18話 全てを話して……
居酒屋の帰り道。 俺の背中では酔い潰れてしまった佳がフニャフニャと聞き取れない小言を言っている。
「だから日本酒なんかやめとけって言ったのに…… 」
「うるしゃい! アンラがこんなんにしらんれしょーが。 しぇきにんとってよね 」
覆い被さるようにおんぶされる佳は、ギュッと力を込めて俺の首に腕を回してくる。
「お前、明日仕事は? 」
「んー…… もう辞めらいー 」
「そうか…… お前、血がダメなのに頑張ってるもんな。 辞めちゃうか? 」
ギュッと首に回す腕の力が強くなる。
「やらよー! しーちゃんとのやくろくらもん 」
グスッと鼻をすすって佳は俺の襟元に顔を擦り付けた。
「んで、明日の仕事は? 」
「んー…… 当直ー 」
とりあえず朝から仕事ではないようで安心した…… そうこうしている内に俺の家に到着する。 どのみち終電もバスも終わってしまっているし、こんな状態で佳だけをタクシーに乗せて返すわけにもいかない。
「ほら、玄関は狭いんだから降りれよ 」
「やらー! 」
ため息をひとつ。 しがみついて離れない佳をおぶったまま、俺は玄関の鍵をボディバッグから手探りで出してドアを開けた。
乱暴に靴を脱ぎ捨てて部屋に入り、一先ず佳をソファーに降ろす。 居酒屋から自宅までたかだか1Kmちょっとだと思うが、ダランとした力の入っていない人を運ぶのはいくら細身の佳でもキツかった。 キッチンで一呼吸した俺は、コップに水を注いで佳の頬に当てる。
「飲めるか? 」
「無理ー…… 気持ち悪い…… 」
「だろうな。 ビール空けた後にワインいって、止めの日本酒3杯。 明日二日酔いだぞ 」
うつ伏せに倒れ込むようにソファーに寝そべる佳は、赤い顔から少し青ざめてきていた。
「誰のせいだと思ってるのよー…… 」
絞り出すように呟く佳に寄り添うように、俺はソファーの横に正座する。
「ゴメン、お前には…… お前と司にはすぐにでも話さなきゃならなかった 」
佳は気持ち悪そうな顔をしながらもフフッと微笑む。
「そうだよ…… 飲み屋でも散々愚痴ったけどさ、アンタが心配なんだからね…… 」
「…… ありがとな 」
エヘヘと佳は力なく笑う。
「…… 私もゴメンね。 正直、それだけじゃないんだー 」
目を閉じたまま呟く佳に、俺は相づちも打たず黙って聞く。
「自分の事棚に上げてしーちゃんに押し付けてばっかりで…… なんか情けなくなっちゃってさ 」
薄目を開けて俺を見つめる佳の目が潤んでいるのは、酔っているせいなのか泣いているのか俺には分からない。
「高校の時にアンタにフラれた事思い出しちゃった 」
そう言うと佳は顔を伏せてしまう。 気心も知れた付き合いとはいえ、こんな時はどう言葉を返していいか迷う。 その言葉の裏には、きっと栞の姿があるんだろう。
「…… しーちゃんが居なくなっちゃった時にね、心のどこかで喜んでた私がいるの。 もしかしたらアンタが私に振り向いてくれるんじゃないかって…… 最低でしょ? 『顔向け出来るの?』なんて偉そうな事言えないよね 」
「いや、最低なのは俺だろ。 お前の気持ちを知ってて、それでもお前の優しさに甘えて見て見ぬ振りしてる…… ツラいだろ? ゴメンな 」
俺は無意識に佳の頭を撫でていた。 気持ち良さそうに佳は俺に顔を向けて微笑む。
「仕方ないよ、しーちゃん可愛いもん。 何をやっても敵わないし 」
「それは違う。 栞は栞だし、お前はお前だよ。お前の代わりなんて誰も出来ないんだから 」
「あの子は? 」
「関係ないさ、栞と似ていても栞じゃない。 あの子を特別だとは思ってないよ 」
緊張していた佳の表情が緩む。 栞を心配して…… いや、また栞に取られてしまう、そんなことに怯えていたんだろうか……
「それ聞いて安心した。 でもどうするの? といってもアンタの事だからもう何か始めてるんだろうけど 」
「…… うん。 順を追って話そうか? 」
「うん…… 」
佳は体を起こしてソファーに座り直し、ポンポンと座面を叩いて自分の横に座るよう要求してくる。 痺れそうになった足を我慢しながら俺は佳の横におとなしく座った。
「あの子の両親はさ…… 」
俺は藤堂さんと公園で会った成り行きから、弁護士に紹介するまでの経緯を話す。 佳と同じように動揺しまくった事、自殺しそうになったのをひっぱたいて止めた事、行き場がなくなった彼女をやむを得ず一晩泊めた事、栞の事を少なからず彼女が知っている事。 佳は頷きながら黙って俺の話に耳を傾けていた。
「俺はあの子に看護師の夢を諦めて欲しくない。 でもあの子の親はその夢をぶち壊そうとしてる。 お前みたいに成人してから看護学校に通っても遅くはないんだろうけど、お前がとても苦労してたのを俺は傍で見てたから…… だからさ…… おぶっ! 」
佳は突然俺の口を手で塞いできた。 そのまま崩れるように俺の胸に顔を埋めてくる。
「佳…… 」
「言わなくてもわかるよ。 アンタがあの子の保護者代わりになるとか言うんでしょ? ホントお人好しにも程があるわ 」
呆れたように佳は言う。 俺から顔は見えないが、なんとなく優しい表情をしているような気がした。
「但し、私もそれに関わるからね。 私はアンタの面倒を見るのを栞から託されてるんだから 」
託されてる…… か。 俺は佳にももちろん幸せになって欲しい…… 俺らももう25歳、いつまでもこのままでいい筈がないよな。
「…… お前はそれでいいのかよ 」
「…… 」
「佳、もう少し待っててくれないか? ちゃんと気持ちの整理…… って、あれ? 」
スー スー
気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。 覗き込んでみると穏やかな寝顔…… 警戒心無さすぎるだろ。 そんな笑顔を見せられるとムラムラする気も起きない。
少しの間佳の頭を起こさないよう優しく撫でて、ベッドに運び布団を掛ける。
「ありがとな、佳…… お休み 」
スヤスヤ眠る横顔にお礼を言って、俺は寝室の明かりを消した。




