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枝の先に(仮)  作者: 菜の花
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いじめ

外をみると雨が降っていた。冷たい廊下にしみ込んでくるような雨だ。

岡山市の雨は日本でいちばん酸性度がつよいのだと今朝のニュース番組で言っていた。雨の中に溶けていく自分のすがたを想像しながら、わたしは自分が無になる瞬間を思う。

「あっ」

ふいにはしゃいでいた女子生徒のひとりがぶつかってきそうになる。転びそうになる同級生を支えてはやらなかった。

「気をつけなよ、ヤマ菌がうつるよ」

小声で言われた言葉のあとには、ふくみ笑いがつづく。

この笑いかた、大嫌い。あんたたちも大嫌い。

言葉で浮かんでも、声にはならない。

だいじょうぶ、どうせすぐに終わるんだから。だいじょうぶーー。

スカートの裾をぎゅっとつかむ。わたしが裏切ったあの日から一か月が経って、スカートの型はすっかりくずれてしわしわになってしまっている。

わたしも、あの子たちと同じことをしていたのだ。仲のよかった由季たちと一緒に、いじめられっ子を見てはくすくす笑っていた。けれど由季がいじめのターゲットに選ばれた途端、クラスメイトと同じように由季を笑いはじめた。肩が当たれば「菌がうつるー」と騒いでも見せた。クラスの輪から外れたくなかった。

最初は罪悪感もあった。家に帰ってから自分の部屋に行って、ごめん、ごめんと何度も口にした。だけどすぐになれていって、一週間もすればわたしもみんなと同じになっていた。そう思っていた。

クラスのリーダー的存在の女の子が言い出したのだ。

「てかさ、一週間前まで仲良くしてたのに沙枝ちゃんひどくない?」

この一言のせいで、わたしはいじめられっ子になった。そのおかげで由季はいじめられなくなって、今度はいじめっ子のひとりになった。

不公平だな、と思う。

自業自得だな、とも思う。

苗字の山田からとって、みんなはわたしをヤマ菌と呼ぶようになった。名前の沙枝で呼んでくれる友だちは誰ひとりいなくなった。

雨に溶けてしまいたい。どうせならきれいな雨のしずくの一つひとつになって、きらきら光っていたいと思う。

「おー、山田。こんなところにいたか」

教室前の廊下なのに、村瀬先生はわざとらしく声を張ってみせた。クラスメイトがちらちらと振り返って教室に入っていくのが見えた。

「今日な、転校生がくるんだ。青本光(あおもとひかる)っていうんだけど、学校案内してやってくれ」

光って、男の子だろうか。女の子だろうか。でもそんなのはどうでもいいことだ。

先生がなぜわたしを選んだのかはよく分かる。その子がわたしと関わることでどうなるかも、よく分かる。

「いやです」

先生は少し困ったような表情を浮かべた。

「そんなに転校生がいやか?青本は山田と気があうと思うんだけどなあ」

本当はいやじゃない。関わらないようにしてあげてるだけ。

「山田はしっかり者だし、友だちができたら青本も心強いんじゃないかな」

友だちになれるわけないじゃない。

「……そういうことだから、よろしく頼む」

きまりが悪くなったのか顔を見ずに、村瀬先生はわたしの肩をぽんと叩いた。先生の背中を見送ってから、わたしもわざとらしくため息をついた。

席についてマイネームで『死ね』と書かれた机をながめていると、またふくみ笑いが聞こえてくる。机の中に手を入れれば、表紙の切りきざまれたノートが何冊か出てきた。『ブス』『消えろ』『キモい』……。よくこんな汚い言葉、書けるよね。

ノートをめくっていくと、色々な字体で乱暴な言葉がならんでいる。その中に見覚えのある字体があった。

『ひきょうもの』ーーそれは由季の本心だろうか。今となっては確かめようがないのだけれど。

チャイムが鳴ると同時に、教室のドアの開く音がする。いつものように先生が入ってきた後、少し高い足音が耳に届いた。

ぎろりと音がしそうな目つきで教室を見回す転校生は、異様な存在感を放っていた。きわだって高い身長がよけいにその異質さを表しているようで、うるさかった教室は一瞬で静まり返った。

開け放たれたドアから入りこんだ風が、転校生のスカートをふわりと揺らした。

「転校生を紹介するぞー」

村瀬先生の張りきった声に、転校生は露骨にいやそうな顔をする。彼女が教卓の横に立つと同時に、先生は黒板に文字を書きはじめた。

「青本、みんなに自己紹介してやってくれ」

黒板に書かれた自分の名前をちらりと見やって、転校生は前に向きなおった。数名の話し声が小さくひびいたけれど、それはすぐにかき消された。

「青本光です」

りりしい声だった。

それだけで自己紹介が止まってしまったのを見かねて、村瀬先生は困った顔をしながら付け加えた。

「青本、他になにかないか?ほら、好きな食べものとか、将来の夢とか……」

そういう先生を彼女はきっとにらみつける。先生はあきらめがついたという態度でわたしの隣の席を指さした。

「じゃあ席はあそこな」

青本と呼ばれた少女は、無愛想な表情のままつかつかと歩いてきた。隣の席に腰かけて、彼女はわたしの席を一瞥した。

「カワイソー」

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