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青白く光る

作者: 中倉三利

前からやりたかったシリーズ


テーマに沿った短編を作ってまとめてみよう!

シリーズ第一作目は【夜】をテーマに!


短いものなら3,000文字いかない程度、長いものなら10,000文字超える程度にしようと思います。


今回は6作ぐらいを目標に!(まだ2つしか作れてないけど)

異なる主人公と異なる設定と異なるストーリーになるように、のらりくらりと投稿していきます!


どれか一作だけでも、あなたのお気に入りの作品になれば幸いです。

 私はベランダに出ていく彼を眺めていた。引き戸を開けると、乾いた冷たい空気が室内に入ってきて、息苦しさを和らげてくれた。


 「さっむ。」


 ボソリと呟いた彼の言葉は、独り言なのか、私に向けた言葉なのか、わからない。引き戸を閉め、彼は背中を向ける。ポケットからタバコを取り出し、オレンジの光が見えたかと思えば、すぐに消えた。そして細く白い煙が、ゆらゆらと形を変えながら一筋の線となって登っていった。彼が私の家でタバコを吸う事は初めてだ。二人にとって大切な話のはずなのに、話の腰を折ってタバコを吸う彼が理解できない。苛つきは哀しみに変わるが、ふわりと消えるタバコの煙を眺めると、不思議と落ち着いた気持ちになる。



 彼とはインターカレッジサークルで出会い、二年間付き合っている。いや、間もなく『付き合っていた』になる。爽やかな印象の彼は、酒に酔ったときだけタバコを吸った。サークルの飲み会で、一人離れた席で伏し目がちに紫煙を吐く彼が色っぽく見えて、その日から恋に落ちていた。何度かデートに誘い、四度目のデートで告白を受けてもらった日はとても嬉しかった。一緒に夏祭りや水族館、遊園地にも行った。始めて家族以外の異性の人に手料理を振舞った。初めてのセックスは痛くて、事後のキスが優しかった。二人でたくさん思い出を作り、平凡な日々も彼と一緒ならとても特別なものに見えた。しかし、幸せな日々は簡単に崩れ去ることを知った。


 「他に好きな子が出来た。」


 短く発せられた言葉は、私の心に深く突き刺さり、途方もない痛みを与えた。


 「嫌だ。別れたくない。」


 涙を流し懇願する私は、彼の目にどう映っていただろう。彼は静かに「ごめん」と言うだけで、今までのように、泣く私を優しく抱きしめてくれなかった。


 「今日はもう帰って。今は何も話したくない。」


 彼は黙って私の言うことに従った。私は一週間家から出ることなく、静かに泣いて、泣き疲れては寝て、起きたらまた泣いてを繰り返した。

 一週間経って涙も枯れ果てた頃、きちんと彼と話をしようと、今日、この場を設けた。今、彼は最後の一服を味わうかのように、大切にタバコを吸っている。一度だけ、彼のタバコを吸ってみたことがある。セックスのあと、幸せそうに眠る彼の寝顔を見て、ふと彼が何故タバコを吸うのか気になったのだ。コソコソと彼のタバコを手にベランダに出て、見様見真似で火をつける。息を吸わなかったため、なかなかタバコに火はつかなかった。思い切って息を吸い込むと、熱い煙が肺に広がっていくことを感じ、すぐに咳き込んだ。咳が落ち着いてから、彼の言葉を思い出す。


 「ゆっくり息を吸い込むんだ。思い切り吸い込むと味が悪くなる。細く静かに吸い込んだら、ゆっくりと息を吐く。本当にゆっくりと。そうすることでタバコ本来の味を楽しむことができる。」


 彼の言葉通り、ゆっくりと息をする。肺に溜まる煙は、ただただ私を不快にするだけだった。しかし、細く登る煙を眺めるだけで、何故か心が落ち着いた。煙が空へ伸びる様子を眺めると、青白く光る月が見えた。月は私をじっと眺めているように感じ、何故かとてつもなく悪い事をしている私を咎めているように思えた。私はすぐにタバコを消し、眠る彼の横に潜り込んだ。寝惚けた彼は優しく私を抱きしめ、罪悪感に苛まれる私を慰めてくれているかのように思えた。結局、彼が何故タバコを吸うのか、私にはわからなかった。



 ベランダから彼が帰ってくる。記憶の底から現実に帰ってきた私は、彼の目をまっすぐ見つめた。彼は、私と目を合わせないようにしていた。伏し目がちにするその様子は、恋に落ちたあの時に似ていた。


 「話の続きをしようか。」


 疲れたように呟く彼の言葉は、独り言にも、私に投げかけるようにも聞こえた。私は、彼がひどく可愛そうだと思ってしまった。本当に可愛そうなのは私のはずなのに。


 「もういいの。」


 自然に口からこぼれた。


 「もういい。私、もう十分だよ。あなたを好きになってよかった。今はそう思える。」


 「本当にごめん。」


 「ううん、もう謝らないで。これも仕方ないことだと思うの。」


 「…ごめん。…ありがとう。君と過ごした時間を忘れないよ。」


 彼はそう呟くと、ポケットから合鍵を取り出した。そして振り向くことなく部屋を出た。テーブルの上に置かれた銀色の鍵は、冷たく光っていた。その瞬間、枯れていたと思っていた涙が、ひと粒だけ零れた。おそらく、最後の涙。

 重たい体を動かし、ベランダに出る。あの日と同じ月が浮かんでいた。ただ、その光は悪事を照らし出すものではなく、優しく、私を慰めるような、柔らかな光だった。懐に潜ませていたタバコを取り出し、火をつける。相変わらず、不味い。真白い息が口から流れる。これは煙?それとも吐息?今はそれすら分からない。月の光を受け青白く伸びるそれは、私の心を落ち着かせる。いつか、この恋を思い出し、大切な思い出になればいい。今はただ、タバコの煙のようにふわりと消えてしまえ。

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