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奇襲

 「一日迷宮に籠って金貨十五枚、一気に金が増えたな」

 「とりあえずお金の心配は無くなりましたね」

 俺たちはクエストを終わらせて、例の宿に向かっていた。時は夕暮れ、右手に感じるずっしりとした重みが今日の成果を如実に表してくれる。



 「帰ったら魔法の練習ですが、何か覚えてみたい魔法とかあったりしますか?」

 「便利なやつを覚えたいな。瞬間移動できる魔法とか」

 「そんな魔法があったら便利ですね。もっと普通なのお願いします」

 普通にマジだったんだけど......この世界ではテレポート的な魔法はないらしい。



 食べ物や雑貨が露店で並んでいるこの通り、行商街と呼ばれているこのエリアを俺はもう既に何回も通っている。一番人が通るところに店を建てているのだろうが、この食べ物の匂いは反則だ。つい財布の紐が緩んでしまう。今日は串焼きだ。初仕事の祝いも兼ねてちょっと贅沢してみる。



 「いらっしゃい、買ってくかい?」

 「串焼きを二本ください」

 「あいよ。そういえばあんた、王子のお嫁さんが逃げたって噂知ってる?」

 おばちゃんの口から出てきたその言葉に、ビクッと小さく反応してしまう。完全に心の準備ができてなかった。

 「確かに王子はちょっとあれだけど、その娘が殺されるはずだったところを助けたそうじゃないか。いくらなんでもひどすぎやしないかねぇ」

 


 殺されるはずだったところを助けた?なんの罪もない少女をいきなり処刑台に上げようとしたのはこの国じゃないか。

 「そのせいで王子は今大暴れ。オスクルの騎士団に捜索させるって聞かないらしいわ」

 「......そうですか。串焼き、ありがとうございます」

 「はいよ。あんた冒険者だろ。がんばりなよ」

 


 いい人だ。でもそんな人にすら今のセニアは悪人として映っている。その事実がたまらなく胸を締め付ける。少し離れたところで待っていたセニアを見やる。普通の生活を送っていただろう彼女は、今正体を隠しながらモンスターと戦うことで生活している。いや、この生活すらいつまで続くか分からない。さっき話にあった騎士団なんかがでてきたらどうなってしまうことか。



 トボトボと歩いて帰ってきた俺にセニアは怪訝そうな表情を作る。ぎりぎり表情が窺える程度のフードを被っているのも本来無かったことだ。

 「セニア」

 「はい?」

 「俺はずっと味方だからな」

 「な、なんですか急に......」

 


 そう言いつつもセニアは嬉しそうな、安心したような表情を浮かべる。

 守ってあげたい。そのためには強くならなくてはいけない。何があっても守ってあげられるだけの強さが欲しい。

 「帰ろう。魔法の練習もしたいし」

 「......はい!」

 魔法もこれから必要になってくる。早く使いこなせるようにならないといけない。俺は足早に宿へと向かった。



~~~



 宿から少し離れたところにある森の中、そこを魔法の練習場とすることにした。人気がないところに宿があったのが幸いだった。



 「今回迷宮で拾った鉱石の中に、今朝言っていた白魔石があったので一つ持って帰ってきました。まずはこれでゆきさんが何の属性が得意なのか調べましょう」

 「やっぱ水属性かなー。無詠唱で魔法撃てたし」

 


 魔法の属性には火、水、風、雷、土、光、闇、無の八つの属性がある。ちなみにセニアの適正は回復魔法、つまり光属性だ。

 俺は右手に石を持ち、適正を調べたときと同様に魔力を込める。魔力が外側に流れていくのを感じ、石の様子を見る。まだ最初のときと同じ白色だ。もう少し待とうと思い、そのまま魔力を込め続ける。



 十秒、二十秒と時間が過ぎるが、石に変化はなかった。ただ時間だけが過ぎ去っていく。

 「......なにも起きないな」

 「適正が無属性だとしても、色は透明に変化するはずなんですが......」

 結局白魔石に変化はなく、途中で断念した。確かに魔力を込めている感覚はあったんだけどな。



 「属性を調べることはできませんでしたが、次は実際に魔法を使ってみましょう。そこにちょうどいい葉っぱの山が置いてあるので、迷宮で使った『ウォーターボム』をやってみましょう」

 「わかった。『ウォーターボム』!」

 一発の水弾が葉っぱの山に飛んでいき、直撃した。例によって詠唱はいらない。



 「得意属性が水ではないのなら、ゆきさんは全属性の初級魔法は無詠唱でできるんじゃないですか?」

 「そうかもしれないけど、ここでは試せないな。火属性とかだと、この辺燃えるし」

 「魔法の行使に何も必要ないというのは、同じ魔導士として羨ましいですよ」

 「そういえばセニアってどうしてそんなに魔法が使えるんだ?元々農民じゃなかったっけ?」

 「王族というのは血縁で魔法の才能が遺伝するらしいんです。隠し子とはいえわたしは王族の血を引いていますから、幼い頃から初級魔法くらいならなんとか使えましたよ」

 サラブレットだったのか。道理で城の中から逃げてこられたわけだ。それでも大変だったろうけど。

 


 「セニアは父親が王族の人なんだよな?王族は男でも魔法使えたのか?」

 「いえ、使えませんよ。仮に魔法の才能を受け継いでいても、魔力そのものがないですから」

 「へぇ~」



 会話を交えつつ、魔法の練習をこなしていたが、早めに切り上げることにした。限られた魔法しか練習できないのと、実戦で試したほうがいい経験になると判断したからだ。

 「じゃあ帰ろうか。せっかく宿まで取ってるんだから遅くまでここにいるのももったいない気がするし」

 「宿といっても、安いやつですけどね~」

 「だから少しは自重しろって」

 森の中をセニアと並んで歩く。そんなに街から離れた場所ではないとはいえ、流石に人はいない。



 だからこそ、俺は警戒していた。俺たちがここを練習場所にした理由は人目がないからというのが大きい。だったらここは人に見られたくないことをするにはちょうどいい場所ということになる。



 見られているのだ。こうなることを予測できなかった自分の浅はかさを恨むしかない。魔法の練習をしている途中で気づいたが、一向に姿を現さない。しかし移動しても追跡してくるあたり、なにか仕掛けようとしているのは容易に予想できる。セニアは気づいていない。悪いがここは誘い出すための餌になってもらおう。



 「あの露店のパンがすごく革新的でして、なんとパンを揚げてるんですよ!」

 中にカレーを入れてみろ、さらに美味しいから。と返答したいところだがそんなわけにもいかなくなった。どうやら本格的に動き始めたようだ。



 ガサガサという音が周囲から頻繁に聞こえてくる。どうやら一人か二人という人数ではないらしい。この異変にセニアがようやく気付き始めてすぐに、敵は仕掛けてきた。

 四方向から同時にナイフを投擲。殺傷ではなく、こちらにダメージを与え逃げられなくするのが目的だろう。二本は俺、残りの二本はセニア目掛けて飛んでくる。


 

 「『エクスウィンド!』」

 無詠唱で風属性の初級魔法を放つ。強風が吹くだけの魔法だが、今の場面では非常に有効だ。ナイフは風に弾かれ、地面に落下する。同時に隠れていたうちの三人が姿を現し、こちらに向かってきた。腰に当てていたナイフを取り出し、応戦する。一人はセニアの元へ向かったが、大丈夫そうだ。憶することなく相手を見据えている。



 こちらも他人事ではない。向かってきた一人の攻撃をナイフで受け止め、もう一人の敵には先ほどの投げナイフをお返しする。狙い通り足に当たり、その場にしゃがみこんだ。



 「男が魔法だと......!おまえ、何者だ!?」

 「冒険者だ。今日が初出勤だけどな」

 ナイフを失ったことで自由になった片手を敵の男に向ける。その手は直後の一言で砲台になる。

 


 「『ウォーターボム!』」

 男の腹に水弾が直撃し、数メートル吹っ飛ぶ。なんとか立ち上がろうとがんばっているが、その隙を見逃すほどお人好しではない。すぐに接近し、首元に手を当てる。



 「『スパーク』」

 バチッ!という音が一瞬手元で鳴り、相手は地面に倒れこむ。雷属性の初級魔法、『スパーク』だ。スタンガンくらいの電力だが、十分だ。もう一人を片付けてしまおうと思い、そちらを窺うと、ナイフが脚に刺さったまま草むらに逃げる姿が確認できた。すぐに向かおうと思ったが、淡い緑の光がそこで発生する。魔法だ。



 その場で身構えるも、なにも起きない。しばらく間が空き、先ほど負傷した男がでてきた。脚に血の跡があるものの、傷は塞がっている。どうやら先ほどの魔法は回復魔法だったようだ。男は両手を上げ、こちらに向かってくる。戦闘の意志がないことを示しているようだ。

 「おまえ冒険者なんだろ?どうしてその女の味方してんだ?」

 「どういうことだ?」

 「あの女が王子の婚約者だって知らないのか?捕まえて王子の元まで届ければ、大量の報酬が貰える。そうだ、一緒に王子のところまで持っていこう。報酬は半分お前のもんだ」



 どうやら王子はセニアに懸賞金をかけたらしい。まあそうなるだろう。むしろすぐにそうならなかったのが不思議だ。

 「......人を物みたいに言うんじゃねぇよ」

 だが、目の前の男の考え方には腹が立った。女の子一人の人生を自分の小遣いにしようというその捉え方がひどく気に食わない。そして今後ろで詠唱をしているであろう女に俺を倒させようという考えもだ。



 ドンッ!という音が横から聞こえた。セニアが敵を倒したようだ。男がそれに気を取られた瞬間、空いていた距離を埋めるため疾走する。元々そこまで離れていなかったので、すぐに肉薄する。

 拳を握り、腹に一発入れる。両手を上げていたため、ノーガードで入った一発は男の動きを止めるのに十分だった。ガラ空きの顔面目掛けて思いっきり拳を振りぬいた。

 男は顔を押さえて倒れこむ。手に残る感触から察するに、鼻が折れたようだ。しかしそんなことはどうでもいいとばかりに首を掴む。『スパーク』を使用し、敵の意識は完全にシャットダウンした。



 もう一人敵がいたであろう場所に向かうが、既に誰もいなかった。逃げたのだろう。

 「ゆきさん!大丈夫でしたか?」

 「......大丈夫。セニアも無事でよかった」

 


 結局今回はセニアに負担をかけてしまっている。こんな調子ではもっと強い敵が出てきたときにセニアを守れない。

 「そういえば、さっき戦った相手がこんなのを持ってたので拝借しちゃいました」

 「これは......眼鏡?」

 「これを着けて相手を見ると、相手が使える魔法を数種類知ることができるんです。これでゆきさんがどこまで魔法を使えるのか知れるかと思って。これすごく高いわりに消耗品で人気ないのに、よくあの人たち持ってましたね」



 それはセニアが王族だということが分かっていたからこその対策だったんだろう。しかしそこまでの品を購入するということは、やはりセニアに懸かっている懸賞金は相当なもののようだ。

 まだ先ほどの戦闘の余韻が残る中、俺たちは再び街へと向かった。


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