ある官僚の苦労?いやいやお仕事ですよ
ここは防衛省 超常現象対策課のオフィス、日常の一コマの切り抜きである。
「二宮く〜ん、ちょっといいかな」
「はいはーい、佐藤さん今日も輝いてますね」
この上司に対して舐めた口調の男は二宮、対して頭頂部が輝いているのは佐藤
時刻は月見里が手術を終える数時間前の出来事である。
「いい加減その口どうにかならないかな……減給するよ」
「すんませんしたぁー」
学習能力のない馬鹿に見えるが、これでも超常現象対策課のメンバー、
優秀さにおいては群を抜いていると間違いなく証明できる。
「はぁ、ちょっとお使い行ってきてくれないかな」
「お使いですか?」
日頃は働けと言う上司の言葉に疑問を覚える。
「うん、月見里くんのところまで」
「おっといけない、まだまだこんなに事務処理が〜」
身の危険を感じ、そそくさと離脱しようとする。
月見里 結に会う事は彼にとっては、金を毟り取られる事を意味する。
何度となく彼の金を横領しているのをバレているので仕事以外で会えば
サイフの中身を悉く抜き取られてしまうからである。
「大丈夫、私が替わりにやっておくから存分に怒られてきなさい」
「ご勘弁を〜」
「そんな訳で、はいコレ届けてきてね」
そう言って、取り出したのはみかんがいっぱい入るサイズの段ボールだった。
「これは、最近巷で話題のVRハードっすか?」
佐藤が取り出したのは数十万もする機械であった。
「そうそう、でもねVRなんて技術はいつからあったのかな?」
突然の疑問、それに対して常識的にな意見を返す。
「いつって、ほんの数年前からじゃないっすか?」
「正解だ、じゃあ脳科学の技術的な発展はどの程度起こってる?」
「どの程度って然程変わってないんじゃ……」
「そう、そんなに変化はないんだ」
「それがどうかしたんすか?」
「よく考えてみてくれ、VRなんて技術は脳科学の発展に伴っているはずだ」
「そりゃそうっすけど、あれ……なんで違和感が無いんだ?」
彼自身の中で違和感が芽生える。違和感が無い事に対する違和感。
言葉だけなら一見矛盾しているが、常日頃から常識外と接する彼等もまた
根本的な意識が凡人とは掛け離れている。否、ややズレている。
「そこ、私も気づいたのは偶然だったんだ………一ヶ月前に遠野に出張して現地の
霊媒士が言っていたんだよ 最新の機械は霊体に干渉できるようになったんだねぇ
なんて………そこで気づいたんだよ……この異常さに」
そもそもこの超常現象対策課……もう長いので超課でいいや。
超課には担当部門が存在する。霊や妖怪などの人間の認識に依存する化け物に対抗
する怪異部門、超能力や魔法に目覚めた人間達の社会への露見や国家転覆を阻止し
続ける異能部門、クローンや無限機関、タイムマシン等の危険技術を開発する
科学者と闘う科学部門、の三つに加え 一般人の保護や証拠隠滅 等の他部門の
後始末を行う工作部門、の四つが存在する。
その中で佐藤は怪異部門、二宮は工作部門に所属している。
だが、政府組織とはいえなにも超常の力が扱えるわけではなく、そういう力に
目覚めた、或いは扱える人間を雇って対抗している。無論その中の殆どは月見里の
クラスメイトであり、月見里はその元締めの如く扱われている。
「なるほど 事情は分かりました、でも何でそれと結くんにそれ届けるとの
どんな関係があるんですか?」
大体のことを理解した二宮であるが肝心の本質が分かっていないようである。
「まだ何も分かっていない現状では私達が動いているのは好ましくない」
「別口の奴等に勘付かれてもめんどいっすんすよね」
幾ら政府組織であっても一枚岩ではない。超課の存在を知る人間の中には
彼等の事を疎ましく思う奴らもいる。そんな連中に嗅ぎつけられては厄介だ。
それに加えて敵対勢力の連中にも不用意な行いを悟られては無駄な手間が増える。
「そうそう、だから外部の人間を使った方がいいんですよ聞いたところによる
と結くんは夏休み中は入院するらしいね、そしたらお見舞いの品として彼………
いや彼女に届けてきてね、渡しておけば何も言わなくても手掛かりを見つけて
くれると思うよ」
「彼女?」
彼ではなく彼女?
不可解な疑問に二宮の思考はやや停止する。
「聞いてないのかい?月見里くん手術して女の子になるとの事だよ
何でも元々の性別が女の子だったけどホルモンバランスの異常で見た目だけ
男の子になってたとか」
「ふ〜ん、じゃあ何で結く……ちゃんに頼むんですか?」
「知ってるかい実は彼女、ゲームの達人なんだよ」
「ん?ゲームなんてやってましたっけ?」
「やってるよ、ついでに言うとあのドラフィー6の裏ストーリー事件の
主犯だよ彼女」
「……………はぁ!?」
ドラゴン・ディフィート……発売と同時に一世を風靡した伝説のゲームであり、
ゲームを余りやらない人種でも一度はプレイする程の人気作で世界じゅうに熱狂的
なファンがいるRPGゲームである。勿論、VRが普及する前の話だが…………。
その代8作目であるドラフィー6は裏ストーリーの難しさに数多の廃人が
匙を投げる程でその分のクレームが飛び交ったいろんな意味での話題作である。
そのドラフィーの通常ストーリーは申し分無い名作だったのだが、裏ストーリー
となると途端に難易度が強制的に跳ね上がり、最も簡単なモードでも序盤の敵で
倒すのに最低でも半年のやり込みが必要だったのである。
この様な事態に陥ったのには製作陣の不幸が重なったからである。
ゲームバランスの調整担当とストーリー担当が暇つぶしと悪ふざけで作り出し、
超難解となった裏ストーリーをうっかりで製品化してしまったのである。
しかもその道で名の知れた人物であった為、審査なども顔パスならぬ名前パスで
素通りしてしまい本人達の知らぬ間にあれよあれよと間違った裏ストーリーが
製品として出回ってしまった。そこには審査担当が新人だったのと本来、
審査するはずだった人物が産休で休みを取っていて人手不足だったのもある。
そして数日後に早速 通常ストーリーをクリアした廃人からのお便りで
裏ストーリーの異常性に気づき修正パッチを配信した。
そして、事件は起こった。
それは不慮の事故だった。
ゲームバランス担当とストーリー担当の二人が呼び出され、本社に行くために
乗った飛行機が事故に遭い、二人は帰らぬ人となった。だが、偶然にも
ストーリー担当の遺書が発見され、その内容が世に伝わる事となった。
その内容は………
”名前も知らない誰かにお願いします。俺の最期のゲームをクリアして
娘にプレゼントを届けてください もし攻略できたらドラフィー7の発売を
お約束します。”
このストーリー担当は生前 家族に出来上がったストーリー原稿を預けていた。
これは妻が恐妻家だったのとサボり癖があったのと直ぐに物を失くすので妻が
仕事関連の管理を行っていた故である。そしてその遺書を見た妻は会社と取引し、
もし旦那のストーリーを攻略できたのならば旦那の書き上げた原稿を引き渡す
事を会社と約束した。
故にこれは数多のゲーマー達の魂を奮い立たせた。伝説をここで終わらせるな、
とか 娘さんにお父さんの最後のプレゼントを とか十人十色な目標でパッチを
外し、裏ストーリーの攻略に乗り出した。
だが、それは余りにも高すぎる壁であった。攻略に乗り出したその多くは心を
砕かれ、ゲーマー引退に追い込まれる人もいた。そして半年が経ち序盤の敵の
攻略法がやっと見つかった頃、ゲーマー達の間に激震が走った。
それはある攻略サイトにアップされた大量の記述だった。
それは裏ストーリーに出現するモンスターのリポップや弱点、経験値効率の良い
スポット、アイテム一覧とその製作法や素材の入手法、等々の膨大な情報の最後に
真打の如く記されたストーリーの攻略法…………。
それは数多のゲーマーの間で検証が行われそれが全て真実であると分かった時
ゲーマー達はこの情報の発信者を探し始めた。しかし、ただ一人を除き
見つける事は叶わなかった。それもそのはず、当の本人、月見里 結は趣味程度の
感覚でネットカフェからサイトにアップしただけだったし、日本中を夜逃げ同然で
引っ越していたので見つけること事態ほぼ不可解だったのである。
そして事の顛末であるが、ちゃっかり会社にネットで一報入れておいたので
妻もそれを認め、ドラフィー7の発売が決定した。そして裏ストーリーの最後には
父から娘へのプレゼントの在り処が伝えられる仕様になっていた。しかしそれは
正しい順序で攻略しないと分からない仕様だったので、あえて間違った攻略法を
アップしていたのである。父の愛情を晒す程無粋ではなかったのである。
なので攻略法は分かったが、娘へのプレゼントは全く分からなかったので
その不可解さから ドラフィー6裏ストーリー事件と呼ばれるようになった。
娘へのプレゼントがなかったという一部の心無い批判もあったが、会社は
親子を慮って一切の批判に応じなかった。
当時、公務員試験で忙しく勉強していた二宮にもそのニュースは
届いていたのである。だが、それが月見里だとは欠片も思わなかったのが実情だ。
「その様子だと知らなかったみたいだね、ネットの住人からは神のように崇め
られてるけど、ちなみに今までの情報の八割はその時出会ったネットのお友達
から仕入れているらしいよ」
その情報源は唯一月見里の存在を探り出した一人の少女、あのストーリー担当の
娘であるがそれはまた別のお話……。
「なんか納得したっす」
「というわけで諦めて行ってきなさい」
「つかそれ、佐藤さんが自分用に買ったやつなんじゃ……」
かく言う佐藤もその伝説を知り検証した内の一人である。
月見里の事を知ったのも偶然であり、それまでは単なる伝説として扱っていた。
最も本人を知ってからは憧れが生まれて親しくなり、何かと便宜を図るように
なったとか……。
「無駄口叩いてると減給するよ」
悲しみの果ての決断である。六十万を国家の存亡かもしれないので……
という理由で捨てる。まあ、それでも新たな伝説の一端を拝めるかもと
思ったのでそこまで惜しくはなかったりする。
「デリバリー行ってきまぁーすっ!」
「ふぅ、魅せて貰いましょうか シナリオリーダー 月見里 結………
なあんちゃって」
余談だが、勘違いで借金がチャラになったとぬか喜びした二宮が
佐藤に言いふらしたので六十万を給金から天引きされたとか……。
馬鹿はやっぱり馬鹿だった。
忙しいので多分もっと不定期になるかも
………ご容赦