14話 弁護士と……
翌日、俺は中央区にある小さな喫茶店に足を運んでいた。 昨日連絡のあった弁護士と待ち合わせの為だ。 待ち合わせの予定の時間は11時。 腕時計を見ると、既に予定の時間を10分過ぎていた。
ドドド……
店内から見える駐車場に、一台の真っ白な旧型のポルシェが入ってくる。 降りてきたのはワンレンロングヘアのスーツ姿の女性。 鍵を掛けようと運転席の鍵穴にキーを差し込んで回そうとしているが、上手く回らずにガチャガチャと何回もキーを捻っていた。 ようやく鍵が閉まったらしく、走って喫茶店内に入ってきた彼女は店内をざっと見回して、迷わず俺の元に早足でやってくる。
「失礼します、新城さんですか? 」
「はい、沖野さん…… ですか? 」
遅れてごめんなさいと彼女は深々と頭を下げて俺の向かいの席に座る。 ビックリした…… 店長の同級生と聞いていたから40才の筈なのだが、見た目は20才台後半位の若さ。 キュッとウエストの締まったベージュのスーツとナチュラルメイクが尚そう思わせるのか、とても店長と同い年とは思えなくてちょっと可笑しくなる。
「初めまして、沖野 陽子です 」
ブラウンレザーのビジネスバッグから名刺を取り出して両手で丁寧に渡してくれた。
「あ、すいません。 俺、名刺って持っていなくて 」
「いいのいいの、琢ちゃんのお店の名コックって聞いているから 」
フフフと爽やかな笑顔で沖野さんは笑う。 あまりこの世代の人達とは話す機会がないけど、綺麗だなこの人…… 俺達20代が子供に見える。
「名コックは言い過ぎです。 あの…… 店ちょ…… 宮地さんの同級生って聞いてたものですから…… お若いですね、全然わかりませんでした 」
彼女はありがとうとニコッと笑い、注文を取りに来たウェイターにコーヒーを二つ注文する。
「琢ちゃんは一気に老け込んじゃったからね、ああ見えても苦労してるのよ? 彼 」
そう言って彼女はバッグからA4サイズの大きな手帳を取り出す。
「そういえば弁護士バッジって付けてないんですね。 菊の模様でしたっけ? 」
「見せた方がいい? 」
ポケットに手を入れて、ケースに入れられた金色のバッジを見せてくれた。
「菊じゃなくてひまわりね。 公的機関に入る時には付けるけど、普段は付けない弁護士もたくさんいるのよ。 ドラマの中じゃ必ず付けてるみたいだけどね 」
ワザと毎日触って金メッキを剥がし、いぶし銀のようにする弁護士もいるそうだが、彼女は紛失する方が嫌だとあまり胸には付けないらしい。 なくすととても面倒くさいんだとか。
「それで、わざわざ弁護士に相談事なんてどうしちゃったの? 」
「親権停止、のことについて詳しくお聞きしたかったんです 」
『わかったわ』と彼女の表情が変わった。 キリッとこちらまで身が引き締まるようなその姿勢が、この人の仕事モードなのだろう。 まだ何も話してはいないが、なんとなく頼りにしてもいいという気持ちになってくる。
「お知り合いの未成年にDVを受けている子でもいるのかしら? 詳しく聞かせて 」
俺は藤堂さんのことについて順を追って彼女に話した。 藤堂さんが言った言葉を出来る限り思い出し、そのままの言葉を伝える。 結局俺からの視点でしか出来事を伝えられないから、私情を挟んだ言い方は極力控える。
「なるほどね…… 聞いているだけで私も腹が立ってきた。 私にも高校の息子がいるけど、同じ親として許せないわ 」
「こ、高校生の息子!? 」
不思議じゃないと言えばそうなのだが、きっと並んで歩いても年の離れた姉弟にしか見えないぞ……
「ちょっと内気なんだけどね、これがまたいくつになっても可愛いのよ 」
あ、仕事モードの表情が消えた。
「でもあまり一緒に買い物とか付き合ってくれなくてねー、並んで歩いてくれないの 」
彼女はフゥっとため息をついてコーヒーをすする。 まぁ俺もその息子の立場だったら、恥ずかしくて遠慮するかもしれない。
「フフ…… 私の話はいいとして。 どちらにしてもその子が未成年である以上、必ず未成年後見人が必要になるわ。 その辺りはどうなってるのかしら? 」
「…… 俺がなれるでしょうか? 」
彼女は俺の目をじっと見ている。 藤堂さんの話を聞く限りでは、両親以外に身内がいなさそうだった。 ならば、彼女が成人するまで俺が後見人になってもいいと思っていた。
「後見人になるということは、その子の親になるということと同義だと私は思っているわ。 親になるって、そう甘いものではないのよ? 」
「…… はい 」
彼女の目は真っ直ぐに俺を見据えている。 弁護士の顔と親の顔、両方の顔だ。
「あなたはまだ若いわ。 時には自分の人生を犠牲にして、その子を守らなければならない。 職業柄、そんな若者を何十人と見てきたわ。 あなたにその覚悟がある? 」
脅し…… いや違う。 俺だけでなく、会ったこともない藤堂さんの事も考えての言葉だ。
「…… 考えます。 相談しなきゃならない奴がいるので 」
「それがいいわ。 よく相談して、あなたが後悔しない答えを見つけてね 」
フッと彼女の表情が緩む。 A4の1ページが埋まるほどびっしり書き込まれた手帳をパタンと閉じて彼女は微笑む。 我が子を見守る母親の笑顔…… のような気がした。