其の六・山の秘密
警察関係者たちが外に出ると宿泊者などが大勢、外にいた。
「何があったんです?!誰か刺されたって云うじゃないですか?!こいつか?こいつがやったのか?!」
百目野の周りを景観が取り囲んで車に乗せた。
「先生!百目野さんが犯人なわけないのに!」
「相馬くん、今はどうしようもない。彼が疑われてもな。だが、どう調べたって動機など出てこないさ」
「あの人は、キノコの恐ろしさを目で見た、唯一の目撃者。時間の無駄です!」
「どうしようもないんだ。明日の調査は相馬くんと私が中心だ。命の危険もあるかもしれないぞ」
「対策は塩ですか?」
「菌根菌類は何に弱い?」
「塩は菌根を枯す、日光、火、熱湯です。後は薬」
「そうだ。塩や日光、火、熱湯は表面だけだ。全滅させるには除草剤などの毒薬、土中に染み入り根絶させる」
「濃度の高い塩水を土中に流し込むと云う手もありますが、しかし…」
「うん、山は死ぬ、百目野くんたちが麓で助かったのは…」
「温泉街は日光と熱湯があるから?」
「そうだ。理論上は此処が安全地帯なんだが、保証はない」
「そのうち、奴らは日陰と湯路を避けた道を作る。此処を取ったら町に繁殖を広げる」
「先生は危険を知ってて、警官たちと山に入るんですか?」
「仕方ない。そういなければ大災害になる。観光客全体を避難させられる。其れとあの広場だ。あそこが鍵だと思う。其れの調査だ」
「橋田さんの事件でキャンセルして帰ったお客さんは数人いましたが、せっかく来たのにもったいないと、殆どのの人は残っています」女将はおどおどしている。
「僕も行きます」相馬はそう云った。
「君は必要だが…気が進まない」飯田橋は決めかねていた。
翌朝、飯田橋と相馬は準備をしていた。
女将が部屋に来て云った。
「先生、何が起きているんですか?」
「女将、温泉組合に連絡を入れて皆、すぐにでも退去出来るよう、伝えてほしい。速やかに日中に全員退避するように」
「そんな突然!」
「そうしないとパニックが起きる」
「け、警察が来るまで待っても」
「彼らは勘違いしている。説得など無駄だ」
「先生、ヘリがあれば…」
「誰が出してくれる?徒歩で行くしかない」
「殺人キノコの対応に塩…」相馬は武者震いがした。
パトカーと刑事車両が来た。警官4人が配属され、防人の相棒、白田が付き、鑑識を連れていた。
「先生たちの後に着いて行くよう指示されました」
すぐ後に1台のセダンが着いた。十一坊だ。飯田橋博にすぐさま挨拶をした。
「狩野探偵事務所の十一坊です」
「これから山に入ります」
十一坊は橋田から少し聞いていた。何か怪訝しな事件なんだと。だから大学で民俗学やら考古学やら怪しい学問をしていた百目野を連れて行った。まさか、其の予感が当たった。
「同行させてください。が、私は探偵です。武器と云ったら、ナイフとか…」
そんなものは役に立たない。此れを…と塩の入った袋を渡された。
「し、塩?こんなもので対処しろと?」
松明でも持つかい?と、云われたので閉口した。
現場検証だと、城田と鑑識は思っている。なぜ?塩?とも思っている。山の麓に黄色の立ち入り禁止テープを貼り、警官を1人残し、山道に入った。
「見ろ、血痕が点々と続いている。橋田氏のものだな」
5分ほど歩くと血塗れのナイフが落ちていた。「あれが凶器だ。此処が現場だ」其れを取ろうとした瞬間、土中から菌糸がウネウネと生えて来た。
「な、なんだ?!」「身、見ろ!周りを!」崖からも菌糸が伸びて来て取り囲まれた。
「何だ?!此れは?!」
警官の1人が慌てて銃を出した。「うわああああ」其の手に菌糸が伸びて来て、しがみついた。
「う、うわああああああ」「塩だ!塩を蒔け!」「ぎゃあああああああ」時遅し、全身に絡みついていた。皆が慌てて其の警官に塩を蒔いた。伸びた菌糸はビクッとして引っ込み逃げて行った。「大丈夫ですか?!」
警官は呆然としている。あれは何だ?何があった?
「城田刑事!あれが犯人です、また襲って来ます!」「見ろ!あのナイフを菌糸が掲げている!」城田が銃を出し、ナイフを撃ち壊した。
がガーーん!「逃げろ!塩を蒔け!」
銃声は温泉街まで響いた。「一体、何が起こっている?」麓では皆が山を見上げていた。
ザザザザーーーーーー
菌糸が麓側を2mほどの壁を作って通せんぼした。
「あれでは塩が効かない!大きすぎる。逃げろ!」と、山を登って行った。
奴らは俺たちを山中に誘っているのか?山奥で殺す気だ!しかし、どうしようもない。
相馬があるものに目が止まった。「博士!あれ!」
「あれは、源泉から温泉街し引いているパイプだ!あ、あれを銃で撃ってください!」
「よっしゃ」警官3人と白田が一斉に撃った。がガーーん!がガーーん!
たちまちパイプに穴が空き、源泉が吹き出た。熱湯だ。
ブシャーーーーーーー
菌糸が土中に逃げて行った。
「あれに沿って下に逃げましょう」城田はそう云ったが、飯田橋は聞かない。
「あれに沿って上へ…」
「せ、先生!冗談じゃない!戻って自衛隊を呼びましょう!」
「あの草っ原へ。何が放射能を発しているのか?知りたい」
「自衛隊を呼んで、ヘリでまた来れば善い」
「事と次第によっては、私たちも入山禁止になる。今、知りたい」
「く、くそ!此れだから学者って人種は」白田は苦々しかった。飯田橋は思った。「旧陸軍が絡んでいたなら、自衛隊は隠蔽するだろう」
パイプに従って頂上辺りまで来た。相馬のガイガーカウンターの数値が徐々に上がって来た。
「30シーベルトです」「数値が高くなって来たな」
「先生、俺たち被曝しませんか?」白田が恐る恐る聞いた。
「人間には大丈夫」
其の草むらが見えた。割と広い。「陽が当たっているからあそこには奴らは来ません。行きましょう」朽ち果てた塀を超えて其処に行った。
住居跡があった。
「此れは、研究所だ」
中に入ると古い機器が置いてあった。簡素な機器は、そのまま置いて行ったと思われる。と、云うか何か慌てて此処を立ち去ったと見て善い。湯のみがそのまま置かれていた。
「先生、此れは何の研究跡ですかね?」
「此れは、核のようです」
「核開発?戦時中に?」
相馬が裏を指差した。其処がガイガーカウンター数値が一番高いと。
「おそらく、地下に核廃棄物が……ドラム缶だろう」
「ドラム缶?!」
飯田橋には、何やらの全貌が見えて来た。