その5
カモくんを探しながら登校したが、影すら見かけられなかった。
ポケットの中には相変わらずお札が入っている。
昨日使うことの出来なかったお札が。
朝からハイテンションなカレンを軽くあしらいながら登校し、ふと気づく。
謎の疲労感が消えている。
だるさもねむさも、嘘みたいに。
やはりただの風邪だったのだろうか。
そして事件が起こったのは昼休みである。
お昼ご飯を食べようとお弁当を広げた瞬間に、腐臭を感じた。
驚いてカレンを見ると、カレンも腐臭を感じたようで、なにやら焦ってる。
「く、クミ!この納豆と50代の加齢臭のレジェンドみたいなおっさんの香りと新宿2丁目を合わせたような香りは!」
「うん、そんな細かい説明しなくてもわかるから」
なんだ加齢臭のレジェンドの香りって。
とにかく僕達は匂いのありか一一もとい、体育館裏へ向かうことにした。
途中でクラスの違うヒナちゃんも合流し、一緒に体育館裏へ向かった。
もしいたら、カモくんがいなくとも戦うつもりである。
今度こそ仕留めたい。
体育館裏へ近づくにつれ腐臭が強くなり、ますます確信に近づく。
これは、絶対にいる。
そして体育館裏へ出て、事態を確認しようとした一一そのときだった。
「…え?」
ヒュンヒュンヒュンと音を出しながら宙を舞うそれ。
ばかな、と言いたくなるが、現実であった。
二つになった銀が、目の前の地面の上に勢いよく刺さっていく。
そう、刃が折れて目の前に落下してきていたのだ。
刀が折れるのと同時に黒い霧が霧散して、嘘みたいに散っていく。
霧が持っていた方の刀は、地面に落ちるスレスレで霧となって消えた。
同時に、土に刺さっていた刀もである。
すべて、一人の男によって。
「一一」
「危ねぇぞ、餓鬼」
こちらに気づいたらしい男は、辻斬りの本体である刀を真っ二つにした正体一一同じく銀色の刃が光る刀をくるくると回しながら振り向いた。
明らかにこの学校の人間ではない。
黒の革ジャンに黒のパンツ。
全身真っ黒でやけにチャラチャラとした、歌手みたいな格好。
ロン毛気味の黒髪に均等の取れた肢体。
綺麗な顔立ちをした男だ。
やけに世離れをした、幻のように綺麗な男。
その手に持っている黒い刀が似合っていた。
「近寄って来んな、あぶねぇじゃねぇか」
辻斬り同様、持っていた刀を回しながら、鞘にも仕舞わずに霧散させて彼は言う。
正直、呆然とした。
彼はやけに戦い慣れていて、簡単にやっつけてしまったのだ。
あの辻斬りを。
「な、なんなの、あんた!? ふ、不法侵入だよ!」
カレンが刀を持っていながら、校内に侵入している男に、警戒を示す。
そうだ、普通に考えて彼は危険人物だ。
その辻斬り以上に。
「あ?悪りぃ、悪りぃ…ここ学校だったのか。気づかなかったわ」
「気づかなかったって…あのね!門から入ってきたなら大きく学校名が書いてあるでしょー!」
「俺、門から入ってきてねぇし」
「え?」
「そこから入った」
長い指で指さすは、フェンス。
学校のフェンスであるから、普通のそれよりも1.5倍ほど大きいのだが。
「なんか腐臭がすっから来て見りゃぁ…刀持った変なのがうろついてんじゃん?
そりゃあ退治しなきゃやべぇなーってなるわけでさ」
チャラい人だ。
でも、そんな軽いノリであんな危ない奴をやっつけるなんて。
「…な、何者なんですか…あなた」
「何者って、ただのラーメン屋だけど?」
「いやいや、ラーメン屋はそんなチャラチャラしていないから」
普通、ラーメン屋が刀なんて持つか?
何かのラノベやアニメとかじゃないんだから…。
「あ、じゃあ一児のパパかな。見る?俺の娘。超かわいいぜ」
そういって携帯の写メを見せてこようとする自称ラーメン屋。
「んなこと聞いてないわー!」
急に娘自慢が始まった、ホントこいつなんなの?
勢いよく突っ込んだから息が切れてるカレンに、彼は笑っていた口を急に無にして。
「じゃあ、てめぇらこそなんなの?」
「え…?」
大真面目、というふうに、尋ねてきた。
なんなのって言われても。
「こ、この学校の生徒よ」
「生徒ねぇ…」
僕の答えにあまり納得が言ってないのか、顎に手を添えて考え込む。
「まあいい。詳しいことは聞かねぇよ。俺は黒庵。
神様の警察のようなもんだ」
黒庵と名乗った彼は、自分を指さす。
け、警察?神様?
ついていけてない僕達に、頭をかきながら。
「こーゆー奴らを退治するっつうか、悪いことしてる神様を裁くっつうか」
そんな専門職があったのか。
知らなかった。
「神様の世界も結構ぎすぎすしててな。裁く奴がいねぇと人間様に迷惑かけやがる。俺らはそれを裁くんだよ」
「へぇー…」
カレンが口を開けてぼんやりとした返事をする。
そんなのいたなんて初めて聞いた。
…ん?
ここで一つの疑問が生まれた。
こんな専門職があるなら、なんでカモくんは僕らに退治を頼んだのだろうか。
神様の世界とか詳しそうだし、こういう職があるって知っていてるはずだ。
知らなかったとは思えない。
「最近ここら辺がものっすごい臭かったから来てたんだ。
腐臭っつうか、変なのが変な風に復活するとクセぇのなんのって…」
辻斬りの匂いをこの人も探知していたらしい。
臭いと表現してるからには、同じ受け取り方なんだろう。
「まあ一応やっつけたけど、まーだなんか匂うんだよなぁ…」
「え?まだ何かいるのか?」
「…さあな」
首をかしげて、くるりと背を向ける。
軽くジャンプしてフェンスに手をかけて、片腕の力だけで軽々と乗り越えてみせた。
片腕で己の体を支えたのだ。
あの細い腕にどれだけの筋肉があるのだろう。
凝視していると、フェンスの向こうに行ってしまった彼は、ぴらびらと手を振って。
「じゃあな、せいぜい勉強してろ、餓鬼ども」
子供がいるとは思えない言葉遣いで、去っていった。
な、なんだったんだ。
残された僕達は呆然とするしかなく、何も言えなかった。
そしてそんな僕達に、昼休みが終わるチャイムが鳴る。
それが僕らを現実に引き戻した。