、何をしてやればいいのかさっぱりだ 」
バスのシートにもたれ掛かって俺は天井を見上げる。 あの子の場合、何もしないでも平気なのかもしれない…… でもそれは親としていいんだろうか。 そんなことを考えていると、トンと佳が肘で小突いてきた。
「何一人で頑張ろうとしてるのよ。 アンタの横には私がいるんだから…… 少しは頼ってよ 」
そうだな…… そうだった……
「あのさ…… 俺引っ越そうと思うんだ。 まだ何も決めてないけど、俺と一緒に…… 」
ポーン 次は石狩霊園 お降りの方は……
タイミングの悪いアナウンスだ。 というか、あっという間に小一時間が過ぎていた事に気が付かなかった。 俺達は手早くバスを降りる準備をした。
路線バスの石狩霊園停留所から霊園入口までは少し離れている為、俺達は除雪もそこそこの歩道を歩く。 海からの風が冷たく、俺は佳を風から庇うように歩いて霊園の石造りの門をくぐった。 辺りに人影はなく、サクサクと雪を踏む俺達の足音だけが聞こえる。 佳は少し緊張した面持ちで、栞の墓まで無言で歩いていた。
潮風は冷たく灰色の空模様ではあるが、時折雲の隙間から太陽が顔を出す。 その陽射しの真ん中で、栞の墓とその側に立つコートの女性が一人。 俺達の足音に気付いたその女性は、振り向いて優しい笑顔を見せた。
「久しぶり…… 孝太、佳ちゃん 」




