プロローグ
北海道札幌市。 人口195万人を超えるこの街はまもなく師走を迎える。 街路樹の銀杏は冷たい風に葉を散らし、歩道を黄色く染め上げる。 待ちゆく人々は厚めの上着やマフラーを身に着けて寒空の街を足早に行き交っていた。
市内中心部に程近い、路面電車の走る通称<電車通り>に面した小さなカフェレストラン <たっくんの厨房>
客席はボックス席6つとカウンター席5つ。 オープンしてまだ半年の小さな店構えだが、会社事務所などが近くにあるおかげか昼飯時には店の外に列ができるほどだ。
「Aセット入りまーす! 」
「はいよー! 」
ウェイトレスの浜松 瑠依のオーダーに、気前良く返事をした新城 孝太は、厨房で手際よく具材を炒め始めた。
「Aセット二つ追加でーす! 」
「はいよー! 」
すぐ後の追加注文に、孝太は慣れた手つきで新たにフライパンを用意して二人分の具材を投入する。
「ほい、ハンバーグ定食あがり! 」
同じ厨房で働くのは孝太の同級生の小野 司。 <たっくんの厨房>の厨房は、店長宮地 琢磨からこの二人が預かっていた。
司は盛り付けたハンバーグにデミグラスソースをたっぷりかけてカウンターに乗せ、瑠依が受け取るのを確認するとすぐさま孝太のサポートに入る。 手掛けているAセット三食分の付け合わせを用意し、孝太は炒め終わったフライパンの中身を、盛り付けの終わったその皿に流す。 二人の仕事の息はピッタリで、あっという間に野菜炒めのAセットが出来上がった。
「Aセット上がり! 瑠依ちゃんよろしく 」
「はーい! 」
瑠依の動きも良く、出来上がった料理を両手に持って行っては食事の終わった席の片付けを手早く終わらせ、客の様子を見ながらレジまで回る。 調理のできない店長に至っては全力で皿洗いだ。
「いらっしゃいませー! 」
本日の<たっくんの厨房>は、午後2時を過ぎても客足が絶えることはなかった。
午後9時、<たっくんの厨房>は営業時間を終える。
「ご苦労さん、明日もよろしくね 」
あまり似合わない顎ヒゲを擦りながら、店長は孝太達を見送る。 『お疲れ様でした』と三人は店長と挨拶を交わし、仕事仲間とも『お疲れ』とそれぞれの帰路に就く。 司と瑠依は同じ方向で、孝太だけは反対方向だ。
「孝太! 」
司は立ち止まって遠ざかる孝太の背中を呼び止めた。 孝太は立ち止まり、無言でゆっくりと振り返った。
「…… いや、なんでもない 」
司は苦笑いで手を振って孝太を見送る。 不思議そうな顔をする孝太に、『気を付けてな』と一言添えて背中を向けた。
「どうしたの? ツカサ君 」
瑠依がきょとんとした顔で司に尋ねる。
「いや、今日もまた行くんだろうな…… って思ってさ 」
司は振り返り、遠くなっていく孝太の背中を見送るのだった。