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ソラにいるキミに……  作者: コーキ
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10話 迷い猫?……

 俺の玄関前で制服姿の藤堂さんと見つめ合う。 パンパンに膨らんだ、重たそうなボストンバッグ。 学校に持って行くにはあまりに多すぎる荷物に疑問を持つが、そこには触れないでおく。


「こんばんは。 バイトの帰り? 」


「いえ…… いや、あの…… 友達の所に泊まりに行く予定だったんですけど…… ね 」


 しどろもどろしながら彼女は苦笑いになった。 だったんですけど…… ということは何かがあって帰ってこなければならなくなったらしい。


「こんな時間に大変だったね。 今日も寒いし、早目に戻らないと風邪引いちゃうよ? 」


 早く帰れだなんて、彼女の家庭事情を知ってるだけに余計なお世話だったかもしれない。


「いや、その…… 大喧嘩しちゃいまして。 目につく身の回りの物詰め込んで飛び出してきた…… みたいな 」


 家出娘でしたか。 俺も彼女も苦笑いになってお互いに力なく笑う。 それから暫くの沈黙…… 傘を叩く雨音だけが辺りに響いていた。


「新城さん! あの! 」


 必死な形相で、襲い掛かってくるように迫ってくる彼女。 なんとなく次に出てくる言葉が予想できてしまった。


「今日だけ! 今晩だけ泊めてもらえないでしょうか!? 」


 やっぱり……


「玄関とかお風呂場でいいんです! お願いします! 」


「そんな大きな荷物を抱えて、どうしたのかなとは思ってたけど。 家には戻りづらいのかな? 」


 彼女は下唇を噛んで悔しそうな表情になる。 本当に悔しくて抑えきれずに飛び出してきたんだろうな。 こんな表情までホント栞にそっくりだ…… まいったな。


「いいけど、俺だって男だよ? 」


 彼女は目を見開いて赤い顔になる。 そうそう、少しは身の危険も考えましょう。


「ど、どんと来い! です! それくらい覚悟の上です! 」


「…… しないよ。 不用意に女子高生がそんなこと言っちゃダメだよ 」


「新城さんだから言ったんです。 そんなことするとは思わないから 」


 エヘヘと笑顔を作る彼女に俺はため息をひとつ。 敵わないな、この子……


「捜索願いが出てないなら一晩位いいよ。 晩御飯は食べたの? 」


「ありがとうございます! お腹は大丈夫です 」


  ぐうぅぅ……


 さっきより真っ赤になった彼女は、傘で顔を隠してしまった。


「ハハハ…… 我慢しないでいいよ。 何か作ってあげるから 」


 俺は玄関ドアの鍵を開けて彼女を部屋に招いた。 





  コポコポ……


 あり合わせの野菜と挽肉で作った炒飯と、レトルトの中華スープを綺麗に平らげた彼女に食後のコーヒーを入れてやる。


 「ごちそうさまでした。 やっぱりシェフが作る料理って違いますね 」


 大満足した顔で、彼女はマグカップに口をつけた。 俺は彼女に笑って返す。


料理長(シェフ)ではないし、まだまだそんな腕もないよ。 満足してくれたなら嬉しいけど 」


「じゃあコックさんですね。 やっぱりコックさんの作る料理って全然レベルが違いますよ。 賄い飯とか美味しそうだなぁ 」


「まぁ、これでも一応職業訓練受けて免許もあるからね。 美味しいと思ってもらえるレベルじゃないと、今の店潰れちゃうよ 」


 下げた食器を洗いながらそう答える。


「新城さんのお店ってどこなんですか? 」


 昨日はあんな状況だったから比べるものではないが、今日の彼女はとても明るい。 やはり窮屈な家を飛び出して気分がいいんだろうか…… 


行啓通(ぎょうけいどおり)の近くにある〈たっくんの厨房〉っていうところだよ 」


「へぇー、今度友達誘ってお邪魔しに行ってもいいですか? 」


 店名を出してからちょっと後悔した。 もし彼女がいきなり店に来たとしたら、司や佳はどんな顔をするのだろう……


「コーヒーくらいはサービスするよ 」


 それでも俺は笑顔で彼女に返す。 洗い物を済ませ、俺はハンガーに掛けて干してあったバスタオルを彼女に渡した。


「シャワー使うなら遠慮なく使っていいよ。 少し体を温めてきたら? 」


「ありがとうございます。 ホントに玄関だけ使わせてもらうつもりだったんですけど、晩御飯まで食べさせて貰っちゃってお風呂まで…… すいません 」


 苦笑いする彼女に『気にしないで』と伝え、俺は寝室に移動して散らかったベッドの上を片付ける。 本当はシーツ類も取り替えてあげるべきなんだろうけど、まぁそこまでする必要もないだろう。


  泊めて良かったんだろうか……


 寝室の片付けをする中で何度も自問自答する。 その度に栞の微笑む顔が頭に浮かんでくる。 


 雨の降る中、彼女のすがるような顔に申し出を断ることなんて出来なかった。 でもこれは、栞に堂々と顔向け出来る事か? 


 今更彼女を追い返すことは出来ない。 一晩だけ…… そう、今夜ただ寝床を与えるだけ。 別に一緒に寝る訳じゃない。 そう言い聞かせて俺は毛布を持ってリビングに戻った。


 雨足が強くなり、アスファルトを叩く雨音が響く静かなリビング。 二人がけのソファーに座って一息つくが、雨音に混じって微かに聞こえてくるシャワーの音になんとなく落ち着かない。 何気にテレビの電源を入れ、別に見るあてもない番組をリモコンを片手に流し見る。 


「お風呂ありがとうございました 」


 ボーッと興味のない漫才番組を見ていると、髪を擦りながら制服姿の彼女がバスルームから戻ってきていた。


 「温まった? 何か飲み物持ってこようか? 」


 彼女は笑顔で首を大きく振り、ペタンとフローリングに座り込む。


「そこは冷たいでしょ! ここ座りなよ 」


 すぐに座っていたソファーを空けて、俺はダイニングテーブルの椅子を持ってきてそれに座る。


「新城さん、私帰りますね 」


 …… は?


「え…… なんで? 」


「いや…… 彼女さんいるのに、なんか悪いなぁと 」


「彼女? なんていないけど 」


 栞と一緒に写っている写真立ては伏せてあるし、他に栞の物は望遠鏡しかない。 なんでいきなり彼女なんだ?


「え? 脱衣所のゴミ箱のパンストの袋って、もしかして新城さん…… ですか? 」


 パンストの袋…… あぁ。


「何日か前に来た友達のだよ。 雨に当たったから風呂場を貸したんだ 」


「…… 良かったぁ。 新城さんがそういう趣味なのかと思っちゃいました 」


「パンストはムリだなぁ 」


 ケラケラと笑う彼女。 制服姿の子と向かい合ってるせいか、俺まで高校生の気分になってくる。


「着替えは持ってきてないの? 」


「いえ、スウェット持ってきてます。 着替えてきますね 」


 彼女は再びバスルームに消えていく。 姿や声は似ていても、話し方や癖はやはり栞とは違う。 それでも時折見せる仕草や表情にはドキッとさせられる。 俺は持ってきた毛布にくるまってソファーに寝転がり目を閉じる。


「もしかしてそこで寝るつもりですか? 」


 目を開けると、バスルームから白のスウェットに着替えて戻ってきた彼女が上から俺を覗き込んでいた。


「ベッド使っていいよ。 とりあえずだけど片づけておいたから 」


「ダメです新城さん! 私は玄関でいいって言ったじゃないですか! 」


 眉をひそめ、困った顔で彼女は俺の毛布を剥ぎ取ろうとしていた。


「玄関なんかで寝たら風邪ひくでしょ? それに藤堂さんはお客なんだから、素直にベッドを使ってよ 」


「だってソファーから足はみ出てるじゃないですか。 窮屈な所で寝ても疲れ取れませんよ? 」


 ひったくるように毛布を奪おうとする彼女に、俺は太ももの間に毛布を挟んで対抗する。


「一晩くらいどうってことないよ。 とにかく俺は君にベッドで寝て欲しいんだよ 」


 毛布を引っ張るのを止めて彼女はため息を一つ。


「もう…… じゃあお言葉に甘えてベッド使わせてもらいます 」


 少し怒ったような口調で彼女は寝室へと消えていく。 ハンガーを壁のフックに掛ける音…… ベッドの上に用意しておいたハンガーはちゃんと使ってくれたようだ。


「それじゃ…… おやすみなさい 」


「おやすみ 」


 寝室の明かりが消える。 寝室は一応壁で区切られてはいるがドアは付いていない。 彼女も少しは眠れるだろうか…… 俺もリビングの電気を消して改めて毛布にくるまった。

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