新作を求めて幾星霜
不定期ですいません
「おはざーっす」
教室に入りいつも通りの定型文を口にしておく。
家ではしないが他所でくらいは挨拶をしておかないと忘れてしまう。
習慣が失われれば僕の残っている人間性が消えてしまう。
だが、真に恐ろしいのは人との繋がりが失われてしまう事だ…。
そうなればクラスメイトの……色恋の……出歯亀が出来なくなる。
いや、正確には出歯亀をしていたのが見つかった時に社会的地位が
失われてしまう。
いや、覗き見してただけでアウトだと思うそこの貴方!
仲間との信頼関係の有無によって、変態と駄目な友達の境界線の分かれ目
がきっちり存在する!(経験談)
「おはようさん」
そう言って気怠そうに返事をしたのは、稲守 希匠 オックスフォード。
僕のゲー友でアクションゲー全般や格ゲーを得意としている。
母親がイギリス人でイケメン金髪の一見するとエリートといった雰囲気だが、
実際はゲーム廃人予備軍でそれを上手いこと隠し通している…まぁ、ある意味での達人だ。
最近だと2Dゲームだと指が痛くなるという理由でVR環境のゲームをやってる…
という、やや2Dゲームへの侮辱が入っているが本人は至って真面目なので憎めない
奴である。
ちなみに、英国のどこぞの大学とは全く関係ないらしい。
それでよく頭が良いと勘違いされがちだが本人の脳みそはいたって普通である。
学業が…普通である。
「遂に 花海鮮の裏…クリアできた」
花海鮮とは今朝方僕が裏ルートをクリアしたABのソフトで、
《怪異大戦争 華舞編》の別称である。ABとはアクセスブレインの略称であり、
近年発売されたVRシステム対応ハードとして最初に発売された代物である。
そのソフトで初期型でありながらも不朽の人気を誇る怪異大戦争シリーズの
第1作目の花海鮮はVRシステム特有の挙動を逆手に取って、初期型特有の限られる
挙動の中で必殺技アクションを複数の行動の組み合わせにし、自由にカスタム
できるVR初の必殺技改造システムを実装した伝説のゲームである。
だがその代償として、製作陣の24時間労働があったという寒気のする噂がある。
そしてその製作中の一部の人間の狂気が生み出したとされるのがあの難解極まる
裏ルート……。
ギャルゲーガチ勢と格ゲー変態挙動である事が前提のルートとかあっちゃあ
いけないけど、実在しているから製作陣の24時間労働の噂も真実味を
帯びてくるというものだ。
「おう、お疲れさん で、大人用RPGはどうだったんだ」
大人用RPG、これも花海鮮の別称だが こちらは怪異大戦争のシリーズ全般を指す
事が多い、大人用の理由は押して測るべし………だ。
「プレイヤースキルの要求度が半端ねぇ、裏以外の全ルートクリアでやっと
挑戦権獲得って感じ………ぶっちゃけ言えば変態さん御用達だったわ」
「その変態さんにお前はなってきたと?」
「お前さん程じゃないがな」
コイツは格ゲーのトップランカー(人外の領域)で最近だと自分の手と足で
対戦しようと頑張っているらしい。
先週末にその結果を見せて貰ったのだが
……人間の挙動じゃなかったとだけ言っておこう。
そんだけやってれば指も痛くなると思うぞ……うん。
「まあいいや、お疲れさんストーリーコレクター」
「労いどうも、ピエロさん」
互いのハンドルネームで呼び合って馬鹿にする。
いつも通りの日常だが、これが無くなるのは実に惜しい……。
「グーテモーゲーン、おっはよう私の嫁御〜」
唐突にダイブで飛び込んでくる少女を希匠を盾にして回避する。
どこぞの怪盗三世さんも真っ青な曲線美を描いていたが敢え無く
壁に阻まれ撃沈。
九死に一生を得たかと思いきや、直ぐさま立ち上がり、今度は凪の如き静かさで
僕の頭をその豊満な胸部装甲で覆い尽くした。
絶望的なまでの身長差は僕の反逆を許しはしなかったのである。
「………」(バシバシ)
「だあい好き、ムスビ」(ムギュー)
「…………」(沈黙)
このやたらと胸で僕を窒息させようとする女は小鳥遊 雑賀 身長163センチの
スタイリッシュ系お姉さんキャラのクラスメイトだ。
大昔からの腐れ縁で他所の組との抗争があると金回りの処理やら飯炊き要員として
僕を引き連れ回しては嫁だと公言する……悪魔である。
最もそれは彼女が由緒正しき仁義あるヤクザの孫娘であるからであって、
僕は単なる被害者でしかない。
愚連隊だのカラーギャングだのと関わっていた訳では…………多分ない 筈。
「おい、小鳥遊その嫁御が天国で天国に逝きそうになってるぞ」
我が友が救いの手を差し伸べる。
若干嫌味が混じっている気がするが気にしたらいい娘を紹介しろだの、可愛い子が
バイトしてる店教えろだのうるさいから……。
仮にもゲーマーなら物欲捨てろ、物欲しセンサーが働くぞボケナス。
「あ、ごめんごめん ついつい休み明けでムスビちゃん成分が不足しちゃって」
ムスビちゃん成分って、僕 犬猫ちゃうね
「オンナノコ コワイ サイカ イヤダ」
「お〜い、大丈夫か、SAN値チェックっと」
額に走る衝撃、パチコーンと調子のいい音が響き正気に戻る。
「はっ、僕は一体何を」
「天国にいた」
渾身のボケに希匠が反応する。
すると方々から、
「夫婦漫才ええなぁ」
「お裾分けが欲しいでござる」
「今日も可愛いねムスビちゃん」
クラスメイトが各々の感想を口にする。
これも決まりきった日常だ。
「そういえば結、お味噌は買うか?」
唐突だなぁ、おい……お味噌と言えば《Twisting・Mythology》の略称
で近日中に発売される超大作ゲーじゃないですか……まあでも買えないけど。
やや突発的な問いに対して答えを用意出来ずに数瞬困惑してしまうけど、
答えに思い至って、諦めを吐き出すように答える。
「買わないよ、てか買えないし、金ないし、時間もないし、挙げ句の果てに
アクブレ2は入院するから買いに行けない、ついでに言うと病院だから
大きいサイズのアクブレも持ち込めないんだよ」
そもそもの問題としてABは据え置き型のハードなのである。
大きさは水20L分の体積ぐらい……分かりやすい言えば炊飯器ぐらいの大きさだ。
新たに発売されるAB2はサイズがヘルメット程ではあるが庶民のお財布では
到底届かないお値段なのである。
それに加えてAB2の発売日はお味噌と同日でどの道入院するので買えない。
ABはちょっとした収入があったので買えたたのだが、
さすがに今回は諦めるしかないだろう。
余談だが、お味噌はAB、AB2共に対応したMMOである。
「そうか、じゃあこれは無駄になったか」
そう言って懐から取り出したのは《Twisting・Mythology》、
お味噌の初回限定盤のパッケージ………。
「お前何した……まだ発売されてないだろ、それ」
本来、誰も手に入れる事が不可能な筈のそれを持つ友人を
窃盗犯として警察に突き出すべきか迷っていると意外にもその出どころを
あっさりと自白した。
「いやぁ、 ほら一応俺ってeスポーツの上位ランカーじゃんそしたらβテストの
お誘いがきてその報酬……つってもβテストで使ったやつをそのまま持って
帰っていいらしく俺には無用の長物と成り果てた訳だ」
なんともコイツらしい話だ。
「で、それはどうすんの今は市場に流せないだろう」
当たり前だが、発売前代物を市場に流通させれば信用問題になる
となるとコイツは何でそんな物持って来たんだ?
「何鈍いこと言ってるんだよお前にやる為だよ」
コイツは……
「お前ってそんなに聖人だったっけ?」
「失礼な奴だな、アクブレ2買ったら金が無くなるだろうからソフトぐらいは
用立ててやろうと思ったんだよ」
「それなら有り難く頂いておくよ で、報酬は?」
絶対無償な訳ねぇし……。
「レイドボスとユニーク関連の情報を優先的に渡してほしい」
ほれ見ろ、絶対なんかあると思ったよ……。
最もこの取引は互いのプレイスタイルと腕を熟知しているからこそ
できるものだ。
「了解、でもアクブレ2は持ってないし、買えるとしても当分先だぞ」
「そこは先行投資という事で、流石に俺はソフトを用立てるのが限界
金は親が握ってるから小遣い以外動かせないからアクブレ2は無理」
ソフトだけでも十分だっつーの、情報の流出ぐらいなら安いどころか
お釣りがくるな、なんせ日本1位との協力プレイが約束された様なもんだ。
考えるだけで心踊るな!
「じゃあ、私がアクブレ2用意しよっか?」
ここで今まで黙っていた、雑賀が口を挟んできた。
なんとも魅力的なお誘いだしコヤツならば出来ない事はないだろう。
「丁重にお断り致します」
身の危険どころか貞操の危険がある取り引きなぞ出来ん!
「希匠との取り引きがよくて何で私のが駄目なのかな」
「身の危険を感じる取り引きはできません」
「え〜、そんな〜」
ここでちょうど担任の足音が聞こえてきたので全員が自分の
席に着き始めた。かくいう自分もそそくさとブツを鞄へしまう。
「そういえば入院って、またいつものか?」
ここで隣の席の希匠が遅まきながら気づいた様な顔をして聞いてきた。
「………………ああ」
正直言って余り気が進まなかった。
親友に嘘をついたのには胸が痛んだ。
僕はしょっちゅう貧血や諸々の都合で治療で入院している。
最もそれは今回まで……。
「しっかし、最近髪伸びるの早くないか今日は終業式だからいいけど普通は
それ違反なんじゃねーか?」
「......んなの気のせいだろ、あっ、山田先生来たぞ」
ちょうどいいタイミングで担任の先生がやって来た。
そして今日という一日が過ぎていった。
起こった出来事を強いて言うなら、終業式の集会で僕が貧血で倒れて
強制的に早退となってしまった事だろう。
全く以って、希匠の指摘は痛いところを突いていた。
僕の名前は月見里 結、物語をこよなく愛し、
かなり特殊な環境に身を置く高校一年生………15歳、身長150センチ。
数日後………僕は男では無くなる。
すいません、次回までリアルパートです。