其の伍・飯田橋の調査
夜遅く、警察がやって来た。パトカー数台。防人と相棒佐伯刑事、警官多数。質素な温泉町は赤いランプの警察車両で騒々しくなった。客たちも気が気ではないと野次馬の如く、集まっている。
防人たちは飯田橋博士や百目野が居る、人無温泉旅館の前で車を止めた。
パトカー1台は橋田が搬送された病院に向かった。
女将を含めて飯田橋、助手の相馬、百目野がロビーで待っていた。血だらけだった百目野はすでに着替えていた。
「百目野くん、橋田さんは?」防人が問いただした。
「大丈夫です。しばらく入院ですが…」
「ナイフで刺されたと聞いた。何があった?」
「キノコの菌糸がナイフを握って放ちました」
「な?!」防人たち、警察は互いに見遣った。
飯田橋は警察を制して、こう云った。
特別変異なのだと。何故かはわからないが、放射能指数が高い。自然界の放射能線を遥かに超えているが、人間には無害な量なのだと。
「何故?放射線が高いんですか?」
「わからない。しかし、昼間ドローンで上空から探って見ました。相馬君、あれを」
パソコンから撮影した動画を示した。相馬はドローン操作が出来た。
「ドローンに通常カメラと我々が開発したガイガーカメラを取り付けて撮影したものです」
「ガイガーカメラ?」
「例の東日本大地震時の原発崩壊ときに地域植物の生態を調べるために開発したものです。放射線量を測るものです。まだ開発途中ですが…」
それは赤外線カメラのようなものだった。
「赤く光る所がそうです。明るさによって基準を観察できます」
其れは山全体に神経のように張り巡らされていた。
「此れはたった1つの胞子から出来上がっているものです。此処です。此処を見てください」
「物凄く光り輝いていますね」
「頂上付近の小さな草むら地帯です。此処の土中に放射性物質か何かがあるんだと思います」
「わかりました。しかし、橋田さんが襲われた時、百目野君と2人だけだったんですよね」
「どういうことですか?!」百目野はハッとした。
「君が犯人だとも受け取れる」
「僕が?!」
「放射能がどうのと云うが、キノコが人を襲うなど…君が襲ったと云うことの方が現実的だ」
「そ、そんな!橋田さんに聞けばわかります」
「彼に会えればね」横から病院に事情を聞きに云った警官が防人に耳打ちした。「2,3日は聞き取りは無理です」
ぱき、ぱき〜ん。
「何の音だ?」誰もその音を気にする者はいなかった。
「百目野君、署に同行願おう」
「ま、待ってくださいよ!」飯田橋は止めた。
「とんでもないことが起きようとしています。橋田さんが襲われたことではっきりした」
「何がです?」防人は一応、耳にした。
「昆虫に取り憑いて思考をコントロールするキノコが存在するように、突然変異で人を襲うものが出来上がったと私は見ています」
「あ?!」突然、女将が声を上げた。
「どうしたんです?」
「頂上付近の広場って…戦時中、軍の施設があった場所です」
「軍が?何か?」
「聞いた話です。あそこら辺は立ち入り禁止区域にして何かやってたらしいんです。今でも塀が残っているんで誰も行きません」
「軍と放射能?」飯田橋は不可解に思えた。
「防人さん、明日、其処を調べたいんですが警察の方も立ち入って欲しいんですが」
「私は百目野を連行して、聴取しますので、明日、警官を数名寄越します」
「博士!!」
「百目野君、悔しいだろうが、今はどうしようもない。私が証明してみせるよ。あ、其れと防人さん」
「はい」
「警察官には塩を持たせてください」
「塩?」
狩野探偵事務所に連絡が入った。
橋田が襲われて大怪我をしたそうだ。温泉街の病院に緊急搬送されたと。
十一坊が、明日向かうことになった。
「百目野くんは?」
「容疑者として警察に連行された」
「阿鼻大には?」
「警察から連絡が行くだろう」
「……百目野くん…」
翌日、十一坊は相棒の白田を連れ現地に向かった。