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汝 何故物語を愛するか?



タイトルは合ってるのでご安心を……





「ユウキ君 ユウキ君 目を開けてお願い」


「もう ユウキ君……ごめんね」


 首筋に噛み付かれ、肉体が吸血鬼のものへ変化し始める。

人の体が吸血鬼のものになるにつれて、人外の存在へと変貌していくのを

ありありと感じる。


「これでもう引き返せないよ さあ立ち上がって」


 吸血鬼の力で息を吹き返し、残った気力を振り絞りながら……、

今回こそは、と決意を新たにして目を見開く。


「行くよ ユウキ君!」


 負けられない!この先を・・・新たな未来を切り開くっ!


 そして始まった大激戦。

銀の弾丸が空を切り それを視認して避けレイピアで反撃する。

飛び道具と近接武器ではどちらに利があるかは一目瞭然だが、

吸血鬼にはそれを補う様々な能力がある。

たった今 吸血鬼になったばかりだが手に取るよう分かる。

何せ長い間、相方が頻繁に使っていた能力だ。

初見では無いから独自の活用すら容易に行える。


 今回こと思い、伝家の宝刀『社畜製造機Ω』と『睡魔絶対潰すマン』に自家調合

で色々混ぜた危険仕様の一品を飲んでおいた。

そのお陰で現在のパフォーマンスは過去最高の危険域に突入している。


 思えば長かった。

 コイツをプレイし始めて早2週間……

ラスボスの隠しルートの開拓条件がヒロインの好感度を一切下げないという

ギャルゲーではありがちな展開ではあったが、それをアクションRPGで行うという

暴挙を平然と繰り出してきた。好感度を下げないために戦闘に全部出撃させ、

その他にプレイスタイルにかなりの縛りを入れる必要があったのはマゾでも

泣いていい位の難易度であった。


「これでトドメだっ!」


 近接からの必殺技の連続コンボ。

少しずつ減り続けていた敵HPが減少し、やがてゼロとなる。

そして眼前の敵(ラスボス)は片膝を地面につき、ストーリーが進行し始める。

 だが、ここで油断しては危険だ。

難易度的に最後の悪あがきと称しての強制イベントの可能性を踏まえてねばならない。


「愚かなる咎人よ、いや もはや吸血鬼と成り果てた者よ、何故人間を裏切った!

 貴様程の腕ならば万の、それ以上の怪異を屠る事も出来たであろう!」


《1.そこに泣いてる女の子がいた、ただそれだけの事だ…》


《2.何を言っている、先に裏切ったのはお前らだろ!》


《3.怪異と人が手を取り合う可能性、そこに希望を見出だせたのさ…》


 ほれ見ろ、最後の選択が出てきた。

しかし、この選択、十中八九答えがでていると言える。

別ルートのバットエンドではヒロインが早期に死んで敵も仲間も諸共殲滅する

脳筋御用達虐殺ルートのセリフが2、

トゥルーエンドの正統派最強主人公を全力で頑張る俺tueeeをやりたい人

御用達の御都合主義ルートでラスボスに言い放ったセリフの選択肢の3が

選択肢と重複している。


 したがってこの選択は1で決まりという訳だ。

おそらくこの裏ルートは他の高難易度ルートを攻略する事を前提として

作られたのであろう。

そうでなければあの超難解フラグ(バットを経験すれば解読可)や

レベル差の激しい敵との戦闘(トゥルーで修行すれば挙動把握で対応可)

の存在は説明がつかない。


 このルートには製作陣の壮大な大喧嘩の末に出来上がったという噂があるが

真実は最早、闇に葬られているだろう。


 てな訳で、1を選択……


「そこに泣いてる女の子がいた、ただそれだけの事だ・・・」


 高揚感が全身を包む、苦労が報われる瞬間が遂に訪れたのだと…


「そんなくだらん理由……いや、昔の私ならそうは言わなかったな」


 そしてラスボスの懺悔の様なものが始まった。


「何故だ!お前は血も涙もない怪異の討ち手の筈だっ!今更どの口で…」


 ロールプレイに酔いしれながらカッコいいセリフを絞り出す。

ノベライズされた主人公のセリフをまんまトレースしているに過ぎないが、

作品(プレイ記録)の完成度を高めるにはやっておくべき事である。


「私も昔、美しい怪異と惹かれ合い互いに結ばれると思っていた…だが私は

 愛する人を…雪を撃った そこにいる妹を怪異から守るためにな……」


「……怪異は互いに惹かれ合う、強い怪異の側には自然と他の怪異が集まる

 そして一度縁が築かれればもう人の世では生きていけない…」


 作中の設定で基本事項を言う。

勿論ノベライズの主人公のセリフである。


「そうその通りだ…雪は妹を怪異にしようとしていた雪女になればいいと

 しかし、それは多くの討ち手の殺意の対象となる事を意味する……それを

 俺は許せなかった」


「それは……違う、雪さんはこいつを芽依(めい)をしたくて怪異にしようと

 したわけじゃない、寧ろ怪異にならない為の布石を打とうとしていたんだ」


 ここからは完全なアドリブ。

先程のセリフは他のルートと被る部分を流用しただけである。

今からは完璧にオリジナルの僕独自のセリフ回し、数多のギャルゲーをクリアした

経験を、ノベライズを何度も読み直して勉強した結果をここで発揮せねば、

苦労の全てが全て水泡に帰す事になってしまう。


「……馬鹿な、そんな事ある筈が」


「あるね、雪さんは吸血鬼が芽依の血を吸わない様に先に縁を繋ごうとした

 それに雪女という格の低い怪異なら雪さんが消えれば芽依との縁も消えて

 雪女という怪異自体との縁も無くなり、ただのごくごく普通のこんな世界と

 関わりのない……一人の女の子になってたんだよっ!………これが証拠の手紙だ」


 バットエンドの中盤で手に入る手紙の記述を語り、投げつける。

正直言ってクリアした後にとても後味の悪い話だった。

ヒロインは序盤で吸血鬼になり、妖怪退治の専門家である兄と殺し合いを

始める…それを主人公が止めようとするも、あと一歩のところで力及ばずに

ヒロインが死亡……。

そして復讐を決意した主人公はその兄の心と体を完膚なきまでに殺し尽くすべく

様々な手法を取る。

手紙はその一環で手に入るキーアイテムだ。これはこの裏ルートだと

入手する為に芽依を吸血鬼にした吸血鬼の女王の下僕となり、様々な嫌がらせを

乗り切ってやっと手に入る血と汗と涙の結晶である。

僕がこの手紙を手に入れる為にどれだけ人としての尊厳をドブに捨てたのだろう。

17歳規制のDの印は伊達ではなかったという事か……。


 余談だが、その後主人公と兄は相打ちになりあの世でみんな大団円という

誰も得をしない涙だらけ展開となった。

かく言う僕も途中でこの裏ルートを諦めようかと本気で思う程鬱になってしまった。

まぁ、その後復活したけど……。


「では、私は雪の思いを踏みにじった挙句その思いすら無駄にしたのか……」


 そうだと言いたい、凄く言いたい。

でもここで言ったら苦労が水の泡、あの鬼畜女王のご要望に添えるようマップの

端から端まで行って採取してきた宝石を全て労いの言葉もなくゴミの如く捨てられ

次の命令を下されたのを忘れてはいけない。


 期限内に終わらせる為に休日全てを捧げたのを忘れてはならない……。


「そうか……雪…そうだったんだな、お前達今まで悪かった、私はずっと

 間違えていた人と怪異は分かり合える、お前達はそれを証明してくれた、

 だが私がそれを見届けられないのが残念だ……」


 は?未知の情報があったのか?

全てのルートを網羅したとはいえ、漏れがあったのか!?

やばい、兄の死亡は良いのか悪いのかてんで分からん……。

しかし、もう引き返せない…それなら全力のロール・プレイを見せてやる。

無茶と無謀をごった煮にした様な覚悟を胸に今一度気合いを入れ直す。


「見届けられない?それは一体どういう」


「言葉通りの意味だ、私はもう長くない、医者に言われたよ癌だとな、

 無茶な運動をすれば命は保証できないとも言われた、あと吸血鬼にしても

 無駄だぞ、その不死の本質は再生力にこそある、その力が馴染む前に事切れる

 のは目に見えているぞ」


 成る程、つまりここで死を看取れと……。

若干の予想通りの結末に何とも言えないもどかしい気持ちになるが致し方ない、

ここはルート通りの主人公を演じ切らねば……。


「じゃあ…俺達はどうすればいいんだ?」


「俺を食え、そうすれば向こう100年は安泰だ……並の人間では吸血鬼の腹の

 足しにはならんだろう、だが私の血は妖気を浴び過ぎて人外の生命力を得て

 いる、そうすれば人間を食わずに人の寿命くらいは生きられるだろう」


「そうか、芽依……」


「いや、お前が食え」


 いやちょっと待て!

普通ここは妹に食わせて愛する人を一人残して孤独に彷徨い始めるんじゃないのか?

予想が外れて呆けている内にその言葉の意を伝えてきた。


「お前が私を食らい、そのお前を妹が食うそうすれば100年って話さ」


 粋な計らいを……。

さて、ここで終わりか……そう思って奴に近づく、無論 技の発動モーションは

いつでもとれるようにしておく、可能性を全て潰しておかねば最後の最後に

はっはっはー、隙を見せたな小僧、と言って裏切る爺さんが居たんだよ……。

このゲームには敵である事を一切悟らせずにルートの最後まで引っ張ってどんでん返しを

しでかす爺さんがなぁ……。


 てな訳でこのゲームの人型キャラに一切の信用のないので決して武器は

手放してはならないというのはこのゲームの常識だ。


「妹を……芽依を頼むぞ義弟(おとうと)よ……」


 敵の首筋に噛みつき血を啜っていると不意にそんな言葉を言った。

この時、芽依は兄殺す事を止めはしなかった。

どうやっても足搔けない現実を知っているからだろうか…?

このゲームは愛と理不尽がコンセプトだし……。


「はい…この命に代えても」


 ここでもロールプレイは忘れない。

模倣やなりきりで終わる中途半端はプロの観点(自称)からだと異常なまでの舐めプ

扱いになるので、やると決めれば最後までやるのがポリシーだ。


「……雪……すまな……かった……今…そっち…に……」


 そして敵だった彼は目覚めぬ眠りに就き、血を失ったその体は灰となって風と共に

去って行く……。

深夜の森の中というシチュエーションで残ったのは主人公とヒロインの二人だけになった。


「逝ったね、ユウキ君……これで良かったのかな……」


 ヒロインのセリフを皮切りにアバターが自動化(オート)に切り替わり、

ラストシーンと戦没者リスト一覧(過労で倒れた製作陣の)の表示が始まる。


 余談だがユウキというのはベースとなる主人公の名前である。

僕としては余り好みの名付けではないが作品の世界観を保つ為我慢した。

厨二臭い名前は昔 嫌と言う程聞いたので飽き飽きしていたのである。


 おおよそのラストシーンを終えてセーブを終えた僕はログアウトし、学校へ

向かう準備をする。


「やっぱり物語は素晴らしい……」


 いつもの口癖となったセリフを呟き、玄関をくぐる。

誰もいない家 故に行ってきますなどという日常の動作すら虚しいものとなって

久しいが、朝一番のゲームクリアで高揚した気分が取れなかったのか、

良ゲーを攻略した後の口癖を呟きながら家を出てしまった。


 ふらふらとする足取りで学校に向かう。

明日から夏休み………でもなぁ……はぁ。

その予定に悲しさを覚えながらも学校へ向かう。


 そんな中でもゲームをクリアした達成感は消える事無く胸に残っていた。







出だしが遅いので暫しお待ちを……

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