二つの新魔法
異世界にきて二日目、俺たちは今日も迷宮に来ていた。ここが一番稼げるのだ。
昨日のことはセニアが気にしていないの一点張りで、俺が見なかったことにして無事?収束した。
「中層付近にある青のヒカリゴケの採取かー。今回はモンスターと戦ったりしなくていいクエストだな」
「そういうわけでもないです。迷宮は下にいくほどモンスターが強くも多くもなりますから。昨日より強いモンスターとも戦わなくちゃいけません」
「え、なんで昨日より難易度上げたんだ?」
「ゆきさんがどこまでいけるかというのが知りたいのと、危なくなったら昨日の魔法で逃げれば大丈夫かなと思いまして」
今日の朝、セニアには修正した魔法を見てもらった。おかげでちゃんと戦力の一部として認めてもらうことができた。
『テレポート』の魔法は初期の設定とはかなり変わった。まずどこにでも移動できるのではなく、一度行ったことがあるかつ、その情景をしっかり思い出すことができる場所という制限をつけた。これにより魔法そのものの魔力消費を大きく削ることができた。
詠唱はない。というかどんな感じにすればいいのか全く分からなかった。というわけで詠唱の分を発動条件で補うことにした。発動条件は二つ、魔法行使時にテレポートの対象以外から目撃されていないことと、前にテレポートしてから五分以上空いていることだ。距離によって消費する魔力は変わるが、これで普通に運用できる程度に魔力消費を抑えることができた。
「きました!モンスターです!」
今日初のモンスターと遭遇する。相手は昨日の狼とスモークカガチというトカゲとヘビの中間みたいなモンスターだ。スモークカガチは口から吐く煙で相手の視界を遮ることからその名前がつけられている。
早速スモークカガチは口から煙幕を吐く。その煙の中から狼が飛び出し、こちらの頬を掠める。単体ならそこまで恐怖は感じないが、連携をとられると厄介だ。
「早速新しい魔法を使うときがきたな」
ポケットの中からスマホを取り出す。電源を切っていたとはいえ、二日間充電をしていないとなるとさすがに電源はつかない。だがそんなスマホでも利用価値は十分にあった。
「『レーダー』」
昨日の夜に生成した新魔法、『レーダー』。スマホを媒体にすることで周囲の状況が色々知ることができる。『テレポート』と同じく、距離によって消費魔力は変化する。
スマホに映るのは四つの点。緑の矢印は俺、青い点はセニア、赤い点はモンスターだ。おそらく近くにある赤の点はスモークカガチだろう。まずはこいつを倒すことにする。
「『ウォーターボム!』」
赤の点がある方向に向かって、水弾を連発する。その後すぐに煙が消え、中からは弱り切っているスモークカガチが姿を現す。仕留めておこうかと思ったが、背後にいた音速狼がこちらに突進してきたためそちらを相手にする。
「いつまでもカウンター狙いってのもだるいんでな。自分から行かせてもらう」
ナイフを持って狼に接近する。狼は牙を剥き出しにしてこちらに飛び掛かってくる。それをナイフで受け止め、弾く。狼が一瞬宙に浮いたところを狙い、渾身の蹴りを入れる。吹っ飛んでいった狼を追いかけ、ナイフでとどめを刺す。狼は灰になりその場から姿を消す。スモークカガチがいた方向を振り向くと、既にそこにはいなかった。自然に力尽きたか、逃げたのだろう。
「今のは新しい魔法ですか?いつの間に作ってたんですね」
「ま、まあな。今日の朝ちょっとはやく目が覚めたから、作っておいたんだよ。アハハ......」
途中でモンスターに遭遇するたびに撃退し、先に進む。モンスターにあまり苦戦しなかったこともあってか、思っていたよりも早く中層付近までたどり着くことができた。
「この辺りにヒカリゴケがあるはずなんですが......」
「じゃあ探してみるよ」
スマホを取り出し、『レーダー』を使用する。すぐ近くには反応がなかったものの、範囲を拡大していくとそれらしき植物を意味するマークが出現する。きっとこれだろう。
「ここから二時の方向に百メートルってとこか。てか地下とはいえ、迷宮って結構広いな」
「一応下層に近づくにつれて狭くなっていくらしいですから、上層はもっと広かったんでしょうね」
ここまでくるのにかなり時間がかかってるわけだし、当然っちゃ当然か。
レーダーに反応した方向に向かって歩いていると、一際強い光源を発見した。
「これですね。すごく綺麗な光です」
「だな。すぐに採取するのももったいないし、ちょっと休憩するか」
そのあたりで座れそうなところを探し、そこに腰掛ける。時間的にはもう昼くらいだと推測し、あらかじめ用意していた携帯食料を食べる。カ〇リーメイトの劣化版みたいな味だ。
「そのレーダーって魔法、すごく便利ですね」
「こんなかんじの魔法あったらいいかなって思って作っておいたけど、正解だったな」
消費魔力は少ないし、詠唱も発動条件も少ない。それでこの便利さは正直神性能だと思う。
しばらく雑談をしていたが、そのレーダーに反応がでたため確認する。スマホの画面にはモンスターを表すマークが少し遠くにでていた。
「しばらくモンスターが出てこなかったから完全に油断してたな。こいつ倒した後にコケを取って帰るか」
「そうですね。別にずっとここにいる必要もありませんし」
ナイフを装備し、いつでも戦闘に入れるようにしておく。スマホに映る赤い点は徐々にこちらに近づき、そして姿を現す。
レーダーに反応したモンスターの正体は巨大な熊だった。二メートルは軽く超えているだろう巨体に負けず劣らずの存在感を放つ爪は、まるで一級品の刀のようだ。
「こいつは今までのやつらとは一味違いそうだな。サポートお願いできるか?」
「わたし一人になったら多分勝てませんからね。ゆきさんお願いしますよ」
「おう」
グルルゥ、と唸りながらこちらを見つめる熊の口からは涎が滴っている。腹が減っているのだろう。こいつは俺たちを捕食対象と判断したようだ。
「まあやられる気はないけどなっ!」
まずはこちらから仕掛ける。ナイフを逆手に持ち、熊に接近。うまく不意を突いたと思ったが、刃が熊の足に届く寸前、巨体に似合わぬ軽快な動きで攻撃を避けた。まるで今までの音速狼と俺のような構図だ。攻撃のモーションから抜けきっていないにも関わらず、熊はその鋭い爪を俺に向ける。あとコンマ数秒後に爪で裂かれる未来が見える。
「『吹き荒れろ 不可視の刃!』」
俺の背後からかまいたちが発生する。セニアの魔法だ。今まさに爪を振り下ろそうとしていた熊は風の刃に攻撃され、態勢を崩す。そのうちに懐から脱出し、なんとか事なきを得る。
「ゆきさん!大丈夫でしたか?」
「おかげさまで助かったよ。まさかあんな速く動けるとは思ってなくて」
「どうします?一旦退きますか?」
「いや、今逃げたとしてもあいつは多分追ってくる。俺たちを捕食対象として見てるっぽいからな」
態勢を立て直した熊の目には怒りの色が見て取れる。見逃してもくれなさそうだ。
次はこちらの番だと言わんばかりに熊がこちらに向かってくる。じりじりと間合いを詰め、敵の射程範囲に入る。その瞬間、すさまじいスピードで腕を横薙ぎに振ってきた。それをナイフで受け止めるが、衝撃まで抑えることができず、そのまま吹っ飛ばされる。
「ただでやられるかよ!『ストーン』!」
土属性の初級魔法で岩を生成する魔法。本来は追ってくる相手を足止めするために道を塞いだりするのに使う魔法だが、俺が岩を生成したのは地上ではなく空中、熊の頭上だ。狙って相手の頭上に岩を落とすとなれば中級魔法の域だが、今俺がいるのは空中。自分の傍に岩を生成するだけで勝手に頭上に落ちてくれる。まあそんなことできるの魔法がなくても戦えるかつ無詠唱で魔法が使えるおれくらいだろうけど。
衝撃で壁まで吹っ飛ばされたものの、狙い通り岩は熊の頭に命中し、そのまま倒れこむ。さすがに倒すことはできなかったが、充分なダメージになったはずだ。
「セニア!」
「任せてください!」
既にセニアの足元には魔法陣が出来上がっていて、魔法を撃つ準備は万端だ。満を持して、詠唱を開始する。
「『戦場への弔いだ 今ここに氷像を建てよう たとえ命の灯火を犠牲にしようとも』」
詠唱が終了した瞬間、一気に周囲の温度が下がる。しかし熊のいる場所だけはその比ではなく、既に足元から凍結が始まっている。水属性の中級魔法『フローズン』。その名前通り対象を氷漬けにする魔法だ。最初は暴れていたものの体の半分を氷に覆われてから動きは収まっていき、しばらくして完全に氷漬けとなった。
「ゆきさん!やりましたよ!」
「やったな!でもとりあえず助けてほしいんだけど......」
衝撃が思っていたより強く、俺は今壁に埋まった状態で動けなくなっていた。尖っているところに飛ばされていたら死んでたかもしれない。
「なんだかすごいことになってますね......今助けにーーー」
ガシャンッ!という音がしたため俺とセニアは思わずそちらを振り向く。そこには氷漬けにされていたはずの熊がものすごい形相でセニアを睨んでいる姿があった。氷漬けの状態から自力で脱出するとは。
悠長に考えさせてくれることなどさせてくれるはずもなく、熊はセニアの元へダッシュする。もちろん魔法の詠唱などしている暇などないだろう。
「『テレポート』」
ただし詠唱をする時間など俺にはいらない。『テレポート』を使用した先は、文字通りの熊の目と鼻の先だ。急に目の前に現れたことに反応させる暇も与えるつもりはない。すぐに持っていたナイフで熊の目を切りつける。
悲痛な雄たけびを上げ、熊は再び倒れこむ。そして熊の胸にナイフを突き刺した。既に弱り切っていたのか、厄介に暴れまわることなくすんなり絶命した。ラッキーなことにモンスターの爪もドロップした。
「あ、危なかったぁ~」
狩る側になっていた俺はともかく、狩られる側になっていたセニアの恐怖はすごかっただろう。今も立ち上がることができずにガクブル状態だ。
「大丈夫、じゃないよなー......。俺が採取しておくから、セニアはここで待っててくれ」
「は、はいぃ......」
俺はもともとの目的であるヒカリゴケをできるだけ近くの壁から採取していく。
セニアが自力で動けるようになるのにそこまで時間はかからなかったものの、恐怖自体は完全に抜けきっていないだろう。十分な量のコケを採取した後、すぐに地上に帰ることにした。