12話 私じゃない……
眩しい……
カーテンの隙間から射す朝陽で目が覚める。 時計を確認すると9時20分…… 9時!?
ガバッと飛び起きて時計を手に取って見るも、やはり9時20分だった。 いつの間にか寝てしまって目覚ましのセットもし忘れていた。 遅刻確定…… 新城さんとの約束を早速破ってしまった。
「そうだ、新城さん! 」
慌ててリビングに顔を出すが新城さんの姿はどこにもない。 トイレとかお風呂とかかと思ったが、玄関を見ると私のローファーしかなかった。
「今日も仕事だったんだ 」
新城さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 突然泊めてくれと言われても嫌な顔1つしなかったし、弁護士を探してくれて費用まで立て替えてくれるという。 そして何より、私の命を救ってくれた人……
「…… 羨ましいな 」
昨日聞いた新城さんの大切な人。 どんな人なのかとても気になるけど、この部屋ってそれらしいものが一つもないのよね……
部屋をグルっと見まわして、ふとダイニングテーブルの上にメモ書きとキーホルダーの付いていない一本の鍵が置いてあった。
- 仕事に行きます。 学校に行く時に鍵の掛け忘れには気を付けてください。 鍵は掛けた後にポストにでも落としておいて下さい。 辛くなったらいつでも連絡しておいで。 080-48XX-XXXX -
最後に大きく書かれた[頑張れ]の文字。 新城さん達筆なんだなぁ……
一緒に置いてある鍵を手に取って目の前にかざしてみる。 もしこれを私が持って行ったら新城さん怒るかな…… なんて考えてみる。 ダメダメ! 合鍵なんて持って帰ったら、頑張れって応援してくれる新城さんを裏切ることになるじゃない!
私はカバンから筆記用具と手帳を取り出してメモ欄を1枚破り、新城さん宛にメモを残すことにした。
- 起きれなくてごめんなさい。 昨日のお話のお礼も言えなくてごめんなさい。 連絡先なんですが私スマホを持っていないんです、ごめんなさい。 どうしても耐えられなくなったらまた連絡します。 -
謝ってばかりのメモになっちゃった。 文面もなんだかさみしく思えて慌てて書き足す。
- 遅刻確定だけど学校に行ってきます -
「よし、頑張ろう 」
私は力強く頷いて寝室に戻り、制服を掛けているハンガーを掴んだ。
手早く着替えて全ての荷物をボストンバッグに詰め込み寝室を後にする。 リビングを出る際にもう一度部屋の中を見渡して、ちょっとした違和感を覚えた。
「…… あれ? 」
テレビを置いているローチェストの上に伏せてある写真立て。 奇麗に伏せてあるから何かの拍子に倒れた訳ではなさそう。 私は無意識にその写真立てに近寄って手を伸ばしていた。
ダメ…… 見ちゃいけない
わざと伏せてある写真立てを黙って見るなんて最悪だよ…… 頭で分かっていても手が言うことを聞かない。 ごめんなさい、新城さん。
「………… 」
ドサッとボストンバッグが肩から滑り落ちた。 その写真に写っていた人物に私は言葉を失う。
私? いや違う。 これは病院のベッドだ。 私は入院なんかしたことない。 でも自分が見間違えるほどそっくりな人…… あ、目の下にほくろがあるんだ。
「…… しおりさん、だっけ…… 」
初めて新城さんと出会った時、確かそう言ってたっけ。 私を見てどうしてあんな顔をしていたのか、どうして気にかけてくれたのかなんとなくわかった。
「この人の代わりだったんだ…… 」
なんだろう…… 凄く胸が苦しい。 締め付けられるように痛くなって呼吸が浅く速くなる。
ポタッ
写真立てのガラスに水滴が一粒落ちた。 あれ…… 泣いてるんだ私。
「ヤバっ! 」
慌ててティッシュを取ってガラスに付いた涙を拭き取り、元あった場所に戻した。
夢を叶えられなかった人
生きたくても生きられなかった人
新城さんの大事な人
きっとこの写真のしおりさんって人のことだ。 私を見てたあの優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。 きつと…… 私を見ていたんじゃない。
「…… 学校行かなきゃ…… 」
ボストンバッグを担ぎ直し、ダイニングテーブルの上の鍵を取って玄関に取って向かう。 玄関ドアのノブを捻り外に出ると、雲一つない青空が私を出迎えた。
カチャン
ドアに鍵を掛けて、ドアの真ん中にあるポストに手をかける。
「………… 」
ポストに鍵を落とそうとするけど、私は鍵を摘まむ指を離せずにいた。