其の壱・学生 百目野尊
東京文京区。阿鼻大学2回生の百目野は、学費を稼ぐため、探偵事務所で調査まとめのレポート作成補助アルバイトをしている。狩野探偵事務所と云う。所員の殆どが、元警察関係者である。仕事の多くは、浮気調査。犯罪調査などは、ほんの一握りだ。
「百目野くんは変わっているね。教授に怒られているんだって?」そう云うのは、事務所探偵の十一坊だ。
「何でも、考古学では視野が足らないだのと教授に喰ってかかったんだって?」
事務所内の者たちは皆が笑った。
「勘弁してください。十一坊さん。何処で仕入れた情報ですか?」百目野は恥ずかしかった。
「俺は探偵だぜ。将来の学者さんが探偵事務所でアルバイトかい?」
「稼ぎが善いんですよ」
「まあ、君が優秀なのは認めてるよ。俺が調書を作るより、君の方が上だ」
アルバイトが調査に口を出すなど以ての外だ。だが、事務所内では舌を巻いた。
所長の狩野は「百目野くん、探偵になったら?」と、云ってくれる。
「そうだ、そうしろ」皆が笑って勧めるのである。そんな大らかな事務所だった。其の大らかさが百目野は学生の身でありながら、自由に振る舞えた。
其処へ長野から橋田が帰って来た。久々の死人が出た事件だ。
「橋田、どうだった?」
「参った。地元警察は自殺だの、他殺だと云うし、検視官は有り得ないなどと意見がバラバラで進展なしだ。俺にもわからん」
「検視が?」
次の日、百目野は大学の授業を終えて、事務所に行った。橋田が更に手を加えて居た。
「これから、狩野先生と打ち合わせだ」
如何しましょう?やはり手を引くか?そんなことを話して居た。我が事務所の威信に関わる。悩み倦んで居る。
学者を雇うか?予算が…。学者?
橋田が思い立った。「百目野くんを」
「バカを云うな。彼は学生だぞ」「では、手を引きますか?」「う、う~ん」
1時間後、所長室に百目野は呼ばれた。
橋田も同席して居た。
「百目野くん、事務所内の仕事は一旦、止めて出張に出向いて欲しい」狩野はそう切り出した。
「出張?何処へですか?」
「長野だ。橋田くんに3,4日、同行して欲しい」
「僕には経験も何も有りませんし、だいいち、僕には大学の授業が有ります」
「わかっている。が、君しかおらんのだ」
百目野は調書内容を知っている。実は興味があった。
「百目野くん、私たちは君を高く評価している。学生ながら漏洩厳守の此の仕事をよくやってくれている。信用しているんだよ。」
「此れは人が死んだ事件。警察関係も手を焼く事件ですね。なぜ?僕なのですか?」
「君の異質な…おっと、失礼!君の広い学識が必要なんだよ」
「僕は大学でオカルト馬鹿と云われて居ます」
「君は若いながら、異なる洞察力、想像力を持っている。其れが必要かもしれないんだ。君は学生だ。強制では無い。協力を頼んでいる。別報酬も出すよ」
金!百目野は親にも学費を頼めない貧乏学生。別報酬…何と云う響!
「行きます!大学は休みます」
「すまない」
百目野は行ってみたいとも思って居た。其処に金!おいしい!二つ返事だ。
「百目野くん、死体などを見なければならないぞ。素人にはきつい仕事だ」
「考古学でも木乃伊を探ったりしますから」
生身の遺体と木乃伊は違うぞ、もっと陰惨な現場かもしれない。などとは狩野は云わなかった。折角、行く気になったた百目野に云う気がしなかった。
「早まった結論だったかな?」狩野が橋田に問いた。此れが大学に知れたら何を云われるか。
「先生、大丈夫。百目野くんは真の学者になりうる学生です」
其の夕方、百目野は橋田と機材を積んで車で長野に向かった。走行中、百目野は資料を眺めて居た。
「全身を蕈に覆われて死亡…?」