せっかくなら楽しみたい
なぜだ。
やっぱりあのコンビニ呪われてんじゃないの?
違う。そんなこと考えてる場合じゃない。まずは状況整理といこう。
時間帯は夜。でも人は多い。剣とか持った人が歩いてても誰も気にしない。出店が多い。肉っぽいの焼いてる。そういえば飯食ってない。
「あ、そうだ携帯は......」
家を出るときにスマホを持ってきていたのを思い出し、ポケットから取り出す。
電波は圏外。電話で助けは呼べないらしい。しかし最初からそんなもの期待してはいない。
現在の時刻七時ピッタリ。しばらく見つめていると、画面の数字も一部が〇から一になる。どうやら正常に動いているようだ。これでもし時空の歪みで時間がズレている、みたいな展開にならない限りは向こうの世界、日本の日にちと時間が確認できる。
それを確認してスマホの電源を切る。充電する術がないから必要な時に最小限だけ使っていかないと使えなくなってしまう。
とりあえず腹が減った。前にある出店の肉を焼く音がいちいち俺の胃袋を刺激してくるのだ。
しかし俺はこの世界の金を持っていない。手っ取り早く金を稼ぐことはできないだろうか。
無茶なことだと思いつつも近くにいたおっちゃんに聞いてみる。
「すみません、すぐにある程度のお金が手に入る仕事ってあったりしますか?」
言ってる途中で気づいたけど日本語通じないよね?俺この世界のことなにもわからないまま積むんじゃね?
既にゲームオーバー目前になっていたことに打ちひしがれていると、おっちゃんが口を開いた。
「そりゃ間違いなく冒険者業だね!リスクも大きいが、他のどの職業よりも金が入るぜ!」
わお......日本語、上手ぁい。
言語が通じたのはいいとして、冒険者という異世界っぽいワードに俺は反応してしまう。
「俺、いますぐにでも金が欲しいんです!どうやったら冒険者になれるんですか?」
「冒険者は向こうにあるギルドで登録してるけど、多分今すぐには金は入ってこないぜ。迷宮で魔石を採取してギルドまで持ってけば一食分の金くらいは手に入るが......」
「今そんな表現されると行くしかないじゃないですか!その迷宮ってのはどこに?」
「そ、そこの角を左に曲がって道なりに進めば見えるはずだ。兄ちゃん、若いのに苦労してんだなぁ......」
苦労してますよほんとに。急にこんなところに飛ばされたんだから。とりあえず聞き出せる情報をおっちゃんから聞き出す。
「ありがとうございます!助かりました!」
おっちゃんにお礼を言った後、俺はすぐに迷宮なるものに向かった。
迷宮ではモンスターがでるって言ってたけど、俺がやるのはちょっとお邪魔してその辺の魔石を拝借するだけだ。そんな強いやつでもないだろう。
指示された角を左に進む。
少し遠いのかと思っていたが、それはすぐに見つかった。
街を出てすぐのところに洞窟の入口のようなものがあり、その周囲は松明の火によって照らされていた。さすがにこの時間になると入っていく人の姿は見えないが、明らかにここが危険な場所なのだと周囲に知らしめているようだった。
おそらく地下に迷宮は広がっているのだろう。俺は空腹やお金のことなど忘れるほどにテンションが上がっていた。本物の地下迷宮を前にして今更自分が異世界に来たことを実感してきたのだ。
今回の目的は食費の確保だけど、そのうちちゃんとあそこを訪れよう。そう思った。
~~~
街から約五分、ようやく俺は洞窟までたどり着いた。
今まであった空腹感は鳴りを潜めている。気分が戦闘モードに入ってしまっているらしい。だが今回は魔石を採取するだけだ。このわくわくはまた今度に取っておくとしよう。
目の前には静かに佇む洞窟。
俺はそこに足を一歩踏み入れ、そのまま奥へと進んで行った。
中に入るとしばらくは階段が続いた。コツコツと自分の足音がよく響くが、他に物音は聞こえない。
階段を下りきると、鉱脈のような空間が奥まで続いていた。そこら中に輝いている鉱物があるためか、中はぼんやりと明るかった。
「そういえば魔石がどんなものなのか聞いてなくね?」
魔石を探して奥へ進んでいると自分が重大なミスをしていたことに気づく。探しにきたものがどんなものか分からなくては探しようなどあるはずない。
「仕方ない、適当な鉱石持っていくか。魔石じゃなくても多少は金になるだろ」
そう考え、近くにあった鉱石を拾っていく。緑、青、赤、と日本に持っていけば高値で売れそうな色をしたものばかりだ。それを拾ってはポケットに入れていく。
ポケットに入れれる分だけ入れた。これだけあればさすがにリンゴくらいは買えるだろうか。
来たばかりだが今回の目的は達成したので出口に向かって歩く。あとは帰ってこれを金にするだけ。
そのはずだった。
「なにかいる......?」
そう呟いた瞬間、アォーーンという遠吠えが洞窟中に響いた。おそらくこれはおっちゃんの言っていたモンスターだろう。キョロキョロと辺りを見渡すが声の主は見当たらない。今は装備もなにもない丸腰の状態なのだ。襲われては一溜まりもない。急いで出口へ向かう。
しかし逃げられない。
横手から黒い影がものすごい速さでこちらに突進してきたのだ。俺は咄嗟に体を地面に転がし回避する。
「武道習ってて良かったって思えたのは今日が二度目だな......!」
こちらに突進してきたのは黒い毛をした狼だった。一見普通の狼と変わらないように見えたが、口から覗く牙は非常に大きく、そして鋭い。もし避けきれていなかったらと考えるとゾッとする。
狼がこちらを見据える。どうやら気づかれる前に逃げるのはもう無理のようだ。戦うしかない。
勝たなくてもいい。逃げる隙を作るだけでいいのだ。でもどうする?相手はとんでもなく速い化け物だ。簡単にはやられてくれないだろう。
俺が頭を回転させていると、狼が再びこちらに突進してきた。
さっきの攻撃は不意を突かれたため避けることが精いっぱいだったが、今回はなんとか目で追うことができた。少し余裕を持って横に飛び、突進を避ける。
しかし今回の攻撃はそれだけで終わらなかった。
狼は避けられた後、壁に着地し、そのままこちらに跳ね返ってきたのだ。余裕を持って避けたことで、まだ態勢が整っていない。俺は体を捻ることで致命傷を免れたものの、左腕の上腕部分の肉を裂かれた。
「っ!?まじで痛いな......!」
どうする......このまま避け続けてもいつかはやられる。かといって策のない攻撃、あるいは逃走は成功しないだろう。それどころか返り討ちにあって深手を負うことが容易に想像できる。
今の俺はモンスターと戦うための装備などなにもない。あるのは拾った鉱石とあっちの世界から持ってきた小銭とスマホくらいだ。
てか、こんだけ転がりまくってるけどスマホ壊れてないよね?
ポケットにあったスマホを取り出し、電源を入れる。画面にはおなじみの企業のロゴマークが映し出された。
うん。液晶、中身ともに問題なしだ。安否の確認を終え、俺は再びスマホの電源を切ろうとする。しかしあることを思いつき、電源ボタンに伸びていた指を離す。
少し離れたところでは狼がこちらの様子を窺っていた。スマホが武器にでも見えたのだろうか。なんにせよスマホに気を取られているうちに攻撃されなかったのはラッキーだ。
俺はスマホをポケットに入れ、狼を見据える。これで三度目の対決だ。
狼は俺がスマホをしまったのを確認すると再び突進の構えに入った。おそらくこの攻撃が奴にとって一番安全かつ強力な一撃なのだろう。俺もそれに備え、すぐに動ける態勢を作る。
数瞬の後、狼は動いた。
これで決めるつもりだったのか、今までで一番のスピードでこちらに向かった来る。
俺はそれを横に転がるようにして避ける。そして先ほどまで狼がいた方向に向かって走った。元々狼がいたところを通り過ぎ、そのまま進む。しかし行き着いたのは、岩でできた壁だった。
逃げ場を失った俺に対し、狼はまるで煽るかのようにゆっくりこちらへ歩いてくる。その目はようやく追い詰めた獲物を品定めするかのようにこちらを射抜いている。
狼が勝利を確信し、いざとどめを刺そうとした、その瞬間だった。
ピピピピッ!という音が洞窟中に響き渡る。
狼の後ろから大音量のアラームが鳴り響いたのだ。
狼は突然の音に驚き、後ろを振り返る。そこにあったのは、今も健気に音を出し続けている俺のスマホだった。さっき避けたときに時間差でアラームがなる状態であの場に置いてきたのだ。
狼が後ろを振り返った瞬間、俺は狼の元へ全力で走る。狼は途中で俺の存在に気付いたが、そのときにはもう既に遅い。ガラ空きの頭部に対し、渾身の回し蹴りを叩き込んだ。
狼は弾かれたように体を宙に浮かし、そのまま地面に倒れこんだ。一応確認してみるが、完全に意識が飛んでいるようだ。
地面にあるスマホを拾い、アラームを消す。アドレナリンが切れたためか、左腕の怪我の痛みが徐々に強くなってきた。
「まじで危なかった......。派手に音出したし、早く出口に向かうか」
転がりまくって少し減った鉱石を気にすることなく、俺は急いで出口へと向かった。