恋の初めは召喚から
「止めないで!」
「止めるに決まっておる!」
セーラー服を着た少女が、薄刃を五センチほど引き出したカッターナイフを頸動脈に向けようとするのを、コメカミから褐色の双角を生やしてマントを羽織った青年が、少女の細腕を掴んで引き留めている。
「私は自殺が叶う、あなたは手っ取り早く魂をいただける。だから、ウィンウィンじゃない!」
「今すぐ楽にしてくれという願いは、契約可能領域の範囲外だ!」
青年は、少女の手からカッターナイフを奪い取ると、手の平から青い炎のようなものを出し、カッターナイフを消し去る。
「フゥー。誓いを立てる前で良かった」
「もう。召喚主に逆らうつもり?」
「召喚しただけでは、儀式は完了しない。良いか? 余は、他人であれ自身であれ、命を奪うという願いを叶えること、決して能わない存在だと心得よ」
「な~んだ。やっぱり、大したことない悪魔だったのか。どうりで簡単に召喚できると思った」
少女が落胆すると、青年は一瞬、ムッとして額に青筋を走らせるが、すぐに気を取り直す。
「悪魔に自殺幇助を願うほど、追い詰められていることは、よく分かった。だが、良いのか? 余の魔力をもってすれば、馬鹿にしてきた奴らを見返してやることだって出来るのだぞ?」
「フン。あなたに、何が出来るって言うのよ?」
「そうだな。望みとあれば、恋人に変身してみせよう。女ばかりの花園で、出会いに飢えているであろう?」
「余計なお世話よ。どうせ私の理想のタイプは、三次元には存在しないんだから」
「ふむ、見くびられたものだな。致し方ない。デモンストレーションといこう」
胡散臭そうに少女が見る中、悪魔はマントをはためかせ、その内側に姿を隠す。
数秒後、マントを打ち払うと、そこには、色素の薄い中性的な体躯の美青年が、ハードケースに入れたバイオリンを片手にした姿で現れた。
少女が呆気に取られていると、青年は爽やかなテノールで言葉を発する。
「どうかね? 王子様系のルックスで、バイオリンが弾ける新任の音楽教員、かつ同じ町内に住む遠縁の親戚で、一人っ子の自分には兄代わりの存在、という思考が読み取れたのだが」
ケースをマントの上に置き、青年が歩み寄ろうとすると、少女は両手を前に突き出し、視線をそらしながら赤面する。
「気に入らなかったかね? 君の描く理想像に、限りなく似せたつもりなのだが」
「イメージそのものよ。わ、私の負けだから、あの、自殺は諦めてあげる」
「それは、重畳。では、改めて望みを言うがよい」
「えっと。わ、私と、その、ここ、恋人になってください!」
少女が後ずさりしながら、しどろもどろに宣言すると、青年は少女の背後にある壁に手を突き、少女の顎に手を添えて優しく正面に向かせると、静かな微笑みをたたえながら確認する。
「その願い、叶えて進ぜよう!」
高らかに宣誓すると、青年は、ギュッと目を閉じて恐怖している少女の震える唇に、そっとくちづけをした。
この瞬間から、少女と青年によるスクールカースト革命が始まったのである。