其の参・寄生
2人は地元警察を出て、車で現場の人無村に向かった。
くそ!先日とは話が全然違うじゃないか!橋田は怒っていた。
何かわかったかい?と百目野に聞いた。
「あの蕈は寄生菌種だと思います」
「寄生?昆虫に寄生する冬虫夏草とかの類いかい?」
「最近、ブラジルで発見されたタイワンアリタケ。蟻に寄生する蕈の同種のもののではないかと」
「何だい?其れ?」
「蟻に感染する猛禽です。感染された蟻は脳を支配され、蕈の成長と胞子の拡散に適した場所まで移動させられて其処で絶命させる」
百目野は詳細を説明した。
此の蕈を発見したのは、アメリカペンシルバニア州立大学・昆虫学者デイビッド・ヒューズ氏。熱帯雨林に生息し、別の場所での同菌類の成長の様子が異なる点で寄生に最も適した蟻の種類も環境によって別々なのではないかと推測した。未確認の昆虫寄生菌が何千種も世界中の熱帯雨林に潜んでいるに違いない。生息環境が危機的状況にある今、未確認種の採取に全力を挙げる必要があるだろうと語った。
「マジかい?!あれがそうだと云うのか?」
「違います。あくまで取り憑くのは昆虫にです。人間には取り付かない…と、されていますが」
「考古学の学生が、よくそんな事を知っているな」
「ネットの受け売りで、其処までしか知りません。警察は植物学者に意見を聞いているでしょう。答えは有り得ない…だったんだと思いますが、菌が身体中に胞子を蔓延させていることは気になっているそうですね。きのこを受け取って調べているって」
「ああ、其の学者さん、こっちに出向いてくるらしいね。防人刑事は、菌操作の人工栽培で殺人蕈を作っていると。テロ集団の犯罪と睨んでいるんだな。…自然界から出たものなのか?人工なのか?それを確かめるか。学者さんじゃ無いと無理だな」
「て、云うかまずは拡大を止めなきゃ。橋田さん、此の事件、降りる云ってたのにどうしたんですか?」
「恐ろしいけど、真相を知りたくなってきたよ」
何も無い、時代に取り残された辺鄙な村だよ、と云って橋田はダートな山道を走らせている。
辺鄙と云っても依頼者の持田は、温泉旅館を経営する金持ちらしい。特に外国人観光客に受けが善い。が、此の事件が起きて、キャンセルが相次いだ。捜査が長引けば、このままでは倒産だ。で、探偵事務所にも頼んだらしい。
そうこうしている間に村に着いた。四方を高い山に囲まれた小さな温泉街だ。湯気があちこちから立ち昇っている。
目指す、人無温泉旅館が見えた。「あそこだ」駐車場にはもう1台、ワンボックスカーが停められている。何やら機材が積まれていた、「旅館の車じゃ無いな」
いらっしゃいませ。
「まあ、橋田さん、先日は。お待ちしておりました。此処を定宿にしてください」と女将が出て来てそう云った。
見れば古くはあるが、外国人が好みそうな立派な旅館だ。
ひと処、落ち着くと「ゆっくりしてください」などと女将が云う。
「いえ、調査の続行で来たんですから。彼に現場を見せたいんです」
「お若いですね。橋田さんの助手さんですか?」
「彼は考古学の大学生です」
「学生さん?」
被害者は此処の番頭なのである。百目野は詳細を聞きたくて聞いた。
何でも死ぬ2,3日前から具合が悪いと訴えていたそうだ。風邪だと思い、薬を飲んでいたと。
最後に旅館で見た日、ぼ~っとして話もしなかったと云う。
姿が見えなくなったのは午後2時頃。何の連絡もせず、居なくなった。数時間後、山に一人で歩いていく姿を村民が目撃したと聞く。
山仕事をする者たちと捜索すると夕方に山中で蕈に覆われた半分、木乃伊化した遺体が見付かった。
「其の蕈は以前から?」
「服を着ている状態では何も。もしかしたら身体は生えて居たかもしれません」
「他の方は?」
「なんとも無いんです。だから、こうして普段通りに」
○感染は下記のように分類される
•病原体による分類:真正細菌、ウイルス、真菌、原生生物、寄生虫、ウイロイド(ウイルスよりさらに単純構造の植物病原体。微小な一本鎖RNAからなる。汁液で伝染し,植物の矮化・奇形を引きおこす)、プリオン(タンパク質の一種。脳などに存在する。異常型プリオンは,クロイツフェルト-ヤコブ病,スクレイピー,牛海綿状脳症などの病原体とされる。異常型プリオンは体内に入ると正常型を不可逆的に異常型に変え,増えた異常型プリオンが脳組織を破壊し、発症させると考えられている)など
侵入門戸による分類:経口感染、経気道感染、経皮感染、創傷感染、接触感染、尿路感染、粘膜感染、胎盤感染など
感染経路による分類:食物感染、水系感染、空気感染、飛沫感染、ベクター感染(他の動物(特に節足動物)が媒介者となって、伝播することで感染するもの)、血液感染、母乳感染、産道感染など
寄生者にとって、宿主の死は自分の生存さえ危うくする。だが、宿主を死に至らしめる寄生生物も存在する。
「百目野くん、ベクター感染で云う節足動物…いわゆる蟲?」
「全てでは無いですが、殆どのものが当てはまります。蚊、蝿、昆虫類、甲殻類、蜘蛛類、 百足類。種は多様性に富み、陸・海・空・ 土中・寄生などあらゆる場所で生態系と深く関わり、現生種は約110万種。全動物種の85%以上を占めて居ます」
「そ、そんなに?!感染と見極めるだけでも大変だ」
「分析している博士が此方に向かうって話です。後、分析報告を聞きたいですね」
「其の人なら、もう来てますよ」女将が答えた。
「は?え?もう来てる?」
「うちの駐車場で車、見ませんでしたか?博士さんと助手の方とお二人で昨日、お見えになって」
「何処に居りますか?」
「例の山の中、山一帯をお調べになるとか、お弁当用意しましたんですよ。何やら重そうな機材持って行きましたな。地元のハンターも数人連れて」
「山を?」
「百目野くん、早速会いに行こう」橋田がそう切り出した。
「もうすぐ、日が暮れるし、山は広うございます。何処にいるのか?わかりませんよ」
「そうですか。橋田さん、帰りを待ちましょう」
「仕方ないな」
山一帯?