13話 店長と……
トントントン……
孝太は1人厨房に立ってキャベツの千切りを黙々と進めていた。 司と瑠依は今日は昼前の出勤なので、開店前の食材の下準備は孝太が担当する。
「お疲れ。 ちょっと一服しようか 」
琢磨がコーヒーカップを2つ持って孝太を裏口に誘う。
「あ、ハイ。 あと1玉なんですぐ行きます 」
11時の開店まであと一時間。 手早く千切りを終わらせた孝太は、先に裏口から出て行った琢磨の後を追った。
「また今日も眠そうだね。 AVの見過ぎだよ? 」
「いや店長、そのネタはもういいですよ 」
ゴム手袋をして煙草に火を付ける琢磨は細い目でニヤニヤと笑っていた。
「何か悩み事かい? 」
「ん…… まぁ。 店長 」
煙草の先を真っ赤にしながら琢磨は孝太に目線だけ向ける。
「弁護士さんの知り合いっていますか? 」
ブフォ! ゲホッ ゲホッ
琢磨は吸っていた煙草の煙にむせて何度も咳き込みかがんでしまう。 涙目で見上げるように孝太をまじまじと見ていた。
「…… 大丈夫ですか? 」
「大丈夫だけど、弁護士なんて突然どうしたの? 」
「いや俺の事じゃないんですけどね。 ちょっと知り合いがトラブルになっちゃってるものだから、助けてやりたいなぁ…… って考えてたんです 」
落ち着いた琢磨はコーヒーカップの残りを一気に飲み干す。
「同級生に弁護士やってるのはいるけど。 危ないことじゃあないよね? 」
「まさか。 危ないことならその人に警察を勧めますよ 」
そりゃそうだなと、琢磨はもう一本タバコに火を付ける。
「話はしておくよ。 連絡先教えるから、明日以降にでも孝太君から連絡してみるといい 」
「ありがとうございます 」
話が一段落したところで裏口のドアノブが回り、ヒョコっと瑠依が顔を出した。
「あ、二人とも休憩中でしたか。 ツカサ君も出勤しましたよ 」
そう言い残して瑠依は静かにドアを閉める。 琢磨は煙草を揉み消して大きく伸びをすると、コキコキと首を鳴らして店内に戻っていく。
「店長、あの…… 皆には…… 」
琢磨は振り向いて孝太を見る。
「分かってるよ。 でも皆を不安にさせるようなことはしちゃダメだよ? 」
微妙な笑顔を残して琢磨は店内に戻っていった。 残された孝太は既に閉まったドアに一礼して、手元のコーヒーカップを見つめる。 気合いを入れるようにグイッとコーヒーカップを煽ると、琢磨の後を追って店内に戻っていった。
翌日の午後、昼飯時のピークを過ぎたたっくんの厨房には佳の姿があった。
「でさ、ウチの病棟で自称人気者のおじいちゃんがめでたく退院出来ることになってね…… 」
いつものようにカウンター席の端に座り、孝太を相手に今朝あった勤務先の出来事を話している。
「孝太君、電話だよ 」
ウンウンと相づちを打つ孝太に、琢磨が事務室から顔を出して孝太を呼ぶ。
「はい、今行きます 」
小走りで事務室に消えていく孝太を、佳はため息を付いて見送っていた。
「珍しいですね、孝太さんにお店の電話なんて 」
食器を下げてきた瑠依が佳の後ろで不思議そうな顔をしていた。 司もまた厨房のカウンターから顔を出して孝太を見送っている。 3人は顔を見合せ、コソコソと事務室に近づいていった。
「ホラホラ仕事仕事! お客さんが待ってるよ 」
孝太と入れ代わりで出てきた琢磨は、事務室を覗き見ようとしている3人を手を打って追い払う。
「区役所からのただの調査連絡だよ。 盗み聞きとは感心しないねぇ 」
苦笑いでそう答える琢磨に、3人も苦笑いで各々の持ち場に戻っていく。 孝太宛にかかってきた電話は、琢磨の同級生の弁護士からだった。
「はい、はい…… 明日は自分、休みなので。 はい…… はい、よろしくお願いします 」
電話を切って事務室から出てきた孝太を待ち構えていたのは、心配そうに見つめる佳だった。
「…… どうしたんだよ、佳 」
「区役所から電話なんて、何悪いことしたのよアンタ 」
「俺が悪いことをした前提なんだな、お前の頭ん中は。 別になんでもないよ、ただの勧誘…… じゃなかった、アンケートだよ 」
孝太は佳の口から出た区役所という言葉に気付いてその話に合わせる。 勧誘という言葉に佳は怪訝な表情になるが、『まぁいいけど』とため息をついてコーヒーカップに口をつける。 孝太はそのまま厨房に入り、琢磨が全力で洗い上げた皿を拭き始めた。
「ありがとうございます、店長 」
小声で礼を言う孝太に、琢磨は何も言わず汗を垂らしながら皿洗いを続けていた。