See you again
柔く目を瞑ったまぶたに木漏れ日が落ちて、血潮の朱がゆらゆらと揺れる。
小波に似た葉の重なり合ってたてる音がまどろみを深い眠りの際まで誘う。意識をそこから浮かばせだりまた沈ませたりして、なんとも言えない心地よさに身を任せるのは、煙草を吸う感覚に似て妙な背徳感が気持ち良い。
風が撫でる。私の肌の上を。昨日より少し熱い気がする。
夏が近付いたのだろう。
涼しい木陰で過ごす昼下がりの時間も短くなってくるだろうし、まず第一に、あの子にも夏休みがやって来る。
昼食の献立を考えるという手間はもちろんだが、あのくらいの年頃の子は、あちこち連れて行って欲しいと親に強請るものではないだろうか。
そうなると毎日庭に出て惰眠を楽しんでいる場合でもない。遊園地、動物園、水族館、博物館。果たしてあの子は、どこに行きたいと言うだろうか。
考えているうちに垂れてきた瞼を、無意識が押し上げてぴくぴくと痙攣していた。もういいよ、と自分に許可を出してあげれば、脳天に生ぬるい感覚が広がって自然に呼吸がゆっくりとしてくる。
まだあの子が帰ってくるまで時間はあるから、少しだけ眠っていようか。
足に掛けたブランケットを少しずり上げて身体の力を完全に抜いた私の耳に、チリン、かすかな風鈴の音がどこからか届いた。
急に頭が冴えた。冷水を浴びせられたような。
目を見開く。木々がざわめく。
ひゅうっと息を吸い込んだ胸が激しく上下する。
私は言い知れぬ寒気を感じて、椅子から立ち上がった。
鳥肌の立った二の腕を摩りながら、一人暮らしの我が家へと踵を返す。
この家に風鈴は無い。そして、帰ってくる子供もいない。