其の弐・黒いキノコ
長野に着いた二人は予約したビジネスホテルに着いた。零細の探偵事務所では、此処が定宿だ。機材は一眼レフカメラからビデオ数台、三脚数台、携帯電話、GPS機能付き時計、盗聴器発見器、パソコン、タブレット、テントなど。撮ったものは通信でパソコンに連動される。
「うちの御用達、仕込みカメラは必要ないだろう。持って来なかったよ」
浮気調査では無い。其の場合、隠しカメラ、仕込みカメラなどが必要だが、「色々、機材が必要なんですね」百目野は知っては居たが、いざ、現場に出向くと其の多さ…是等を持ち、移動するのか…と思った。「テント?其れに此れは盗聴器ですか?」
「シーーー、大声で云うな!」
「犯罪じゃ無いですか?証拠になりませんよ」
いざと云う時だよ。今夜は準備して明日から行動開始だよ」百目野は先に眠りに就いた。橋田は遅くまで準備に余念が無かった。
此処から村まで車で1時間かかると云われた。山道を行くらしい。其の途中に今回の事件の被害者、土田昇(42歳、男性)の遺体安置所に出向く。
蕈に覆われて、山中で発見される
次の日、「村では無く、何故?山中なんでしょう?」
「警察の見解は他殺の線。犯人は村で殺して、山に遺棄したと。ざっと調べたけど被害者の土田氏は至って真面目な人間で誰にも恨みなどを持たれる人間じゃなかった」
「愉快犯ですか?」
「違う、もっと重大かもしれないんだよ」
そうこうしている間に警察に着いた。前もって連絡を入れておいたので、すぐさま、霊安室に通された。
担当の防人刑事が待って居た。検死官の市井も居た。
「橋田さん、今日はお二人?お若いな」
「百目野と申します」
「探偵志望?頑張りなさいね」
「いえ、そう云うわけじゃ…」百目野は手を横に振った。すかさず、橋田がケツを捻った。
「イテッ!」
「?」防人と市井が首をひねった。「どうぞ」
死体冷蔵庫の扉を開くと、冷凍された遺体が出て来た。
「こ、此れは?!」
4日前の死亡であるのに木乃伊化して居た。身体中に黒い蕈が繁殖している。
「どう云うことですか?」
「百目野さんは調書を読んで、ある程度把握しているでしょうが、検死の結果…」市井が説明し出した。
検死結果はまだ聞いて居なかった。
「蕈に養分を吸い尽くされたと思われます。完全に吸い尽くすと蕈は黒く変化した」
「な、なんと」
見てください…と遺体を斜に少し持ち上げた。
「あ!!」黒い胞子が背中を突き破り、ステンレス板に繁殖しようとしている。へばり付いている。
「体内全身に胞子が繁殖しています」
「死因は?何ですか」
「其れが、不思議なんです。被害者はパジャマ着でした。自宅で既に動ける状態ではなかった。にも関わらず山まで歩いて行ったと思われます。足下をご覧になってください」
足の裏に土が付いていた。
防人が述べた。「土田氏がフラフラと山方面に一人で歩いていたと云う証言があるんです」
市井が防人に頷くと「脳内も心臓も、胞子が支配していて…動けるわけがないんです。植物人間状態なんです」
「何故です?」
「此れは私個人の推測です。オフレコですよ」
「はい」
「此の蕈は人間に寄生して胞子を身体中に神経のように、あるいは神経を代替えして巡らし、思考と行動を支配するもの。常温に戻すとまた活動を始めます」
「ま、まさか?!そ、そんな!昆虫に寄生して、思考を支配し、死に至らしめる蕈や寄生虫は存在しますが…」
「突然変異なのか?人工なのか?」
「私は人工栽培だと思って、此の事件を追っています」防人はそう云った。
「防人刑事!先日、私に話した内容とは全く違うじゃないですか!」橋田は怒りに震えた。
「百目野くん、すまない。我々の範疇外だ。帰ろう」
「殺人蕈を育成しての大量殺人?猛禽は1つで1つの山を胞子を巡らし、支配出来る。空気感染からも考えられる。神経ガスの研究とは異なり、生き物だ。繁殖は人間の手には負えない」
「相当管理された施設が必要になる…他殺だったら、資金のある大きなテロ組織だ」防人の意見だ。
繁殖は人間の手には負えない…
育成されたものだとしても…開発者達さえ危険だ。