出会いは突然
迷宮での探索を終え、俺はギルドへと向かっていた。
取ってきた鉱石を換金するのはもちろん、冒険者になるための登録をするのも目的の一つだ。あとできれば傷の手当とかもしてもらいたい。血は止まったものの風にあたると少し痛いし、このままだと不衛生だ。流石にきつい。
教えてもらった方向に歩いていると、同じような景色が続く街の中でよく目立つ建て物を見つける。漢字の凸のような形をしており、入口の両サイドにはなにかのマークが描かれた旗が風を受けてはためいている。その様子をぼんやりと眺めていると中から人が出てきた。出てきたのは鎧を着た男と杖を持った女の二人。とても仲がよろしいようで、二人はそのまま夜の街へと消えていく。
けっ!リア充かよ。
やっぱりどこにいってもああいうのは変わらないんだな。
「あ、あの!だ、大丈夫ですか?」
一人でカップルに対し呪詛を唱えていると、唐突に後ろから声を掛けられる。
振り返ると、そこにはローブについているフードを深く被った少女が立っていた。顔はよく見えないが俺の腕を見て心配そうにしている。
「え?ああ。大丈夫だよこれくらい。後で包帯でも巻いておけば治るから」
「で、でも......」
俺の反応に少女はなにかを言いたそうにしながら俯く。そして数秒後、意を決したように顔を上げた。
「わたしの魔法でその傷を治せるんです!信じてついてきてください!」
そう言って少女は俺の手を掴み、近くの路地裏に駆け込む。俺はというと唐突に手を引っ張られ、なされるがまま後についていくしかなかった。
人目を避けるように路地裏に隠れ、少女は俺の傷口に手を当てる。そしてその口を開き、唱える。
「大地の加護のもと 彼の者の傷を癒したまえ」
傷口の周辺が緑の輝きに包まれる。さっきの女が杖を持っていたため、この世界に魔法があるのは察していたが、初めて見るその光景に俺は見入ってしまう。
しばらくして輝きが消える。腕を見ると痛々しく残っていた血の跡が消え、傷口も最初からなにも無かったかのように塞がっていた。流石に服についた血までは消えなかったけど。
「すごいな、魔法って......。こんな綺麗に消えるものなのか。ありがとう。ほんとに助かったよ」
「お役に立てたようで嬉しいです。じゃあわたしはこれでーーー」
少女が言葉を続けようとした瞬間、突然強い風が吹いた。すると少女が被っていたフードがとれ、金色の髪があらわになる。驚いたように見開いていた青の瞳と視線が合う。
紛れもない美少女。思わず心の中でガッツポーズをとってしまう。
しかし少女は頭を覆うようにして顔を隠し、しゃがみこんでしまった。少女の体はなにかに怯えるかのように震えており、さっきまでとはまるで別人だ。
「ごめんなさい......許して......!」
ごめんなさいって......俺は傷を治してもらって感謝はしていても怒ったりなんかするわけがない。
よくわからないが、とりあえずフォローを入れることにした。
「綺麗な金髪だな!それに素顔も可愛いし!隠してたのがもったいないくらいだぜ!」
完全に失敗した。これじゃほぼナンパじゃないか。
しかし少女は驚いたように顔を上げ、こちらを見つめる。
「もしかして......わたしのこと知らないんですか......?」
「え?有名人だったの?ごめん、俺そういうのには疎くて」
そういうのどころかこの世界について何も知らないけど。
少女はしばらく考え込んだ後、申し訳なさそうにしながら口を開いた。
「わたし、今追われてるんです!少しの間だけでもいいので匿ってもらえませんか?もしかしたらあなたまで被害を受けることになってしまうかもしれませんが......」
見知らぬ俺の傷をわざわざ治してくれるほどのお人好しなのに追われてる?なにか事情があるのだろうか。俺には目の前の少女が悪い人間には思えない。恩もあるし、困ってるなら助けてあげたい。
「事情は分からないけど、俺でよければ喜んで力になるよ。えっと名前は......」
「セニアです!あなたは......?」
「相川雪。ゆきでいいよ。あと畏まって話す必要ないからな。普通にしてくれたほうが俺も嬉しいし」
「ありがとうございます!ゆきさん!詳しい話をする前にギルドで今出回っている情報を知りたいので、寄って行ってもいいですか?」
「俺もちょうどギルドに用があるんだ。一緒に行こう」
「はい!」
よく考えたらギルドに用があったから二人ともここにいるわけだし。
そうして俺は冒険者登録と換金、セニアは情報収集のため再びギルドに向かった。
ギルドの中は入口から見て真っすぐが受付、左が換金、右が待合室兼休憩所という構造になっていた。
冒険者登録は受付でできるらしく、先に換金を済ませてそこへ向かう。ちなみに受け取ったのは銀貨一枚。日本円で千円くらいの価値だ。確かに小遣いにはなったがあの狼と戦ったことを踏まえると全く釣り合ってない。
「セニアは情報収集するって言ってたけど、どこでできるの?」
「そこの休憩所で情報が貼りだされてるんです。あと他の人が話してることを聞くだけでも色々知れますし」
「じゃあ一旦別行動にしよう。登録が終わったらそっちに行くから」
「わかりました。じゃあまた後で」
「おう」
ちなみにセニアはちゃんとフードを被っている。顔を見られたときの反応から推測するに顔を見られるだけでも相当まずいのだろう。大丈夫だとは思うが少し不安になってくる。
しかし今は自分のことに向き合おう。
受付には受付嬢が座っていて、俺に気づいた瞬間声をかけてきた。
「こんばんは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者の登録をしたいんですけど、実は冒険者のこともよくわかってなくて。冒険者ってなにをする職業なんですか?」
営業スマイル&定型文で対応していた受付嬢が俺の言葉に少し驚いたような顔をする。
たしかにこの質問って建築家になりたいやつが建築家って何?って聞いてるようなものだもんな。
「冒険者というのはクエストを受けたり世界各地の未開拓地を探索することで生計を立てる職業です。モンスターと戦うことを前提としているので危険な職業ですが、成功すればその名が多くの人に知れわたるほどの富と名声を手に入れることができます」
「ほーん。じゃあ魔法とかってどうやったら使えるようになるんですか?」
「......魔法が使えるのは魔法適正を持つ人のみです。そして魔法適正を持つのはそのほとんどが女性です。例外は何人かいますが、使えたのは初級魔法くらいなものです。」
え、じゃあ俺魔法使えないのか......。
そして受付嬢の機嫌がどんどん悪くなっていく。そんなことも知らねぇのかって顔に書いてあるかのようだ。
「一応魔法適正調べることってできますか?」
「一応できますが......。少々お待ちください」
そう言って受付嬢が関係者以外立ち入り禁止のエリアに消えていく。
めんどくさそうな顔してたな、あの人......。
しばらくその場で待っていると受付嬢が帰ってくる。その手には植物の種のようなものが握られている。
「この種はシラベの種といって、魔力を込めることで種が成長し、適正があるかどうかを調べることができます。どうぞ」
「あ、ども。でも魔力を込めるってどうすればいいかわからんですけど」
「魔力を扱う感覚は人によって異なります。自分の感覚を見つけられない時点でその人はもう適正がないんです。その種は適正があるかどうか、というよりどれくらい適正があるかを調べるもの、と言ったほうが正しいでしょう」
ふむ。魔力の感覚ねぇ。俺のイメージでは血液みたいに体中に流れてる感じなんだよなー。
とりあえずイメージ通りにやってみるか。
種を右手に持ち、目を閉じる。今魔力は体中に行き届いている。足の先から頭まで全部だ。それを右手に濃縮、そして一気に放出する!
「はっ!!」
......何も起こらなかった。気合を込めて叫んだ俺の声だけがむなしく響く。
受付嬢は必死に笑いを堪えている。正確には堪えきれておらず、時折「フッ・・・」って声が聞こえてくる。
この人、絶対俺のこと馬鹿にしてるだろ。
「アニメみたいに軽い感じでできたりしないかなー、なんてな」
魔法出ろ、みたいな感覚で魔法が撃てれば誰も苦労なんてしないだろう。しかし半分ダメ元、半分照れ隠しでやってみる。
しかし予想とは裏腹に、種は発光し始めた。
種から芽が出て、子葉ができてと種は急速に植物へと成長していく。葉が増え、茎が丈夫になり、最後に紫の花を咲かせて成長は止まった。
「花が咲くって......魔法適正Sじゃないですか!?」
思わず受付嬢が声を荒げてしまい、周囲の視線がこちらに向く。俺の手に持っている花に視線が移ると周囲にはどよめきが生まれる。
「魔法適正Sってそんなに高いんですか?」
「今生きてる人の中では片手で数えられるレベルですよ!しかも男でSランクなんてそんなの歴史上でも存在しませんよ!?」
嬉しさはもちろんあるけど、それよりもなんで?っていう思いのほうが強い。思い当たる節がなにもない。ただ奇跡的に才能があっただけなのか?
「あの、色々教えてくださってありがとうございます。そろそろ登録の方お願いしていいですか?」
ほんとはもうちょっと色々聞いておきたかったけど、匿ってくれって言われた手前、こんな目立つのはよろしくない。早めに要件を済ませておこうと考え、登録を促す。
「は、はい。ではこの紙に名前を書いてください。あとは登録金を払っていただければ登録は終了です」
「なんだそれだけか。簡単じゃないか・・・って登録金!?」
「はい。登録金として金貨一枚をいただきます」
まじか......ここにきて詰んだじゃないか。金貨一枚は銀貨十枚分、つまり一万円くらい。
「あの、実は金持ってなーーー」
いんです、と続けようとした瞬間、横から手が伸びてくる。その手には金貨一枚が握られていた。
「お金、持ってなかったんですね。わたしが払っておくので名前書いておいてくださいです」
その手の主、セニアはそう言って受付嬢に金貨を渡す。おそらくさっきのどよめきに気づいてこちらの様子を見に来たんだろう。申し訳なく思いながらも今は素直に借りておく。
「アイカワユキさんですね。クエストの報酬金の五パーセントはギルドの収入となりますのでご了承ください。これで登録は終了です」
こうして俺は、異世界での職を手に入れた。