その7
「な、何したっていうのさ、カモくんが!」
カレンが聞くと、黒庵さんはそのままカモくんにそれを投げた。
「だってよ、餓鬼」
「……」
「ちっ、自分で言えよなぁ…」
話す気がないと判断したのか、彼はカモくんの頭を小突いた。
「まず言っとくぜ。こいつは神社の家の息子なんかじゃない一一ただの幽霊だ」
風の音がやけに強く感じる。
遠く感じる部活動の声。
バツが悪そうに顔を背けたカモくんを思わず凝視した。
「…カモくんが、ゆ、幽霊?」
信じろというのか、そんなオカルトを。
「だって彼は、そこにいるじゃないか」
だって幾度となく触った、抱きしめた、声を聞いた。
彼は明らかに存在している。
「そうだよ!カモくんは足だってあるし…!」
「幽霊は足がないというのはただの迷信だ」
カレンの言葉をばっさりと切り捨てた。
故に信憑性が高まる。
ふざけてる場合ではないのだ。
「…そうだ、私はこの世にもういてはならない人間だ」
初めて声を聞いた。
まだ俯いたままで、全く目を合わせてくれない。
「…いつ、死んだんですか?ここら辺で子供が死んだなんて話を聞いてませんが」
ヒナちゃんが聞くと、カモくんはひぃふぅみぃと手を折って。
「ざっと400年前くらいか」
「「「400年前!?」」」
見事にみんなの声がハモった。
よ、400年前って!
「だいたい関ヶ原あたり…」
「せ、関ヶ原!?…てなんだっけ、明治?」
「戦国時代ですよ!」
カレンが盛大にぼけてくれた。
「…戦国時代って織田信長とか豊臣秀吉とかの!?」
ようやく思考が追いついたらしい。
たしかに彼は古風な言葉を選ぶ。
現代の子供らしからぬ雰囲気ではあったが。
「…にしてはプ○キュアとか戦隊ヒーローとかに詳しかったけど…」
「あれは勉強をしたのだ。駄菓子屋ではテレビも見れるからな。
ヒーローが颯爽と敵を倒すのが心地よくって、つい見入ってしまったのだ」
こ、子供だ。
容易に「赤レンジャーがんばれー!」と拳を振り上げるシーンが想像できた。かわいい。
「私は勉強家なのでな」
ドヤ顔されたけど、そのお勉強に至っては完全に楽しんでる気がする。
「まあそれは本当みたいだな。
お前んちは結構勉強、勉強!だったっぽいし」
黒庵さんがまるで古くからの隣人のように言ってきた。
まあ黒庵さんは幽霊じゃないだろうし、400年も生きてる隣人なわけないんだけど。
「当然だ、努力の末に掴んだ地位なのだから」
「それを横取りされちゃあ、ムカつくよなぁ」
ぴくん、と眉毛が動く。
横取り?
「かと言ってやっていいことと悪い事がある。
いくら餓鬼でもそれくらいはわかんだろ?」
「……承知の上だ」
そんなに幽霊としてここにいるのがいけないのだろうか。
幽霊なんてそこらへんの写真に紛れてるし、さほど警察が来るような事態とは思えない。
「俺ら警察が来たのは、こいつが勝手に幽霊として存在してるからだけじゃねぇんだ。
…んーーと、まああれだ。こいつはやっちゃいけないことしたんだよ。
…言い出しにくいっちゃにくいんだよなぁ」
ポリポリと頬をかく。
何が言い出しにくいんだ、と尋ねようとしたが…。
あの黒髪スーツの眼鏡男が手を挙げた。
「黒庵さま、脳がないのは十分存じてますが、今はそれどころではありません。
ご説明ができないのならば吾が致します」
やけに丁寧な言葉遣いにどSな発言。
黒庵さま、とか主従関係がうかがえる物言いに驚いた。
「てめぇ喧嘩売ってんな?苦手なんだよこーゆー説明は。
…まあ、じゃあ頼むわ。ちっ、あとで覚えてやがれ」
バカにされたのが気に食わないのか、舌打ち。
それでも彼に任せるのが適任と判断したらしい、あっさり身を引いた。
「…皆様、初めまして。吾は御先と申します」
丁寧に頭を下げられ、こちらも頭を返した。
「まずは貴女方がカモくんと呼んでいる、この少年の本名から話しましょう。
彼は賀茂在秋という名前です。陰陽道2大流派の一派、賀茂家最後の血縁在信の孫にあたります」
恐らく、確信的なことを言ったのだろう。
御先さんもそんな感じの顔をしてるし、カモくんも言われちゃった…みたいな表情だ。
けれど、そんな教科書に載っていないような内容を言われたところで、僕たちは知るよしもなく。
「え、おお…うほ?」
「カモノハシ…」
カレンとヒナちゃんに至っては、意味のわからなすぎる現実に脳みそが逝ってしまった。
「すまないけど、御先さん。歴史知識の薄い僕達にもわかりやすく話してくれないか?」
「承知しました」
大体予想できていたのか大した反応もせず。
御先さんは指を立てて話してくれた。
「陰陽道というのは一種の宗教であり、研究機関です。
もともとは中国から伝わったものですが、日本で独自の進化を得ました。
政治や吉凶、暦をみる専門機関。
当然政府の心の拠り所となり、政を決める際の目安としたりしました。
陰陽寮という専門の機関が天武天皇により創立され、かれらは天文道と歴道その他を統合した研究をしていました」
ここまでは前にカモくんに聞いた話と概ね同じだ。
飲み込みやすい内容。
「しかし、逸材が現れた」
立てていた指をピョコピョコと動かす。
その指が逸材なのだろうか。
「安倍晴明。皆様、これくらいは聞いたことがあるでしょう?」
「ああ…漫画とかで見たことあるよーな」
「小説とかにも良くなってますよ」
「はい。彼は天皇の食堂を司る大膳大夫の一門の息子として産まれました。
そう、陰陽道とは無縁の格下の家系だったのですが、彼には一つ特徴があった。
妖狐とのハーフだったのです」
「妖狐…狐か」
「はい。葛の葉という狐を母に持った彼は、常人が一生かかってようやく得る量の霊力を湯水のごとく使えました。
父親はこの天才を埋もれさせるのはいけないと、当時陰陽道を司っていた賀茂家の当主に彼を託しました」
ここでようやく賀茂がでてきた、長かった。
「賀茂忠行は彼の才能を愛し、伸ばします。
そして最終的に、清明と自分の息子に家を譲りたいと考え、愚かなことをしてしまいます。
天文道を安倍晴明に、歴道を息子の賀茂保憲に分けて譲ったのです」
一つのものを二つに分けて譲った?
「それから、二つの家は陰陽道二大宗家として活躍することになるのです。
しかし当然、二つも宗派があれは派閥争いなどがどうしても生まれます。
だんだん衰弱していった賀茂家に止めを指したのは、在種という跡取り息子が暗殺されたことです」
「暗殺って…そんな、中二病みたいな、」
「恐縮ですがカレン殿、あなたはこの脳内筋肉男と同じような発言をしているのをお気づきですか?
今後発言には充分な注意を払った方がよろしいかと」
「うぇえ!?は、はい…」
御先さんがイラついてる!?
カレン殿とか言っちゃって、なんだか武士のような威圧感。
まあ、武士に会ったことないけど。
「話を戻しましょう、 聡明なる貴女方にはもうお分かりでしょうが、暗殺の犯人は安倍家です。
跡継ぎのなくなった賀茂家を継いだのは、安倍家の当時14歳の子供。
安倍家との両立に耐えられず失脚し、結局勘当した在信の息子が継ぎましたが途絶えました。
実はその息子には隠し子がいました。在種の二の舞にはしたくないと願った彼は、存在を隠していましたが…。
そのような存在を長く隠すことは不可能です。安倍家は遠巻きにその隠し子を殺そうと企みました。
家のある村に『あの家は呪われた家だ』と物事の吉凶を専門とする役職の家が噂を流した。
当然皆疑いなく信じ、その家を忌み嫌います。
息子の家庭は職を失い、困窮した生活を送ることとなりました」
「引っ越さなかったのか?村から逃れればよかったじゃないか」
「たとえ引っ越しても、またそこで噂は流れるんですよ
しかも引っ越したからと余計に信ぴょう性は高まる。
悪い噂というのは広がるのが早いですからね」
引っ越した事=認めたことになってしまうのか。
噂が本当だから逃げたのだ、と思われてしまうわけだ。
「彼らは結果、餓死という最後を遂げることになります。
そのとき、直接賀茂家の血を継ぐ子供へ、家族はすべてを託しました。
“どうか賀茂家が耐えませんように”
“どうか安倍家に復讐を”
“安倍家がしたように、私たちも安倍家を征服できますように”」
「……当然の恨みだよね」
カレンが忌まわしそうに言う。
3本の指を立てて説明してくれてた御先くんが頷いた。
「はい。当然です。
死をもっての願いというものは強烈です。
常人が普通なら死にたくないと本能に思うものをねじ曲げるほどの願い。
願いは信仰だといえるでしょう、しかも陰陽師という霊力を有する家系の信仰ともなれば、それは凄まじいものとなります。
くわえて、彼らは全く信仰されてないわけではなかった。
書物に記され、神社も少ないながらある。微量ながらも霊力は得られた。
時さえあれば、大量の霊力が集まる環境にはあったわけです」
賀茂家自身の信仰と、一般人からの信仰。
時さえあれば、塵も積もれば一一強大な霊力に。
「賀茂家がしたことは、それらすべての霊力を一人にしか集まらないように術をかけた。
結果、最後の血筋たる彼が一一賀茂在秋が復活したわけです」
…そういうこと、だったのか。
なるほど、すべてがつながった。
本当の賀茂家の最後は、彼。
カモくんは一族の願いすべてを背負った幽霊で、400年経ってようやく復活した。
そうだったのか。
「…幽霊…」
こんな可愛い子が、もうこの世にはいないのだ。
「…だから髪の毛が灰色なのか」
闇に紛れることのできない髪色は、栄養が行き届かなかった故のもの。
彼の壮絶な生前が伺えた。
よく考えれば当てはまる箇所はいくつもあった。
彼の手が驚くほど冷たいのも、色が白すぎるのも。
隠れたがる性質は、もしかしたら生前
村人とかに迫害されてたのかもしれない。
呪われた家だから出て行け、と。
「そうだ、サチちゃん…」
「え?どしたの、クミ…」
「前に会っただろ。なあ、サチちゃんの発言、気にならなかったか?」
カレンが首をかしげ、考え込む素振りを見せる。
そして、数秒後にあっ!と目を見開いた。
『お友達とこれからどこか行かれるんですか?』
あの時あった時、彼女はそういった。
普通小さい男の子を連れていれば、弟か何かかと聞くだろう。
しかし、彼女は不思議なくらいカモくんを意識しなかった。
見えてなかったのだとしたら。
彼そのものに気付かなくっても無理はない。
「…さて、ここまでが彼の過去の話です。
これからは彼の罪の話をしましょう」
ぱん、と手のひらを叩いて、話を切り替える。
「まず、在秋に託された願いはなんだったでしょうか?」
「賀茂家の復活と、安倍家への復讐と…」
ヒナちゃんが指で数えながら唸った。
あともう一つはなんだったか。
「あともう一つは、安倍家を乗っ取る一一いわば、征服です。
在秋はこれらを叶えるためだけに復活した。
一族から託された限られた霊力をいかに上手く使い、目的を達すればいいのか考えた。
そして考えたのが、“ヒーローになる”ということ。
安倍家に襲い掛かる敵を賀茂家たる自分が倒せば、一般人のみならず安倍家すらも手の内にできます。
幼い彼は、きっとト○ザらスとかのテレビコーナーでそれを決意した」
か、可愛すぎるだろ!!!
想像したら鼻血が出そうなくらいに萌え光景だった。
お花畑な発想が幼い彼らしい。
「しかし、ここで問題が発生します」
「…問題?」
カレンの言葉にこくりと頷く御崎さん。
「敵がいないということです」
「…ま、まあそうだよねぇ」
「いまの時代、敵はテストと受験くらいしかいませんもんね。
あとはヤのつく人ぐらいですけど、それは警察の人のお役目ですし」
かなり現実的な敵だな。
「いないなら、作ればいい。
そうして彼が頼ったのは、この地に300年くらい前に封印された怨霊の存在でした」
綺麗な指で、地を指差して。
「おわかりになりませんか?
一一辻斬りは彼が復活させたのですよ?」
ここに眠っていたのをね、と。
御先さんは、綺麗な無表情で言い放った。
「…え?辻斬りって…嘘」
「な、何を言ってるんですか?
だ、だって辻斬りを倒したくって、カモくんはヒナたちを頼ったんですよ?」
「カモくん…が?」
信じられなかった。
辻斬りを倒して欲しい。
男である自分では無理だから。
そう頼ってきたのは、すべて、すべて…
「自作自演…だったというのか」
足元から崩れ落ちそうになる。
騙されてたというのか。
『私には…無理だ…』
あの胸を締め付けるような切ない声も。
『ありがとう…!』
やってよかったと思える嬉しそうな顔も。
すべて、自作自演だというのか。
「…残念ながら本当のことです。
実際、先程この黒庵さまが倒したのにまた復活したでしょう?
それは死んだはずの辻斬りに、主たる彼がまた霊力を入れたからですよ」
そうだ。
死んだのにまた生き返ったのは、誰かの手があったからだ。
それは、このカモくん一一
「…私たちを騙したっていうの!?
カモくん!」
カレンが叫んだ。
相変わらずカモくんは頭を下げたまま。
表情は伺えない
「そんな願いのためだけに、ヒナたちを危険な目にあわせないでください!」
「そーだよ!私なんか切りかかってきたんだからね!」
二人して批難する。
もちろん僕も怒りたかったが、とにかく呆然とした悲しみが大きかった。
僕は出来うる限り、味方になろうとした。
それはすべて無駄で、彼の狙い通りで。
「…だから、選んだのか?」
「クミ?」
「僕が子供に弱いのを知ってて選んだのか?
思い通りになるだろうと見込んで!」
ならば、許したくない。
このふたりを巻き込んだのは僕だ。
それは子供に甘い性格が招いたこと。
騙されたのはカレンたちじゃない。
僕だ。
ならば、僕を許したくない。
危険な目に合わせた責任は、僕にあるといえよう。
「………私は、クミの優しさに漬け込んだ訳じゃない。
もちろんクミやカレンたちの優しさを知った上で選んだのは事実だ。
だが漬け込みたかったわけじゃない…」
初めて喋った。
だけど、意味が理解出来ない。
「何言ってんの!?」
カレンが怒ると、今まで黙っていた黒庵さんが制した
「まあまあまあ、女の子がそんなふうに叫んじゃいけないぜ?」
イケメンに制されたからなのか、渋々と引き下がった。単純である。
「コイツにも事情があんだよ、頭ごなしにしかんな。知ってから意見いえ」
ぴっ、と親指でカモくんを指して、ぶっきらぼうに言い放った。