バレた秘密
異世界にきて約一週間。毎日クエストをこなしては宿に帰るという生活が続いた。一週間も経つとさすがに今の生活にも慣れがでてきて、モンスターと戦うのも当たり前のことのようになってきている。
今俺たちがいるのは迷宮ではなく行商街、それもいつも通っている露店ばかりのところではなく、店が建ち並んでいる本格的なところだ。ちょっとした休息も兼ねて生活に必要なものや欲しいものを買いに来ていた。
......はずだったのだが、俺たちは今、追いかけてくる憲兵を撒くためになりふり構わず走り回っていた。
事の発端は正午を少し過ぎたころ。飲食店で腹ごしらえを終え、既に買いたいものは買い終わっていた俺はセニアの買い物に付き合っていた。さすが女の子というべきか、買い物となるといろんな店を回り、いろんな物を買っていく。
そんなかんじで行商街のあちこちを歩き回っていたが、さすがに歩き回りすぎた。突然ポンポンと肩を叩かれ振り返ると、そこには軽装の鎧とサーベルを持った二人の男がいた。なにかやらかしてしまったかと思い今までの行動を振り返るが、なにかやった覚えはない。セニアはちゃんとフードで顔を隠してるし、仮にバレていても俺のほうにはこないだろう。とりあえず話し合うことにした。
「どうかしましたか?僕たちは怪しいものでは......」
「いや、あんな露骨にフードで顔を隠してる時点で怪しいから。顔を見せるか、あっちの建物まで行くか、どっちがいい?」
「ちょっと待っててください。今連れを呼んできますので」
そう言ってセニアの方まで駆け寄り、事情を話す。「顔見せろだって~」、「そうなんですか~」、とにこやかに二人で話す。
出した結論は二人とも同じだ。憲兵が少しこちらから目を離した瞬間、俺たちは逃走を開始した。
そして現在、二人だった憲兵はなぜか増え、多方向から俺たちのことを追いかけてくる。『テレポート』の魔法を使いたいところだが、人の目が多すぎる。ここで目撃されてはいけないという発動条件の弊害がでてしまった。
「なんか最近その恰好ばかり見てたから、完全に感覚がマヒしてたよ。そりゃ怪しいよな」
「だって顔見せて買い物できないし!ちょっとくらいなら大丈夫だと思ったんですよ~!」
「......ちょっと?」
俺はともかく、セニアの体力が限界に近付いてきた。下手に走り回っても、無駄に周囲の視線を集めてしまうだけだと考え、一旦走るのをやめる。普通に歩くことで大量の人だかりに溶け込み、さりげなく路地裏へと入る。
『レーダー』で誰もいないことは既に確認済みだ。すぐさま『テレポート』を使用する。移動する先はいつもの宿屋だ。浮遊感が発生し、視界が切り替わる。テレポート成功だ。
「とりあえず憲兵は撒けたけど、この後どうする?ここを調べられる可能性もなくはないし......」
「迷宮へ逃げるなんてどうでしょうか?並の相手ならまず入ってきたところでモンスターにやられますし、あっちもまさかそんな危険なところに逃げるとは考えないと思います」
「迷宮まで歩いていくわけにもいかないな。五分間身を隠して、『テレポート』で移動しよう」
俺たちは宿の近くにある茂みに身を隠す。今のところ憲兵はきていない。まだあの辺りを探しているんだろう。
そして五分後、俺たちは迷宮へテレポートした。
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移動した先は迷宮に入ってすぐのところ。すぐ後ろには地上へ繋がる階段がある。迷宮に入ったときにいつも見る光景を思い浮かべたらここにテレポートした。
しかし今回はいつもの光景とは違った。迷宮自体はなにも変わらない。人がいるのだ。数は十人ほど、各々剣や杖を装備し、複数の音速狼との戦闘を行っている。
ボーっとその光景を眺めていると、剣を持った男が一匹の狼にのしかかられる。狼は口から牙を覗かせ、今にも噛みつこうとしている。さすがにこれはまずいのではないかと思い、短剣を抜き戦闘に参加しようとする。
しかし心配はいらなかった。男がやられそうになった瞬間、一つの影が狼の横を通過する。その直後、のしかかっていた狼は真っ二つに切断され、灰となって絶命した。
男を助けたのはエメラルドグリーンの髪をなびかせる女剣士だった。今のスピードは尋常ではなかった。もしかしたらあの弾丸のようなスピードで動き回る狼よりも早いかもしれない。
それにしても迷宮で人に会うのは初めてだ。手練れでも苦戦するような場所って言ってたし、そう頻繁に人と会う方が珍しいのかもしれない。同業者だろうし、とりあえず挨拶くらいしとくか。
「こんにちは。今の動き、すごい速かったですね。名の知れた冒険者なんですか?」
セニアが小声でなにかを訴えているが軽く挨拶するだけだし、そのあとでも大丈夫だろう。
こちらの声に反応し、先ほどの女剣士が振り向く。すごい美人だな、なんで冒険者なんかやってるんだろう。
「いえ、私は冒険者ではなく、騎士をやっております。一応騎士団の幹部を任されている身ですが、私もまだまだですね。迷宮に足を運べるような勇敢な方に名を知られていないとは......」
騎士団。前に露店で串焼きを買ったときに店員のおばちゃんが言ってた気がする。たしか王子が我儘で騎士団になにかを要請するって......。
「実は私たちは今、ある人物を探していまして。魔法が使える男と、フードを被った女の二人組なのですが......」
背筋が凍った。なにかを要請って、セニアの捜索だよ!なんで忘れてたそんな大事なこと!しかも俺まで捜索対象になってるし!
「迷宮に入っていくのを見かけたという情報を聞いたので足を運んでみたのですが、あなたもなにか知っていることなどありますか?」
「い、いや特になにも......なんでその人たちを探しているんですか?」
「実は最近王子の婚約者になるはずだった帝国の姫が逃走したんです。さすがに王子の婚約者となると同情はしますが、立場がありますので」
「話の流れから察するに、そのフードを被った女が姫様だと確信しているようですが、なぜなんです?」
「姫が逃走した後日からフードを被った女が目撃されたとなると、そう考えるのは普通じゃないですか?」
ごもっともでございます。
「それになにより、その女の傍には魔法が使える男がいるとの噂があるんです。そのうえギルドで調べたところ魔法適正がSランクだったという噂まで。もしそれが本当なら歴史上でも全く例がない貴重な人物であり、要注意人物でもあります。どちらかといえばこちらのほうが重要かもしれませんね」
まさかの俺のほうが重要説。匿っていたつもりが匿ってもらわなきゃいけない立場になってる。
「ん?奥に誰かいますね。連れの方ですか?」
その言葉に慌てて後ろを振り返ると、セニアは話を聞いていたのか階段付近で後ろを向いて立っていた。こちらに来れず、外に憲兵がいるかもしれないこの状況ではたしかにそうするしかないかもしれない。
「あぁ。冒険者仲間なんです。ただとっても人見知りなので、あまり詮索しないであげてほしいですね」
「そうですか。ただ入口とはいえ、迷宮内であそこまで隙だらけなのはどうかと......」
女騎士さんがそう言った瞬間、流れを読んだようなタイミングで蜂型のモンスターがでてくる。狙いは当然セニアだ。
「!?、セニア!後ろ!」
思わず叫んでしまったが、少し遅かった。モンスターはセニアが気付く前に頭部目掛けて攻撃を仕掛けてくる。間一髪躱したものの、被っていたフードが千切れて隠されていた金髪があらわになる。俺はそれを見届けつつもナイフを装備してモンスターに接近。ナイフでモンスターを両断した。
「......なるほど。そういうことだったか」
後ろから女騎士さんの声が聞こえる。ただしさっきまでとはまるで雰囲気の違う声だ。使っていた敬語もなくなっている。敵と対峙したときなどはこんな喋り方なんだろう。
「そこの金髪の少女がダージ帝国のセニア姫か、となると君が噂の魔法を使える男ということになるが、どうなんだ?」
「......魔法なんて使えないよ。もし仮に使えてたら、俺はどうなってたんだ?」
「騎士団への入団を勧めていた。もし受け入れてくれていたなら、逃走の手助けをした罰も免除していただろう」
「受け入れる気なんてないから安心してくれ。それに罰を受ける気もない」
気が付くと、先ほどまでモンスターと戦っていた他の兵たちが、俺たちを取り囲むようにして武器を構えていた。背後の階段から地上へ逃げることはできるが、あの脅威的なスピードを誇る女騎士さんにとっては一本道の階段なんて格好の的だろう。仮に逃げられたとしても地上にいる憲兵が不安だ。連携を取って俺たちを捕まえにくる可能性も十分にある。
「私の名はフィレーユ・ロズバルト。貴公の名は?」
「相川雪だ」
「変わった名前だな。出身地がどこかというのも調べる必要がありそうだ」
会話を続けつつも、フィレーユは腰に下げていたレイピアを引き抜く。どうやら話し合いで終わるとは思っていないらしい。もちろんそれはこちらも同じだ。
洞窟内に異様な静寂が生まれる。まるで対峙する二人が動くのを待っているかのようだ。しかし迷宮はそれに耐えられなかったのか、鍾乳洞から水を垂らし、ピチョンっという音を立ててしまう。
その音を皮切りに、俺とフィレーユはお互いに距離を詰め、戦闘を開始する。
この後、自分たちに何が待ち受けているか、まだ知る由もなかった。